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紅の彼女と出立を ~境界の彼女と追放された彼~  作者: 黎明


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9/11

 

 森の最奥。

 そこには大木が根を張っている。

 鳥居の立った小さな神社の中に、しめ縄が回された大きな御神木。

 そして、地下水と滝から流れてきた水が地下で混ざり溜まった井戸。

 紅は桶を落として水を汲み、柄杓で盆の盃二つに注ぐ。

 柄杓を桶に入れ、盆を持ち鳥居を潜る。

 拝殿を通り抜け、本殿に入った。御簾(みす)の前で膝をつき、盆を脇に置く。

 正座して手を揃え、静かに頭を下げる。

 頭を上げた後、御簾前の簡素な祭壇に盆ごと盃を乗せてもう一度頭を下げた。

 神社を出て、井戸から桶と柄杓を回収する。

 御神木に近付き、根元に水を掛けていく。

 桶と柄杓を井戸に戻し、倉庫に向かう。

 箒と雑巾を取り出し、神社全体を掃除していく。

「明日、楽しみ?」

 弧乃咲が、声を掛けてきた。

「もう、今日だと思いますが」

 見上げると、空は既に白み始めていた。

「そう、なのでしょうか」

 目を細めて言う。

「勇者君に会いたい?」

「気になってはいます。死の気が強くなっていないかと」

 森を出た時は多少薄くなっていたが、また濃くなっているかもしれない。

 それは少し、気掛かりだった。


「やっぱ惚れてる?はっ、紅にも春が・・・!」

 驚いた顔になり、身体を抱きしめる様な動きをする。

「この森に、季節は御座いませんよ?」

 森に、ではなく紅にというのもよく分からない。どういう意味なのだろうか。

「そーいうことじゃない。この子純粋過ぎない?え、まさかの天然?箱入り・・・というか森入り?箱入り娘ならぬ森入り娘?」

 なにやらぶつぶつと話している弧乃咲を置いて、掃除を進めていく。

 それにしても、あまり近付きたがらなかったというのに。

 縁を強めた影響だろうかと考えながら、境内を磨いていく。

 紅からあまり離れられなくなる、というのは知っているけれど・・・。神社は好んでいなかった筈だ。

 揺らぎやすいのだったか。

 まあ、以前より生に近付いてはいるから神社に居ても平気・・・なのだと思う。

 紅にはまだよく分からない。生者故に体験は叶わないし。



「終わりましたよ、弧乃咲さん」

 一息吐いて、掃除用具を片付ける。

「弧乃咲さん?」

 周囲に視線を向けた紅は、その血色の瞳を見開いた。

 ――弧乃咲が、ふわふわと浮きながら眠っていたから。

 何時も銀縁眼鏡越しに見えていた切れ長の青い瞳は、隠されている。

 亜麻色の髪が、紅の手に掛かった。


 眠っているところ、初めて見た。

 生理現象も発生したらしい。こういう効果まであるとは。

 透けた身体の影響か、幻の様に感じた。

 死の森には、相応しい光景なのだろうけど。

 手を伸ばして、肩に触れた。

 感触がある。

 以前までなら触れる事は出来ても手応えは無かったのに。

 これも、縁を強くした影響なのだろうか。

 手順を載せた書物には、記載されていなかった筈なのだけど。

 見落としていたのか。否、隅々まで読み込んだのだから無いと思う。


 暫し固まっていた後、弧乃咲の肩を揺らす。

「んぅ・・・ふぁ、あ。・・・くれない?」

 ぱちぱちと長い睫毛が揺れる。何時もよりも、何と言うのだろう・・・ふわふわ?していると思う。以前、弧乃咲が使っていた筈。

「おはようございます、弧乃咲さん」

「ん、おはよ」

 ぼんやりとしたまま、返してくる。

「・・・って、へ?」

 素っ頓狂な声を上げた。

「く、紅?」

「はい」

 別の誰かが見えているのだろうか。

「肩の手も?」

 頷く。

「なんで?え、待って。感触あるんだけど。本当に何で?」

 混乱した様子で何で何でと繰り返す弧乃咲。

「確かではありませんが、縁を強めた影響かと」

「へえ、そっかぁ・・・待って???そんな影響あるの?僕聞いてないんだけど?さらっという事じゃないよ?」

「私も、先程知りました」

 もういいだろうと、肩から手を離す。

「知らなかったのかい」

 いつものやり取りなのだけど、何故か安心できた。

 弧乃咲に触れると、胸元に手を当てると、繋がっている事がはっきりと分かる。

 少し、胸が温かく感じた。


「あ、ってか僕寝てた?」

「ええ。初めて見ました」

「僕も初めてだよ。てか霊体が寝るってどういう状況?」

「さあ」

 紅も前例を知らないので、首を傾げるしかない。

「そういえば、紅」

「何でしょう」

 今度は何だろうか。

「僕に用があったんじゃないの?紅なら、寝てるの起こさないでしょ」

「掃除が終わりましたので」

 戻りませんかと言うと、弧乃咲は微笑んだ。

「じゃあ帰ろっか」

「はい」

 並んで神社を出て、帰路に就いた。




 布団を敷き、枕元に畳んだ着物を置く。

 少しずれていた巫女服を直した後、窓を開ける。

 優しい風が部屋に入り込む。風鈴が鳴った。

 就寝の際は巫女服を。着物は少し、寝にくいから。

 手に取った簪を、優しく拭く。

 枕元に置いた着物の上に簪を重ねた。

 弧乃咲に感触が伝わるのなら、布団を使うかと試してみたのだけれど。流石にそこまでは伝わらなかった。

 結局、弧乃咲は浮いた状態で眠るらしい。眠れる確証は無いけど試してみたいと言っていた。

 それと今日は隣で眠るらしい。

 なんとなく、落ち着かないのだとか。これも影響なのだろうか。起きた後、時間があれば確認しておいた方が良いだろう。

「おやすみ、紅」

 弧乃咲が笑う。

「はい。御休みなさい、弧乃咲さん」

 そう返してから、紅は布団に入った。

 弧乃咲が、紅の頭を撫でる動作をする。大切な物に触れるように、そっと。

 紅もまた、静かに目を閉じた。


 上がり始めた太陽が、紅と弧乃咲を照らしていた。

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