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大金星(ジャックポット)で異世界無双? 〜クズ賭博師、チート能力「確率操作」を全て美少女へのセクハラとイカサマに注ぎ込む〜  作者: まつたけひめ


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第57話 骰子の解体屋

 翌朝、大会本部前の掲示板には、準決勝の対戦表が張り出されていた。人だかりをかき分けて辿り着いたリーゼロッテが、自分の名を見つけるより先に小さく息を呑む。


「準決勝の相手は、ガイウス・ヴォルフに決まりました」


「誰だ?」


「ガイウス・ヴォルフ。……『骰子の解体屋』と呼ばれている男です」


 リーゼロッテが対戦表を指差す。そこには墨で太く書かれた名前と、簡単な戦績が添えられていた。予選から本戦を通じて、すべての勝負をダイスのみで制してきたという異色の経歴だ。


 名前を聞いた瞬間、アキトの眉がぴくりと動いた。


「解体屋? 物騒な二つ名だな」


「賭場でその名がついたのは、彼が挑んできた相手のチップを、根こそぎ『解体』してしまうからだそうです。使用するのは主にダイス勝負。しかも、イカサマの形跡が一切見つからないまま、十年以上無敗を貫いているとか」


「ダイスか。……そりゃまた、俺の得意分野じゃねえか」


 アキトの口元がにやりと歪む。異世界に転生して最初にスキルを試したのも、路地裏のチンチロリンだった。銅貨三枚を元手に、確率を操って軍資金を稼いだあの日を思い出す。


「喜んでいる場合ではありませんよ。得意分野が被るということは、相手の土俵で戦うということでもあります」


「わかってるよ。だが、ダイス勝負で俺に敵うやつなんざ、そうそういねえと思うがな」


 自信満々に言い放つアキトに、シルヴィアが眉をひそめた。


「油断は禁物だ。十年無敗というのは、並大抵の実力ではない。しかも、イカサマの形跡が一切見つからないというのが気にかかる」


「純粋な技術ってことか、それとも……」


「それとも、何らかの異能によるものか、ですね」


 リーゼロッテが淡々と言葉を継いだ。四人の間に、緊張の糸がぴんと張り詰める。



    



 その日の午後、四人は情報収集のために再び別行動を取った。リーゼロッテは大会本部の記録室へ、シルヴィアは護衛たちの詰所へ、ミミは市場の噂話を集めに。


 夕刻、宿に戻った三人が持ち寄った情報を、アキトは長椅子に寝転がったまま聞いていた。


「ガイウス・ヴォルフ、四十二歳。元は大陸南方の傭兵だったそうです。戦での大怪我がもとで剣を握れなくなり、賭場に流れ着いたとか。以来十二年、ダイス勝負で負けなし」


「戦の傷が理由で剣を捨てたか。……よくある話といえば、よくある話だな」


「本部の記録によれば、彼が最初に頭角を現したのは南方の港町の裏賭場だったそうです。当時は誰も相手にしなかった無名の元傭兵が、いつの間にか誰も勝てなくなっていた――そんな逸話が残されています」


「南方の戦場帰りねぇ。そういう手合いは、たいてい目が座ってるもんだが」


「シルヴィアの話では、護衛たちの間でも『あの男の骰子には呪いがかかっている』という噂があるそうです。もちろん迷信の類でしょうが……」


「呪い、か。物騒な話だ」


 シルヴィアが腕を組んだまま付け加える。


「護衛たちの中には、彼と実際に賭けをして全財産を失った者もいるらしい。誰もが口を揃えて『イカサマの証拠は一切見つからなかった』と言っていた。むしろ、あまりに正々堂々としすぎていて、逆に不気味だとまで」


「ミミの方はどうだ」


 アキトが水を向けると、ミミは屋台の串焼きを頬張りながら、聞き込みの成果を語り始めた。


「あとね、ガイウスさんの骰子、賭場の女将さんが特別に許可を出して使わせてる年代物なんだって。普通の骰子とはちょっと違う木で作られてて、代々受け継がれてるものらしいのです」


「代々受け継がれてる、ねぇ」


 リーゼロッテが眉根を寄せた。単なる縁起物か、それとも本当に何か曰くがあるのか。情報だけでは判断がつかない。


「それと、ガイウスさん、賭場の近くでいつも一人でお酒飲んでるみたいなのです。誰かと群れたりしないし、対戦相手を騙すような小細工も一切しないって、みんな言ってたのです。むしろ真っ直ぐすぎて怖いくらいだって」


「イカサマなし、群れない、真っ直ぐ……なのに十二年無敗、か」


 アキトは天井を見つめながら、指先でコインを弾ませた。イカサマなしで勝ち続けるというのは、二通りの解釈ができる。純粋な技術と経験の積み重ねか、あるいは――何か、この世界の理から外れた力を持っているか。


「アキト、あなたと同じ可能性もある、ということですね」


「ああ。俺以外にも、女神から妙な力を貰った奴がいるかもしれねえ、ってことだ」


 部屋の空気が、ぴりっと引き締まる。シルヴィアが腕を組み、低く呟いた。


「もしそうだとしたら、単なる大会の準決勝という枠を超えた話になるかもしれないな」


「まあ、会って卓を囲めばわかることだ。四の五の言っててもしゃあねえ」


 アキトは起き上がると、大きく伸びをした。窓の外はすでに茜色に染まり始めている。準決勝は明日の正午――残された時間は、あとわずかだった。


「アキト、一応聞いておきますが、魔力の残量は?」


「昨日の一戦でほとんど使わなかったからな。八割方は戻ってる。全力で使えば、二回か三回は大技を撃てるだろうよ」


「準決勝と決勝、両方を考えれば、決して余裕があるとは言えませんね」


「わかってるよ、口うるさい財布さんよ」


「その呼び方、いい加減やめてください」


 いつものやり取りに、ミミがくすくすと笑い声を漏らした。ぴりついていた空気が、わずかに緩む。シルヴィアも小さく息をつき、窓の外に視線を移した。


「明日の相手が本当に何らかの異能を持っているのなら、私も戦闘の心構えをしておく必要があるかもしれないな」


「賭場の勝負に、剣は使えねえだろ」


「もちろん承知している。だが、万が一のことを考えれば、備えあれば憂いなしだ」


 その真面目な物言いに、アキトは苦笑するしかなかった。四人それぞれが、それぞれのやり方で明日への準備を整えていく。夜は静かに更けていった。



    



 準決勝当日。会場に組まれた特設ステージには、これまでとは異なる種類の緊張感が漂っていた。四強に残った博徒たちの実力は、もはや大陸中に知れ渡っている。観客席は連日を上回る熱気に包まれ、実況席のアナウンサーも声を張り上げていた。


 控室で最後の準備を整えるアキトに、リーゼロッテがそっと声をかけた。


「アキト、無理はしないでくださいね。今回ばかりは、あなたの直感だけが頼りになる場面が来るかもしれません」


「わかってるよ。……なあ、リーゼロッテ」


「なんですか」


「もしあいつが本当に、何かのチートを持ってたとしたら、な。俺と同じ立場の奴が、この世界にもう一人いるかもしれねえってことになる」


「ええ。だからこそ、慎重に見極める必要があります」


「いや、そういう意味じゃなくてよ」


 アキトは珍しく、真面目な顔でコインを弄ぶ手を止めた。


「もしそうなら――ちっと嬉しいなって、思っただけだ。一人ぼっちで女神の気まぐれを押し付けられたのは、俺だけじゃなかったのかもしれねえってな」


 その言葉に、リーゼロッテは一瞬言葉を失った。普段は軽薄で自堕落なこの男が、こんな風に本音を漏らすことは滅多にない。彼女は小さく微笑むと、頷いた。


「それなら、なおさら――正々堂々、勝ってあげてください」


「言われなくてもそのつもりだ」


「面倒な連中がいたもんだ」――そんな言葉が口をついて出そうになるほど、今回の相手はこれまでとは毛色が違う。純粋な確率のみで戦う相手というのは、心理戦にも似ているようでいて、実のところまったく別種の駆け引きを要求してくる。アキトは控室の椅子に座り直し、静かに息を整えた。


 二人が控室を出ると、シルヴィアとミミがすでに会場の入口で待っていた。四人揃って歩き出す廊下の先に、大歓声に包まれた特設ステージが見えてくる。


 卓の向こうに現れたガイウスは、噂に違わぬ偉丈夫だった。傷だらけの顔に、片目を覆う黒い眼帯。丸太のような太い腕には、無数の古傷が刻まれている。粗末な革鎧を着崩し、腰には使い古された革袋――中に収められているのは、彼の相棒たる骰子だろう。歩みを進めるたびに、革鎧の擦れる音だけが静かに響く。声援も野次も、彼の周囲だけは奇妙なほど静まり返っていた。


「……お前が噂の博徒か」


 低く響く声。感情の読めない、静かな瞳がアキトを見据える。戦場を生き抜いた者特有の、余計な感情を削ぎ落とした眼差しだった。


「ああ。アキトだ。よろしくな、解体屋さんよ」


「解体屋、か。好きな呼び名じゃないが、否定もしない。俺はただ、骰子を振り続けているだけだ」


 ガイウスは革袋から二つの骰子を取り出し、卓の上に置いた。年季の入った、木製の古い骰子だ。細工を疑うような装飾も、怪しい印もない。あまりにも普通の骰子であることが、逆に不気味だった。リーゼロッテが観客席から目を凝らし、わずかな傾きや重心の偏りがないか確かめようとしていたが、遠目からでは何も見て取れない。


「ルールはシンプルだ。交互に骰子を振り、出た目の合計が大きい方が勝ち。ただし――振る前に、互いの持ち点をすべて賭ける」


「いきなり全額オールインか。景気がいいな」


「俺はいつもこうだ。中途半端な賭けに、意味はない」


 会場の役人が進行を務め、両者の持ち点をそれぞれ確認していく。予選から順調に勝ち星を積み重ねてきたアキトの持ち点は、四強の中でも上位に食い込む額だった。ガイウスの持ち点も、それに劣らぬほど積み上がっている。両者の全財産が、たった一投の骰子にかかろうとしていた。


 アキトは骰子を一瞥し、ふっと笑った。前世からの博徒の勘が、ざわりと騒ぎ出す。純粋な確率のはずのダイス勝負で、十二年間無敗。イカサマの形跡なし。もし本当に、この男が何の異能も持たない、正真正銘の『骰子の申し子』だとしたら――それは、【絶対因果】で確率を操る自分にとって、これ以上ないほど厄介な相手になる。


 だが同時に、心のどこかで期待している自分もいた。もしこの男が本当に、女神の気まぐれで異世界からやってきた何者かだとしたら――同じ境遇を分かち合える相手が、この世界にもう一人いるということになる。異世界に転生してから今日まで、そんな相手に出会ったことは一度もなかった。


「いいだろう。受けて立つ」


 アキトが頷くと、ガイウスは骰子を両手で包み込み、静かに天井を仰いだ。祈るような、あるいは覚悟を決めるような、そんな仕草だった。ステージ上に立つ二人の対照は、誰の目にも明らかだった。飄々とした軽薄な博徒と、寡黙で武骨な元傭兵――生きてきた道のりも、纏う空気もまるで違う二人が、同じ骰子という土俵の上で向かい合っている。


「では――始めるとしよう」


 骰子が革袋から卓上へと転がり出る。会場中の視線が、その小さな二つの立方体に注がれた。カラン、と乾いた音を立てて骰子が弾み、止まる。出た目は――六と六。最大の目。ガイウスの持ち点が最初から最大値で確定した瞬間、観客席から地鳴りのようなどよめきが沸き起こった。


 実況席のアナウンサーが興奮した様子で叫ぶ。


「出ました、いきなりの最大目! これは幸先が良すぎるとしか言いようがない! 果たしてアキト選手は、この壁を越えられるのか!」


 解説役らしき人物が「三十六分の一の確率ですからね、これはもう化け物じみていますよ」と言葉を継ぐ。会場の熱気は最高潮に達し、誰もが息を呑んでアキトの一投を待っていた。観客席の一角では、賭けの倍率を巡って早くも歓声と悲鳴が入り混じっていた。


「……いきなりかよ」


 アキトの口元から、乾いた笑いが漏れる。十二年無敗という異名の意味を、開始一投目にして思い知らされた気がした。残りの持ち点をすべて賭けたこの勝負、アキトが六と六を上回る目を出すことは、サイコロの仕組み上不可能だ。


「これで、終わりか?」


 ガイウスの静かな問いに、アキトはニヤリと笑い返した。会場のざわめきが一瞬だけ静まり、二人の声だけが響く。


「まさか。……ルールをよく思い出せよ。合計が大きい方が勝ちだ。俺の骰子が出るまで、まだ何も終わっちゃいねえ」


 もっとも、頭では理解していても、腹の底ではアキト自身、動揺を隠しきれずにいた。二つの骰子で最大の目、六と六。確率にすれば三十六分の一という、決して高くはない数字を、この男は開始一投目でいとも簡単に引き当てて見せた。単なる偶然と片付けるには、あまりに出来すぎている。開幕からいきなり最悪の展開を突きつけられた形だが、不思議と焦りは薄い。むしろ、体の奥底で燻っていた博徒の血が、静かに沸き立ち始めていた。


 アキトは自分の骰子を手に取ると、両手でゆっくりと包み込んだ。魔力を使うべきか否か、まだ判断はつかない。だが、この男の目の奥に宿る、静かで揺るぎない自信――それが単なる経験によるものなのか、それとも何か別の理によるものなのか、確かめる方法はただ一つしかなかった。


「行くぜ」


 アキトの骰子が、静かに卓上へと転がり始めた。会場の誰もが息を止め、実況席のアナウンサーすら声を出すのを忘れていた。二つの小さな立方体が卓の上で跳ね、転がり、やがてゆっくりと勢いを失っていく。観客席の最前列で見守るミミが、両手をぎゅっと握りしめる。リーゼロッテは冷静な表情を保とうとしながらも、指先はわずかに震えていた。シルヴィアは剣の柄に手を添えたまま、微動だにせず卓上を見つめている。控室で交わした言葉が、アキトの胸の奥で静かに反響していた。


 骰子が完全に静止するまでの、ほんの一秒にも満たない時間が、やけに長く感じられた。二つの骰子のうち、一つはすでに六の目で止まっている。残るもう一つが、緩やかに回転を続けながら、じりじりと勢いを失っていく――五が見え、六が見えかけ、また五に戻る。まるで運命そのものが逡巡しているかのような、絶妙な揺れだった。会場中の視線がその一点に釘付けになり、誰かの喉が鳴る音さえ聞こえてきそうな静寂が、卓上を包み込んでいた。

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