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大金星(ジャックポット)で異世界無双? 〜クズ賭博師、チート能力「確率操作」を全て美少女へのセクハラとイカサマに注ぎ込む〜  作者: まつたけひめ


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第58話 真っ直ぐな骰子

 骰子が完全に止まった。


 最後の一つの目――六。


「……」


 会場が一瞬、完全な静寂に包まれた。実況席のアナウンサーですら、声を発するのを忘れていた。数千の観客が、たった二つの骰子の目に釘付けになっている。


 アキトの骰子の合計は、六と六。ガイウスと全く同じ、十二。最大目同士の――引き分けだった。


「……嘘だろ」


 アキトは自分の骰子を見つめたまま、乾いた笑いを漏らした。三十六分の一の確率を、たった今、目の前で二度連続して見せつけられた。単なる偶然にしては出来すぎている。だが、リーゼロッテが観察していた限り、骰子に細工の跡は一切なかった。イカサマでないなら、これはもう運命としか言いようがない。控室での「一人ぼっちで女神の気まぐれを押し付けられたのは、俺だけじゃなかったのかもしれねえ」という自分の言葉が、脳裏をよぎった。


「引き分け、か」


 ガイウスが低く呟いた。会場中がどよめきに包まれる中、彼だけは静かに骰子を見つめていた。その表情には、驚きよりもむしろ、どこか納得したような色が浮かんでいる。


「十二年間、俺の骰子は誰にも並ばれたことがなかった。……今日、初めてだ」


「光栄だね、そりゃ」


「大会の規定では、引き分けの場合、持ち点を据え置いたまま、次のラウンドへ持ち越すことになっている。……ただし今度は、一投ごとに賭け金を刻んでいく形式に切り替わる」


「全額オールインの一発勝負から、じわじわ削り合う消耗戦にってわけか、なるほどな」


「そうだ。望むところか?」


「上等だ。むしろ、こっちの方が性に合ってる」


 張り詰めた空気の中にも、どこか楽しげな響きがアキトの声には滲んでいた。前世からの博徒の血が、長期戦の予感に静かに沸き立っている。会場の熱気も、いっそう高まっていく。


 アキトはニヤリと笑い、骰子を回収した。役人が新たなルールを読み上げ、会場が仕切り直しの空気に包まれる。両者の持ち点を再確認する間、控室から水が運ばれ、束の間の休憩を挟むことになった。観客席では、ミミが胸を撫で下ろしていた。


「よかったのです……心臓が止まるかと思ったのです」


「まだ終わってないぞ、ミミ。むしろこれからが本番だ」


 シルヴィアの言葉に、ミミはこくこくと頷いた。リーゼロッテだけは、腕を組んだまま静かに卓上を見つめ続けている。その視線の先には、次のラウンドへと向かう二人の博徒の姿があった。



    



 消耗戦形式のラウンドが始まった。一投ごとに一定額を賭け、合計の大きい方が総取りする方式だ。最初の数ラウンドは、両者互角の攻防が続いた。


 ガイウスの出目は、驚くほど安定していた。極端に低い目も、極端に高い目も出さず、常に平均的な数字――七前後――をコンスタントに叩き出し続ける。まるで、骰子の転がり方を熟知しているかのような、不気味なまでの一貫性だった。三投目、四投目と回数を重ねるごとに、その安定感の異様さが際立っていく。観客席からも「あれは技術なのか、それとも」というざわめきが漏れ聞こえてきた。


「……気づいたか、アキト」


 卓の陰でリーゼロッテが小さく囁いた。


「ガイウスの投げ方、毎回ほとんど同じ角度、同じ強さです。骰子の回転数まで、ほぼ一定に見えます」


「ああ、俺も気づいてた。……ありゃ魔法じゃねえ。純粋な、体で覚え込んだ技術だ」


 十二年間、来る日も来る日も骰子を振り続けた者だけが到達できる、身体感覚の極致。魔力の反応も、怪しい気配も一切ない。ただひたすらに、同じ動作を極限まで磨き上げた結果――それが、十二年無敗という異名の正体なのだろう。腕の振り、指の離し方、骰子が卓に落ちる角度まで、すべてが寸分違わず再現されている。まさに人間業とは思えない精密さだった。


「なら、対抗策は?」


「同じ土俵で勝負するしかねえ。……幸い、俺の手先の器用さは、前世からの飯の種だったからな」


 アキトは自分の骰子を手に取ると、指先で軽く弾ませた。イカサマ師として鍛え上げた指先の感覚――骰子の重心を瞬時に読み取り、投げる強さと角度を微調整する技術。魔法に頼らずとも、勝負できる武器はある。前世、借金取りに追われながらも路地裏の賭場で生き延びてきた経験は、伊達ではなかった。


 次のラウンド、アキトは意識的に骰子の投げ方を変えた。ガイウスの一定のリズムを崩すように、時に強く、時に弱く、変則的な投擲を織り交ぜていく。安定を武器にする相手には、不安定さそのものが揺さぶりになる。会場の観客たちも、二人の対照的な投げ方に目を奪われていた。


「小細工か」


「小細工で悪いか。俺は正々堂々なんて柄じゃねえんだよ」


 ガイウスの口元が、初めてわずかに緩んだ。笑ったのか、それとも呆れたのか、判然としない表情だった。だが、その眼差しにはこれまでとは違う、確かな熱が宿り始めていた。



    



 攻防は十数ラウンドに及んだ。賭け金は一進一退を繰り返し、観客席の熱狂は途切れることなく続いていた。互いの持ち点の差は、僅かにアキトが上回る程度――決着はまだ見えない。実況席のアナウンサーも、もはや言葉を選ぶ余裕を失い、ただ「壮絶」の一言を繰り返すばかりだった。観客席のミミは手に汗を握り、シルヴィアは静かに祈るように両手を組んでいる。リーゼロッテだけが、冷静な目で二人の一投一投を記録し続けていた。


「……面白い」


 ガイウスが不意に呟いた。


「何がだ」


「十二年間、誰と戦っても、ここまで拮抗したことはなかった。お前は、魔法にも頼らず、俺の技術に技術で応えてきている。……なぜだ。魔法の噂は聞いていたが、な」


 その問いには、単なる好奇心以上の何かが滲んでいた。まるで、自分と同じ道を歩んできた者を見つけたような、そんな響きだった。会場の熱狂とは裏腹に、卓上には奇妙なほど静かな時間が流れている。


「使えねえわけじゃねえよ。ただ、お前相手に魔法で押し切るのは、なんつうか――勿体ねえと思っただけだ、な」


 アキトは骰子を握った手を、卓の上に軽く置いた。指先に伝わる木の感触、その重みの均一さを、改めて確かめるように。


「お前の骰子、見りゃわかる。イカサマもチートもねえ、純粋な努力の結晶だ。だったら、俺も同じ土俵で決着つけてやりてえじゃねえか」


 ガイウスは一瞬、驚いたように目を見開いた。それから、初めて小さく笑った。長年、戦場と賭場を渡り歩いてきた男の顔に、これまで一度も見せなかった柔らかな表情が浮かぶ。


「……そうか。なら、次で決めよう」


 ガイウスの声には、これまで以上の静かな覚悟が滲んでいた。


 最終ラウンド。残る持ち点のすべてを賭けた、正真正銘の一発勝負だ。ガイウスが骰子を握り、静かに天を仰いだ。会場全体が水を打ったように静まり返り、誰もが固唾を呑んでその瞬間を見守っていた。実況席のアナウンサーですら、解説を止めて息を潜めている。


「俺は、戦場で仲間を全員失った。生き残ったのは、運が良かっただけだと、ずっと思っていた。だが、この骰子だけは……いつも俺を裏切らなかった。だから、信じることにした。骰子を振り続ければ、いつか報われると」


 その言葉には、これまでの寡黙な物言いとは違う、静かな重みがあった。戦場で見てきたであろう数え切れない喪失、生き残ってしまった者の罪悪感、それでも前を向くために縋った、たった一つの拠り所――骰子。指先に染み付いた感触だけが、彼を戦場から今日まで繋ぎ止めてきたのだろう。アキトは黙って耳を傾け、頷いた。


「十分だ。それだけの覚悟があれば、もう化け物とか呪いとか言われる筋合いはねえよ。ただの、とんでもねえ努力の証だ」


 その言葉に、ガイウスは何かを噛み締めるように目を伏せた。十二年間、誰にも理解されず、時には畏怖されながら振り続けてきた骰子。その意味を、初めて正面から認めてもらえたような、そんな安堵が滲んでいた。


 二人は同時に骰子を投げた。二対の立方体が卓上を跳ね、転がり――静かに止まる。会場の誰もが、身じろぎ一つせずにその行方を見守っていた。ミミは両手で口元を覆い、シルヴィアは祈るように目を閉じている。リーゼロッテだけが、最後まで冷静に卓上を見つめ続けていた。


 ガイウスの出目は、五と四で九。


 アキトの出目は、六と五で十一。


「……俺の、勝ちだ」


 会場が割れんばかりの歓声に包まれた。ガイウスはしばらく卓上の骰子を見つめたあと、深く息を吐き、静かに頭を下げた。


「見事だ。……十二年ぶりに、負けた気がする」


「気がする、じゃなくて実際に負けてんだよ」


「そうだったな」


 珍しく声を出して笑うガイウスに、アキトも笑い返した。敗者と勝者という立場を超えた、不思議な連帯感がそこにはあった。歓声に包まれる会場の中、二人だけの静かな時間が流れていた。


「なあ、ガイウス。これからどうするんだ」


「さあな。……大陸中を渡り歩いて骰子を振り続けるのも、そろそろ潮時かもしれん。お前と戦って、そう思った」


「潮時、ねぇ」


「ああ。俺の骰子は、もう十分に語り尽くしたはずだ。負けを知って、初めて次の道が見えてくるものらしい」


 ガイウスはそう言って、卓上の骰子を丁寧に革袋へと仕舞い込んだ。その所作には、これまでの戦いを締めくくる、静かな儀式のような趣きがあった。長年連れ添った相棒に別れを告げるような、どこか名残惜しさの滲む手つきだった。


「そういえば――」


 立ち去り際、ガイウスがふと足を止めて振り返った。


「妙な話だが、大会が始まってから、俺のところにも怪しい男が接触してきたことがある。金を積んで、お前を潰すよう持ちかけられた。……もちろん、断ったがな」


「……マジかよ」


「詳しいことは俺も知らん。ただ、気をつけろ。この大会、表の華やかさとは裏腹に、何やらきな臭い連中が動いているようだ」


 ガイウスの声は淡々としていたが、その言葉には隠しきれない警戒の色が滲んでいた。戦場を渡り歩いてきた男が抱く危機感は、伊達ではない。


「お前、なんでそんな情報、俺に教えてくれるんだよ」


「……フェアじゃない相手に、フェアな勝負を挑まれたくないだけだ。俺は正々堂々戦って負けた。それだけで十分だ。裏で汚い真似をする奴らに、お前が潰されるのは見たくない」


 そう言い残して、ガイウスは会場を後にした。その背中を見送りながら、アキトの脳裏に男爵の一件が蘇る。裏で糸を引く何者かの存在は、思っていたよりも根深いのかもしれない。



    



 その夜、宿舎に戻ったアキトを、リーゼロッテたちが出迎えた。


「準決勝突破、おめでとうございます。……本当に、ハラハラしました」


「言われなくてもわかってるよ。心臓に悪い勝負だったぜ、まったく」


 全身から力が抜けるような感覚とともに、アキトは大きく息を吐き出した。魔力はほとんど使わなかったが、精神的な消耗は普段の比ではない。


 長椅子に倒れ込むアキトに、ミミが飛びついた。


「ご主人様、すごかったのです! あの骰子の投げ方、まるで職人みたいだったのです!」


「そりゃ光栄だな」


 アキトはミミの頭を軽く撫でながら、ガイウスから聞いた話をかいつまんで説明した。覆面の依頼人、怪しい報酬、そして「気をつけろ」という忠告。話を聞き終えたリーゼロッテの表情が、みるみる険しくなっていく。


「男爵の一件だけではなかった、ということですね。ガイウスさんにまで接触していたとなると……計画的に、複数の対戦相手に接触していた可能性があります」


「アキトを潰すために、手当たり次第に手を回していた、ということか」


 シルヴィアが窓辺で静かに口を開いた。


「決勝の相手も、もう発表されている。……もう一方の準決勝を制したのは、大陸随一の商業都市を治める貴族家の三男坊、クラウス・エルドレッド。若くして数々の裏社交界を渡り歩いてきた、噂の多い男らしい」


「また面倒そうな肩書きだな」


「詳しい情報は、明日また集めましょう。今夜はまず、しっかり休んでください」


 リーゼロッテの言葉に、アキトは素直に頷いた。今日の戦いで使い切った魔力と体力が、じわじわと疲労として押し寄せてくる。それでも、胸の奥には確かな充実感があった。


「決勝、か。……ここまで、よく来ちまったもんだな」


 窓の外、夜空に瞬く星々を見上げながら、アキトは小さく呟いた。予選を含めれば、数百人の博徒たちの頂点を決める大一番。ここまで勝ち上がってこられたのは、仲間たちの支えがあったからこそだと、改めて実感する。


「アキト、明日からはまた別行動になりますが……油断せず、慎重に進めましょう」


「わかってるよ。だが、心配すんな。誰が裏で糸引いてようが、卓の上でひっくり返してやりゃいいだけの話だ」


 その不敵な笑みに、リーゼロッテもミミも、そしてシルヴィアも、それぞれの形で頷いた。


「クラウス・エルドレッド、か……」


 リーゼロッテが呟くように名を口にする。夜風が窓の隙間から吹き込み、燭台の炎をわずかに揺らした。宿の外からは、大会の余韻に沸く街の喧騒がかすかに聞こえてくる。


「商業都市を治める貴族家の三男、というだけでも厄介そうな相手ですが、噂の多い男というのが気になります。裏社交界を渡り歩いてきたということは、単なる坊ちゃん育ちの博徒ではないということでしょう」


 その言葉に、部屋の空気がわずかに引き締まった。


「まあ、明日からじっくり調べりゃいい。今夜は寝る。……マジで疲れた」


 アキトは大きく欠伸をすると、そのまま長椅子に沈み込むように体を預けた。ミミがそっと毛布をかけてやり、リーゼロッテとシルヴィアも顔を見合わせて小さく笑う。


「最後まで、緊張感のない人ですね」


「それがアキトらしさだ。放っておいてやろう」


 部屋の灯りが一つ、また一つと落とされていく。準決勝という大きな山を越えた安堵と、決勝という新たな山を前にした緊張。相反する感情を抱えながらも、四人の間に流れる空気は、どこまでも穏やかだった。


 大陸博打大会、いよいよ最後の一戦。誰も知らない裏で蠢く影の存在を抱えたまま、物語は最終局面へと動き出していく。

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