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大金星(ジャックポット)で異世界無双? 〜クズ賭博師、チート能力「確率操作」を全て美少女へのセクハラとイカサマに注ぎ込む〜  作者: まつたけひめ


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第10話 ダイスの目が余ったから拾ってみた

 大通りを歩きながら、リーゼロッテが早速仕事を始めていた。


「次に向かう先ですが、まずは怪しい噂のある店より先に、街の全体像を把握しておくべきかと思います。奴隷市場、商業ギルド、そして貴族街の位置関係も含めて」


「奴隷市場ってのもあるのか、この街」


「ええ。この世界では、借金の形や戦争捕虜、あるいは犯罪者の更生手段として、奴隷制度が広く残っています。褒められた制度ではありませんが、現実として存在する以上、把握しておく必要があります」


 リーゼロッテの説明は淡々としていたが、その口調にはどこか苦い響きがあった。この女なりに、思うところがあるのかもしれない。長く生きているエルフという種族が、こういう制度をどう見ているのか、少し気になった。


「あんたは、奴隷制度に思うところがあるのか」


「……エルフの中には、かつて奴隷として扱われていた時代を知る者もいます。私自身に直接の経験はありませんが、無関心ではいられません」


「そうか」


 それ以上、深くは聞かなかった。この手の話題は、慎重に踏み込むべきだと直感的に分かった。長命種であるエルフの歴史には、俺の知らない苦難がいくつも刻まれているのだろう。今はまだ、この女の全てを知る段階ではない。


「ちょっと覗いてみるか」


「冷やかしですか」


「情報収集も兼ねてな」


 半分は本音で、半分は建前だった。単純に、まだ見ぬ異世界の一面を見てみたいという好奇心があった。前世では縁のなかった制度だ。良し悪しは別として、この世界の仕組みを知っておくことは、今後の博打稼業にも役立つかもしれない。



     *



 奴隷市場は、街の外れにある広場の一角にあった。


 石造りの高い壇上に、様々な種族の奴隷たちが並べられている。人間、獣人、エルフに似た種族――種類は様々だが、共通しているのは、皆一様に暗い目をしていることだった。値踏みするような視線を浴びせる客たちの前で、奴隷商人が声を張り上げている。


 正直、あまり気分の良い光景ではなかった。前世でも今世でも、こういう「人が商品として扱われる場」は好きになれない。周囲の空気は、フォルトゥーナのきらびやかなフロアとは正反対だった。金と欲望が渦巻く場所という点では同じかもしれないが、そこに漂う空気の質が、まるで違う。


「アキト様、あまり長居する場所ではないかと」


「そうだな」


 リーゼロッテの声にも、普段の淡々とした口調にわずかな険がある。この場所が、彼女にとっても心地良いものではないことが伝わってきた。


 俺は頷きながらも、視線をふと壇上の隅に向けた。


 そこに、小さな獣人の少女がいた。


 栗色の髪に、ピコピコと動く大きな耳。ふさふさとした尻尾が、不安げに垂れ下がっている。年の頃は十四、五といったところか。小柄な体を縮こまらせ、周囲の視線から逃れるように俯いていた。ミーアキャットの獣人、というやつだろう。前世の記憶にある動物に、どこか似ている気がした。


 薄汚れた粗末な布切れを纏っただけの姿は、他の奴隷たちと比べても、ひときわ痛々しく見えた。細い腕、小さな肩、震える耳。誰かに買われるのを待つ間、少女は自分の体を抱くようにして、じっと地面を見つめていた。


 商人がその少女を指して声を張り上げた。


「さあ、次はこちらの獣人の娘だ! 元は隣国の農村出身、素直で従順、力仕事にも向いております! さあ、値をどうぞ!」


 誰も、手を挙げなかった。


 周囲の客たちは、皆もっと「使える」奴隷を求めているようだった。屈強な戦士風の男や、知的な魔術師風の女に、視線と値付けが集中している。小柄で戦闘力もなさそうな獣人の少女には、誰も興味を示さなかった。


 少女の耳が、ぺたんと垂れ下がるのが見えた。誰にも求められないという事実が、その小さな体にじわじわと染み込んでいくのが分かった。商人の呼びかけが空しく響き、周囲の視線は既に次の「商品」へと移りつつあった。


(……別に、同情してるわけじゃねえけどな)


 俺は懐のチップを軽く弄びながら、内心で言い訳のように呟いた。前世でも今世でも、俺は基本的にクズだ。困っている人間を見て、いちいち手を差し伸べるような殊勝な性格ではない。他人の不幸に首を突っ込んで得することなど、博打の世界ではまず起こらない。それが俺の経験則だった。


 だが。


 なぜだか、視線が離せなかった。あの耳の垂れ方、あの縮こまった姿勢。誰かに見捨てられることに慣れきった仕草だった。前世で似たような目をした人間を、俺は何人か見たことがある。負けが込んで、全てを失って、それでも誰も助けてくれない博打打ちたちの目だ。


 ふと、懐から取り出したサイコロが目に入った。フォルトゥーナで使っていたものを、記念に一つ、こっそり失敬してきたやつだ。指先で弄びながら、俺はふと思いついた。理由なんてものは、後付けでいい。今大事なのは、決断のきっかけだ。


「よし」


 俺はサイコロを一つ、掌の上で転がした。


「奇数が出たら、買う。偶数なら、やめとく」


「……アキト様、それはまた随分と適当な決め方ですね」


「適当だから面白いんだろ」


 リーゼロッテが呆れたような目でこちらを見ていたが、止めはしなかった。


 俺は掌からサイコロを転がした。


 カラン、と音を立てて、目が出た。


 五。奇数だ。


「決まりだな」


 俺は肩をすくめると、商人に向かって手を挙げた。


「その娘、貰おうか」


 商人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに愛想笑いを浮かべて値段を提示してきた。それほど高い額ではなかった。誰も競り合わなかったからだろう。俺はその場でチップを支払い、手続きを済ませた。周囲の客たちが、意外そうな顔でこちらを見ているのが分かった。誰も欲しがらなかった商品に、あっさり値をつけた男が珍しかったのだろう。


 少女は、何が起きたのか分からないという顔で、壇上から降ろされてきた。俯いていた顔を、恐る恐る上げてこちらを見た瞬間、その大きな目に戸惑いの色が浮かんだ。



     *



「あの、ご主人様……」


 少女は、おずおずと俺を見上げながら口を開いた。声は小さく、震えていた。


「なんで、私を買ったのですか」


「ダイスの目が奇数だったから」


「……はい?」


「サイコロを転がしてな、奇数が出たから買った。それだけだ」


 少女は、しばらく呆然とした顔で俺を見つめていた。目をぱちぱちと瞬かせ、何度も俺の顔とサイコロを見比べている。


「そんな……理由で……」


「不満か」


「い、いえ! そういうわけでは!」


 少女は慌てて首を振った。それから、恐る恐るといった様子で、俺の服の裾を指先でつまんだ。この行動が、後にこの少女の癖として定着することを、この時の俺はまだ知らない。何かに縋りたい、あるいは安心を求めるような、無意識の仕草だった。奴隷市場で過ごしてきた時間の中で、誰かに縋ることすら許されなかったのかもしれない。そう思うと、この小さな仕草の重みが、少しだけ違って感じられた。


「あの……ご主人様は、私を、どうするおつもりですか」


「どうするって?」


「働かせるのですか。それとも、売り飛ばすのですか。あるいは――」


 少女の声が、そこで小さく震えた。その先の言葉を、少女は口にしなかった。だが、その怯えた表情から、何を恐れているのかは容易に想像がついた。この手の市場に並べられる奴隷が、買われた先でどういう扱いを受けるか――前世の記憶にある、この手のニュースの断片が頭を過ぎった。


 俺は少し考えてから、答えた。


「別に、深く考えてねえよ。腹が減ったら飯を食わせる。寝る場所も用意する。それ以外は、好きにしてりゃいい」


「……それだけ、ですか」


「それだけだ。無理な労働もさせねえし、変な真似をするつもりもねえ。俺はクズだが、そこまで下衆じゃない」


 少女は、しばらく黙って俺の顔を見つめていた。信じていいのか、疑うべきなのか、判断に迷っているような表情だった。無理もない。この世界で奴隷として扱われてきた経験が、簡単に人を信用させないのだろう。


「ああ、あと」


 俺は懐からもう一枚、小さな菓子を取り出した。市場に来る途中、屋台で買っておいたものだ。


「腹減ってるだろ。食えよ」


 少女は、差し出された菓子をしばらく見つめていた。まるで、それが本物かどうか確かめるように、じっと目を凝らしている。それから、おずおずと受け取り、一口齧った。次の瞬間、その目に大粒の涙が浮かんだ。


「うぐ、うぐっ……!」


「お、おい、泣くほどのもんじゃねえだろ」


「ち、違います、これ、美味しくて……! こんな美味しいもの、久しぶりに……!」


 少女はぼろぼろと涙をこぼしながら、必死に菓子を食べ続けた。小さな口いっぱいに頬張りながら、時折しゃくり上げる様子は、見ていて胸が締め付けられるものがあった。奴隷市場で過ごした時間が、どれほど過酷なものだったのか、この反応だけで十分に伝わってくる。


 俺は何も言わず、少女が泣き止むのを待った。こういう時に余計な言葉をかけるのは、野暮というものだ。


 しばらくして、少女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、菓子を食べ終えた。その様子を見て、リーゼロッテが小さく息をついた。


「アキト様、この子は」


「ああ、そうだな」


 俺は少女を見下ろしながら、口を開いた。


「名前は?」


「……ミミ、です」


「そうか。ミミ、今日からお前は俺のところで働け。給料は出さねえが、飯と寝床は保証する」


「は、はい! よろしくお願いします、ご主人様!」


 ミミは涙を拭いながら、勢いよく頭を下げた。その耳と尻尾が、嬉しそうにぴょこぴょこと動いている。先ほどまでの萎れた様子が嘘のように、生き生きとした表情に変わっていた。


「ご主人様は、命の恩人です! ミミ、一生ついていきます!」


「大袈裟だな、おい」


 俺は苦笑しながら、頭を掻いた。ダイスの目が奇数だっただけの、行き当たりばったりの判断だ。それをここまで感謝されると、こそばゆい。だが、悪い気分ではなかった。むしろ、こういう素直な反応は、前世ではあまり縁のなかったものだ。博打の世界で生きてきた俺の周りには、こんな純粋な感謝を向けてくる人間は、ほとんどいなかった。


「アキト様」


 リーゼロッテが、静かに耳打ちしてきた。


「随分と、思い切ったことをなさいますね」


「そうか?」


「ええ。ですが」


 リーゼロッテは、ちらりとミミを見た。菓子を食べ終え、耳と尻尾を揺らしながらこちらを見上げているミミの姿に、その口元がわずかに緩んだ。


「悪くない判断だと思います」


「褒められてんのか?」


「珍しく、はい」


 俺は思わず笑った。こうして、俺のクズなハーレム計画――もとい、賭博稼業のチームに、また一人、新しい仲間が加わった。まだ二日目だというのに、随分と賑やかになってきたものだ。


「よし、今日はこのまま宿に戻るぞ。ミミの部屋も用意しねえとな」


「はい、ご主人様!」


 ミミは元気よく答えると、俺の服の裾をしっかりと掴んだ。その小さな手の温もりを感じながら、俺は大通りを歩き出した。


 道すがら、ミミは興味津々といった様子で周囲を見回していた。露店の食べ物、行き交う人々、道端で遊ぶ子供たち――奴隷市場での暗い時間とは対照的に、その表情はころころと変わり、まるで初めて外の世界を見る子供のようだった。実際、そう遠くない状況だったのかもしれない。


「ご主人様、あれは何ですか?」


 ミミが指差したのは、屋台で売られている串焼きだった。


「ああ、あれは肉の串焼きだな。食いたいのか」


「た、食べたいです! でも、お金が……」


「気にすんな。今日はもう色々買ってやる気分だ」


 財布の紐はリーゼロッテに握られる約束になったばかりだが、この程度の出費なら文句も言われないだろう。そう高を括りながら、俺は串焼きを二本買い、一本をミミに手渡した。ミミは目を輝かせながら、それを大事そうに両手で持ち、齧りついた。次の瞬間、また目に涙を浮かべた。


「お、おい、また泣くのか」


「美味しくて……! ご主人様、ミミ、幸せです!」


「大袈裟だっつってんだろ」


 俺は苦笑しながらも、まんざらでもない気分だった。この単純明快な喜びようは、見ているこちらまで気分が良くなる。前世で散々見てきた、勝負に負けた人間の絶望の表情とは真逆の感情だ。こういう反応を見られるなら、たまにはこういう衝動買いも悪くない。


「リーゼロッテも食うか」


「私は結構です。それより、今夜の宿の手配を進めますので」


「相変わらず堅えなあ」


 リーゼロッテは苦笑気味に肩をすくめると、懐から帳面を取り出し、何やら計算を始めた。ミミの分の食費や、部屋の追加費用まで、既に頭の中で組み立てているのだろう。この几帳面さが、今後の稼業には確実に役立つはずだ。


 俺たちは連れ立って、賑わう大通りをさらに歩いていった。ミミは串焼きを頬張りながら、時折こちらを見上げては嬉しそうに笑った。その耳と尻尾は、ずっと機嫌良さそうに揺れ続けていた。


 この先、この賑やかなチームに何が待ち受けているのか。まだ分からない。だが、少なくとも退屈だけはしない予感が、確かにあった。銅貨三枚から始まった俺の異世界ライフは、こうしてまた一つ、賑やかさを増していった。エルフのディーラーに続いて、獣人の少女。次はどんな出会いが待っているのか、想像するだけで胸が高鳴った。


 もっとも、この賑やかさの裏で、街の暗部――カジノ街を裏で牛耳るという何者かの影が、既にじわじわと近づいてきていることに、この時の俺はまだ気づいていなかった。差し当たっては、串焼きを頬張るミミの笑顔と、呆れながらも面倒を見てくれるリーゼロッテの存在だけが、俺にとっての全てだった。それで十分だった。明日のことは、明日の俺が考えればいい。今はただ、この賑やかな日常を噛みしめていたかった。異世界での二日目は、こうして三人のクズなチームの誕生と共に、静かに暮れていった。この先どんな波乱が待っていようとも、今この瞬間の温かさだけは、確かに本物だった。それだけで、今日という日は上出来だったと言えるだろう。俺はそう独りごちながら、宿への道を歩き続けた。

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