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紅の彼女と出立を ~境界の彼女と追放された彼~  作者: 黎明


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4

 

 あの、と口を開く。

「コハヤで、いいです」

 ――私も。

「シアマネ様でいいです」

 コハヤの口調を真似するように言った。

「コハヤって、呼んでもらえませんか」

 困ったように、眉が下がる。

「・・・」

 こてり、と何処か機械じみた動きで紅は首を傾げた。

 数秒の間の後、彼女は口を開く。

「承知致しました」

 ――コハヤ様。


 ――それと、と続ける。

 血色の宝石が、コハヤに向いた。

「様付け、しないで貰えますか」

 慣れないのでと頬を掻く。

「コハヤさん」

 敬称など要らないのだが・・・きっと、これ以上は譲らないだろう。

 有難うございますと頭を下げ、来た道を引き返して行った。

 森の案内という物が、少し楽しみだった。




「ははあ・・・紅、あんたあの子に惚れたね」

 道を引き返して行く茶髪の青年――コハヤ。その背を眺めている紅の耳に、中性的な声が届いた。

「惚れる、ですか」

 こてり、と首を傾ける。

 ――只の人相手に。

 あり得ないという思考が声に滲んだ。

「ジョーダンだってぇ。そもそも、あんたがそういう感情持つの想像できないわ~」

 ――あんたは想像できる。前に回り、視界に入り込むのは亜麻色の髪を持つモノ。

 肩下までの髪の上を結んだ髪型――異国ではハーフアップ、と言うのだったか。

 切れ長の冴えた青色の瞳に、銀縁の眼鏡。

 顔立ち等からは涼やかな印象を与える。のだが――本人は大分軽い。疎い紅でさえそう思うのだから、相当なのだろう。

 どうでもいい事だけれど。


 もし一度、垣間見る事が叶うのならば見目麗しい者。と、そう評価を得るだろう姿。

 けれどその身体は、薄らと透けていた。

 紅にとっては、見慣れた姿。人間には――否、生者には見慣れないだろう姿

 死者である事を証明する、半透明の身体。

 透けた腕が、紅の頭に伸びる。

 意味なんて無い。触れた感触など無い。

 実態のあるものに触れる事は叶わないというのに。

 正に無意味な行為。

 何がしたいのかなんて、紅には分からない。

 好きにすればいいと思う。

 じきに飽きが来るのだから。


「何故」

 思い出して、口を開く。

「ん~?」

「コハヤさんを、返そうとしたのですか」

「返そうと?」

 きょとんと目を瞬かせる。

 態とらしいと思った。

「森が」

 ――教えてくれました。

 答える様に、木々が揺れる。

「あ~。そういやバレちゃうんだっけか」

 知っている癖に。


「何故ですか」

 改めて問う。

「紅ならそうすると思ったんだけど~」

 ――違ったかと、にやにやと笑いながら首を傾げる。

 その通りだと思う。紅なら、そうする。

「貴方なら、此処まで案内すると思ったのですが」

 それとなく案内して、楽しみそうだと紅は考えたのだが。

「除霊されちゃいそうでさあ」

「除霊、ですか」

 浄霊ではなく。

「除霊だよ。何て言うの?如何にも~なあの雰囲気がさ?」

 無理なのだと笑う。

 明るさとお人好しらしい態度、柔らかな物腰。

 確かに、霊が好みそうにない人だ。

 なにより――あの空気。

 無自覚に除霊能力を使っているのだろう。偶に居るが――珍しいと思った。

 霊体ならば、仕方が無いのだろうか。取り敢えず、それが原因で彼が居る間は大人しかったらしい。

 だからこそ、


 ――あそこまで死が近いという事に、驚いた。

 だからこそ――森が導いたのだろう。



「で、どうだった?彼奴」

 男か、女か。性別の分からぬ容姿は、楽し気に紅を覗き込んでくる。

 何故、という疑問は直ぐに消え失せた。

「真面目な方でした」

「そーじゃなくてさあ・・・笑った時、どう思ったよ」

 コハヤが、笑った時――

「・・・特に何も」

 首を傾げ考えてみるが、特に浮かばない。

「ないの?よかったあ~とか、安心~とか」

 ねえねえと、顔を逸らしても視界に入って来て騒ぎ立てる。

「しつこいのでは」

「こっちへの感想は要らんのよ」

「・・・あ」

 ふと、思いついた拍子に声を漏らす。

「お、浮かんだ?」

「死の気が、薄くなりました」

 そーじゃないと、騒ぐのを無視して、泉に近付く。

 滝から流れる水と地下から湧き出る水が混ざった、森の泉。特別な――紅の、拠り所と言える場所。

 生きている紅がこの森で暮らすのに、必要な存在。


 屈んで、片手を伸ばす。

 触れた部分から、波紋が広がった。

 冷たくて、気持ちいいと感じる。

 憶えておこうと、浸っておこうと思う。

 森を出るのなら、暫くは――触れる事が出来ないだろうから。

 そっと、目を閉じた。




 ――蛍が、紅を包んだ。

(本当、人形みたいな子)

 つんと澄ました顔の彼女。ぼんやりと、されど弧乃咲(コノサキ)をはっきりと見つめる血色の瞳。

 それは――霊体である己には、魅力的な色の瞳。



 紅――この世界の生者の中で、最も死者に近い娘。


 しゃらんと、紅の簪が揺れた。


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