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大金星(ジャックポット)で異世界無双? 〜クズ賭博師、チート能力「確率操作」を全て美少女へのセクハラとイカサマに注ぎ込む〜  作者: まつたけひめ


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第25話 老いた流星、最後方からの反撃

 号砲が鳴り響いた瞬間、天馬杯の会場は割れんばかりの歓声に包まれた。


 巨大な特設スタンドを埋め尽くす観客の視線は、真っ先に一頭の天馬へと集中する。純白の翼を大きく広げ、まるで滑るように大地を蹴っているのは、圧倒的一番人気「黄金の疾風」だ。その名の通り黄金色に輝く鬣をなびかせ、二位以下を早くも十馬身近く引き離している。


「うわあああ! やっぱり黄金の疾風、速いのです!」


 ミミが目を輝かせながら跳び跳ねる。小さな尻尾がぶんぶんと左右に振れているのを見て、リーゼロッテは片手で額を押さえた。


「ミミ、はしゃいでいる場合ではありません。……アキト、本当に大丈夫なのですか。今この瞬間も、あなたが有り金すべてを注ぎ込んだ馬は、最後方どころか、もはや後続の姿すら見えないところにいるのですよ」


 リーゼロッテの声には、隠しきれない苛立ちと不安が滲んでいた。無理もない。彼女が長年かけてこつこつと積み上げてきたカジノの資産、その全てが、今この瞬間、一頭の老いたペガサスの背に乗っている。


 アキトは涼しい顔で欄干に肘をつき、双眼鏡越しにコースの最後方を眺めていた。


「大丈夫かどうかはまだわからねえ。だが、少なくとも今の段階で騒ぐようなことじゃない」


「今の段階、ですって? もう最下位じゃないですか!」


「レースはまだ始まったばかりだ、リーゼ。第一コーナーも回っていない」


 アキトの視線の先、コース最後方には、確かに一頭の天馬がぽつんと取り残されていた。全身の毛並みは他の若い天馬たちに比べて明らかに艶を失い、翼の羽根も所々が薄くなっている。だがその瞳だけは、老いを感じさせないほど静かに、まっすぐ前を見据えていた。


「黎明の疾風……いや、今は"老いた流星"、だったな」


 アキトは小さく呟き、口の端をわずかに歪めた。


 厩舎で対面したあの朝のことを思い出す。誰にも見向きもされず、賭け率も三桁を超える無名の老馬。だが世話人の老爺が語った言葉が、今もアキトの耳に残っていた。


『この馬は、若い頃に一度だけ、化け物じみた末脚を見せたことがある。誰も信じちゃくれねえがな』


 その一言に、アキトの博徒としての血が騒いだ。損得ではない。勝率の計算でもない。ただ、その"一度だけの奇跡"に賭けてみたいという、根っからのギャンブラーの本能だった。



 シルヴィアが眉根を寄せながら隣に立つ。白銀の鎧を軽装に替えた彼女は、今日は観客として同行していたが、その表情はいつも通り硬い。


「アキト殿。私は正直、今回ばかりはリーゼロッテ殿に同意します。全財産を、勝ち目の薄い老馬に賭けるなど……正気の沙汰とは思えません」


「正気だったら賭け事なんてやってねえよ、シルヴィア」


「屁理屈です!」


 シルヴィアが声を荒げると、周囲の観客が何事かとこちらを振り向く。彼女は慌てて口を噤み、赤くなった頬を鎧の襟で隠すように俯いた。その仕草にアキトはニヤリと笑う。


「そう硬くなるな。まだレースは終わってねえ」


「終わっていないから心配しているのです……!」



 コースでは早くも第一コーナーに差し掛かっていた。黄金の疾風は依然として独走状態。実況の声が興奮気味に響き渡る。


『圧倒的独走です! 黄金の疾風、他を寄せ付けません! さすがは今年の大本命、この分ですと圧勝も見えてまいりました!』


 中団では実力伯仲の天馬たちが激しく順位を入れ替えていた。二番手集団は五頭ほどの団子状態。三番手にも実力馬がひしめき合い、まさに乱戦の様相を呈している。


 そして最後方――老いた流星は、依然としてその位置から動かない。いや、正確には、動けないのではなく、動いていないように見えた。


「アキト、あの馬、本当に走る気があるのですか。他の馬との差が開くばかりですが」


「見てろ。あれは"脚を溜めてる"んだよ」


「溜めている……?」


「若い馬はスタートで飛ばして、そのまま押し切ろうとする。だが老いた馬は違う。若い頃と同じ脚力なんてもう出せねえ。だからこそ、最後の直線一本に全てを賭けて、それまでは徹底的に体力を温存する。……あの世話人が言ってた"化け物じみた末脚"ってのは、そういうことだろうさ」


 アキトの声は静かだったが、確信めいた響きがあった。リーゼロッテはその横顔をちらりと窺う。いつものへらへらとした軽薄な笑みではない。真剣に、まっすぐにコースを見つめる目だった。


「……あなたがそこまで言うということは、まさか」


「安心しろ、まだスキルは使ってねえよ。【絶対因果】は温存中だ」


「温存? それこそ今すぐ使うべきでは……!」


「馬鹿言うな。今使ってどうする。今この瞬間の"順位が入れ替わる確率"をいじったところで、最終的にゴールした瞬間の結果が変わらなきゃ意味がねえだろうが」


 アキトは指先で銀貨を弾きながら、口元だけで笑った。


「賭け事ってのはな、リーゼ。一番大事な瞬間まで、手札を切らずに我慢する奴が勝つんだ」



 レースは第二コーナーへ。黄金の疾風のリードはさらに広がり、実況席からもどよめきが起こるほどの独走状態となっていた。


『これはもう決まりでしょうか! 黄金の疾風、二着以下との差はついに十五馬身! 天馬杯史上最大の独走が生まれるかもしれません!』


 スタンドのあちこちから溜息と歓声が入り混じって響く。単勝一点勝負に有り金を賭けたと思しき客たちの中には、早くも肩を落としている者もいた。


 そんな中、コースの最後方で異変が起きた。


「……あ」


 ミミが小さく声を上げる。その大きな耳がぴくりと動いた。


「ご主人様! 老いた流星が、動きました!」


 全員が一斉にコースへ視線を戻す。確かに、これまでほとんど動きのなかった最後方の老馬の脚運びに、明らかな変化が生まれていた。一歩、また一歩と、その歩幅がわずかに、しかし確実に伸びていく。


 最初は後続との差を保つだけだったものが、次第に一頭、また一頭と、他の馬との距離を詰め始めていた。


「……嘘でしょう。最後方から、あの中団の混戦に追いつこうというのですか」


 リーゼロッテが目を見開く。彼女の中の元カジノディーラーとしての勘が、目の前で起きている異常事態を的確に読み取っていた。


 アキトは双眼鏡を握る手に、わずかに力を込めた。


「……来たか。老いぼれの意地ってやつが」


 その口元には、いつものへらへらとした笑みではなく、勝負師だけが浮かべる、静かで獰猛な笑みが刻まれていた。



「アキト殿、あの馬、まさか本当に……」


 シルヴィアが息を呑む。彼女の視線の先で、老いた流星は中団の混戦集団の最後尾に取り付こうとしていた。


「まだ何とも言えねえよ、シルヴィア。中団に追いついたところで、その先には黄金の疾風との十五馬身って大きな壁が待ってる。あの若造どもの脚を潰しながら、それでも最後まで脚が残ってるかどうか……そこからが本当の勝負だ」


 アキトはそう言いながらも、内心では小さな高揚を隠せずにいた。かつて前世で幾多の博打場を渡り歩いてきた男の勘が、確かに何かを告げている。


(面白くなってきやがった)


 銀貨を弾く指先の動きが、わずかに速くなる。それは緊張ではなく、純粋な興奮の表れだった。


「リーゼ、シルヴィア。よく見とけ。これから起きることは、俺のチートなんかじゃ絶対に再現できねえ、正真正銘の"生き物の意地"ってやつだ」


 中団集団に食らいついた老いた流星は、内側から一頭、外側からまた一頭と、次々に若い天馬たちを交わし始めていた。観客席のどよめきは、いつしか困惑と興奮の入り混じった大歓声へと変わりつつあった。


『こ、これは……! 最後方にいたはずの老馬、老いた流星が猛烈な追い上げを見せています! 中団の混戦を一気に飲み込む勢い……! 一体何が起きているのでしょうか!』


 実況の声が裏返る。スタンド中の視線が、いつしか独走する黄金の疾風ではなく、地を這うように追い上げる一頭の老馬へと吸い寄せられていく。


 ミミがアキトの上着の裾をぎゅっと握りしめた。


「ご主人様、老いた流星、頑張ってるのです……! ミミ、なんだか胸がドキドキしてきました!」


「ああ。……面白い賭けになってきたじゃねえか」


 アキトは静かに笑うと、視線をコース奥、遥か先を独走する黄金の疾風へと移した。あの十五馬身の差は、常識で考えれば絶望的なまでの大差だ。だが――


(賭けってのは、常識通りに終わるならつまらねえんだよ)


 最終コーナーはまだ先だ。勝負の行方は誰にも分からない。ただ一つ確かなのは、このまま何も起きなければ、リーゼロッテたちが積み上げてきた全財産は、あと数分足らずで灰燼に帰すという事実だった。


 アキトは温存していた魔力の感覚を、静かに確かめる。使うべき瞬間は、まだ訪れていない。だが、そう遠くはないはずだった。


 スタンドの熱狂をよそに、老いた流星はひたすらに、静かに、しかし確実に、前を走る若き天馬たちを一頭また一頭と飲み込んでいった。


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