7
森の最深部。入り組んだ先に在る、あまり大きくはない木製の家。
「紅、僕は此処に居るから」
一段高くなったところに敷かれている畳に、弧乃咲は寝転がっていた。紅に向けて手を振っている。
分かりましたと頷いて、奥の部屋に向かう。
紅の部屋。此処もまた、一段高くなっている。
扉の前で草履を脱いで揃えた。
畳の上に着物を広げて、丁寧に畳み直す。
解れ等も無い。少し冷たい黒の着物。
そっと表面を撫で、箪笥に仕舞う。
簪を机に置いた。
髪を、拭かなくてはならない。
少し億劫に感じた。何故だろう。何時もは何とも思わないのに。
なんて、意味のない事。
鏡台の引き出しから、緑色の小箱を取り出した。
机に置いて、中から石を取り出す。鮮やかな緑の翡翠。楕円の少し大きい物を両手で包む。翡翠が露出しないように覆い隠して、額に当てる。
目を閉じた。
「お願い致します」
囁くように言うと、ふわりと躰が暖かくなる。
風が、紅を包んだ。
数秒程で風は収まり、紅は目を開ける。
黒髪は乾いており、触ると少しふわふわしていた。
翡翠を小箱に仕舞い直し、一礼する。
小箱を机に置いたまま、立ち上がる。
押し入れに鞄が入っていた筈だから。荷物を入れるのに、必要だから。
茶色の鞄を取り出す。長方形の、旅行鞄。
最後に使ったのは――この森に来た時。
汚れた部分は無い。
これなら問題なく使えそう。
箪笥から出した替えの巫女服を鞄に入れる。
荷物は少なく、軽く。紅が持って動ける程度に抑えなくてはならない。まあ、それ程私物が多い訳ではないのだけれど。
手拭と化粧品。それから櫛を仕舞う。森を出ていても出来る御役目は、しておきたいから。
必要な物を入れていき、あ、と声を漏らした。
弧乃咲に聞く事があったのを、忘れていた。
立ち上がって部屋を出る。
「弧乃咲さん」
「ん、紅じゃん。どしたあ?」
話ながら、ごろごろと畳の上を転がっている。
「弧乃咲さんは必要な物、御座いますか」
「へ」ぱちりと目を瞬かせた。
何故、驚いているのか。
「森を出るのに、持っていたい物があるのでは」
違うのだろうか。
気に入っている物があるなら、持ち出したいのかと思ったのだけれど。
なんでと弧乃咲が口を開いた。
「僕が、行くって・・・?」
「来ないのですか」
今度は、紅が驚く番だった。
「以前、私と一緒に居ると仰っていたので」
――同行なさるものだと。
「っははは」
突然、弧乃咲が笑い出した。
「はあー。そーだよねえ。紅ってば真面目ちゃん!」
記憶力良いなあと楽しそうに言う。
けらけらと笑いながら、腹を抑える。霊体に、腹痛があるのだろうか。腹痛に限らず不調が存在するのかも分からない。少なくとも、狐乃咲から不調を訴えられた記憶は無い。
「弧乃咲さん?」
「ああ、いや。何でもないよ」
あれだけ笑っていたのに。
結局、一緒に来ないのだろうか。
「行くよ行く行く。あ、でもさ」
体を起こす。
「はい」
「あの、なんだっけ。っと、あれ。あの・・・勇者君!」
「コハヤさんですか?」
「そそ。あんま一緒に居ると、僕除霊されちゃうんですがそれは」
「縁を」
――結び直したいと。
「結び直すとな。あ、強化的な?」
「ええ」
紅と弧乃咲は縁を結んでいる。共に森で過ごすのに、必要だったから。
今のままでは弱いから。きっと、コハヤに近付くだけで除霊されてしまう。
だから、強く結ぶ。
「成程~。って、待って」
今度は何だろう。
紅は首を傾げた。
「あれ、結構時間掛かるよね。強化ってなると更に時間掛かるんじゃない」
「そうですね。今度は」
――六時間程。
「いや長いな」
「以前は三時間程でしたから」
「倍かあ・・・六時間?」
「はい」
「今回も夜?」
「はい」
「なあんでこんなのんびりしてるかなこの子は!急がないと日が昇っちゃうじゃんか」
ほら、急いでと紅を急かす。
それを見て、何故だか少しだけ口角が上がった。
「紅、急がないと」
「そうですね」
紅と弧乃咲は、家を後にした。




