表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅の彼女と出立を ~境界の彼女と追放された彼~  作者: 黎明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/7

3

 

 私はと、彼女は口を開いた。


「――(クレナイ)、と申します・・・」真白の肌を持つ彼女――紅は、静かに頭を下げた。

「クレナイ、さん・・・?」

 聞き慣れぬ響きの名に、たどたどしく復唱する。

「はい」緩やかに頭を上げた彼女の顔に表情は無く、血の様に赤い瞳は集点が合っていない。

 それに気付いて、ぞくりと背筋が泡立つのが分かる。

 無表情の、作り物の様な顔――ノウメンの様だと思った。

 ノウメン――異国で作られる顔に付ける(めん)。無表情である事、端正な顔立ちである事を表現する時に『ノウメンの様な顔』と言うのだったか。

 まさにその通りだと思う。作り物と見間違う程に整った、美しい顔立ち。

 自分はまだノウメンを見た事が無いから、想像でしかないのだけれど。


 ――シアマネ様は、何故。

 コハヤが紅に見蕩れていると、そっと彼女の顔が向けられた。

「何故、此方に」

 何故――何故、か。コハヤが、此処に来た理由。心をざわつかせる森を、進んだ理由。



 コハヤは――勇者だった。

 比喩ではなく。通称でもない。神によって定められた、正真正銘の――勇者。

 魔王討伐――それが、勇者の役目。在り来たりだけれど。夢物語の様だけれど。

 魔王だけでない、魔物達も討伐対象。人を助ける事も。きっと、勇者の御役目。


 コハヤは—―勇者、コハヤ・シアマネは聖人といって差し支えない人物だった。

 真面目で、優しく、強い。裏など無い、完璧な。正に勇者。

 そう、見えるよう。そう、成れるよう。努力してきた。


 まあ、それも――過去の事だけれど。

 今もまだ、人を信じられるのか。分からない。

 だから、此処に来た。

 死の森――なんて、大層な名前なら。

 死ねるかと。御役目から、解放されるかと。

 思ったのに。



 彼女が――紅が、この森で見た自分以外の生きる者。

 彼女が、殺してくれるのだろうか。

 こんな、細い腕で?太い訳では無いコハヤよりも細く白い腕で。

 華奢で、力なんて無さそうな容姿で。

 傷一つない、シルクの様な――滑らかな真白の肌。

 お世辞にも、コハヤに――勇者である己に、敵うとは思えない。

 もう、‘‘元‘‘なのだろうか。

 否、御役目を果たすまで。この命が散るその時まで、己は勇者なのだ。生きる限り、永遠に。


「シアマネ様」

 現実に引き戻される。

「あ、・・・死ねるかと、思って」

 似たような年齢だろう彼女に、こんな事を言うのはどうかとも思った。けれどもう、どうでもよくて。そう、思ってしまって。

「それは、此処が」

 ――死の森と、呼ばれているからですか。

 血色が、微かに輝いた様に見えた。

 直ぐに凪いだ、集点の合わない瞳が視界に映る。

 単純だと、思ったのだろうか。意味が分からないと、思うだろうか。

 本当に死にたいのなら、自害でも何でもやりようはあったのに。

 やろうとしても、身体が震えて動く事が出来なかった。

 ――怖いのだと思う。死が怖い。

 当たり前の反応かもしれない。生者なら、普通の事。

 何故だろう。何故、死に恐怖を感じるのだろう。

 なんて、考えたところで答えは出ない。

 勇者として、戦いに身を置く者として。コハヤは弱いのだろう。

 ずっと、ずっと。

 怯えながら戦っている。死にたくないから、抗おうと剣を握る。

 最初から。強くなって、慣れてきた今もそれは変わらない。


 どちらともなく、黙り込む。

 ――貴方は

 顔を上げた。

「死を、お望みですか」

 唯々静かに、確認するように問われる。

 責めるでもなく、怒るでもなく。淡々と。

 どうなのだろう。此処に入るまでは、死にたかった。それしか、無いと思っていた。自分には、もう――それしか無いのだと。

 今は、どうだろう。

「分かり、ません・・・」何故だか後ろめたくて、顔を伏せる。

 彼女の返事は、これまた淡々としていた。

 そうですか、その一言だけ。


 どれくらいの間、静かだったのだろう。数秒なのか、数分なのか。

 コハヤには、数時間にも感じられた。

 ならと、彼女が言う。

「お帰り下さいませ」

 静かに、促される。

 当たり前の対応だと思う。彼女にとって、コハヤは外から来た部外者。それだけだ。

 明確な目的も無く来た己は、迷惑でしかないだろう。

 でも、帰ったところで――何になるのだろう。


 仲間に、気を許せた彼らに裏切られて。勇者という立場も奪われて。

 彼らの事を信じていた、と思う。

 分からない。もう、なにもかもが曖昧で。


 もう――何も残っていない。

「シアマネ様は、生きておられます」

「え・・・」

 どういう、意味だろう。

「生は、貴方の命は」

 ――残っております。

 何も無い訳ではない、と。そういう事だろうか。

 自分に彼女の意図は分からない。だから、受け取りたいように解釈しよう。

 コハヤは、人間だ。

 生きていると、言うのなら。命があると言うのなら。好きなように、思いたい意味を見出して、受け取ろう。

 紅さんと、彼女の名を呼んだ。

「有難うございます」

 唐突だっただろうか。唯の自己満足。

 それでも彼女は、紅は――黙って、頭を下げた。


「紅さんは、ずっと此処に居るんですか?」

「永遠ではありませんが。御役目ですので」

 此処に居る事が、彼女の御役目・・・。

「出る事は、可能でございます」

 不意に、彼女が言った。

「・・・・・・」

「シアマネ様は、危うい」

「危うい、ですか?」

 とてもと、紅は目を伏せる。

 なんとなく、自覚はある。きっと、コハヤが思っている以上にコハヤは――。

「紅さん。一つ」

 ――お願いしても、いいですか。

「内容によります」

 ――全能ではありませんので。ちらりと木々に目をやった彼女は、静かに答えた。


「僕と、一緒に来てくれませんか」

 口から出た言葉。お願い、なんて可愛い物じゃない。非常識な願い。

 とても、初対面の相手にするものでは無いだろう。

「時間を」

 ――頂けますか。

 この場で答えを出す訳にはいかないだろう。

「同行は構いません。森を出るのに、用意する時間が」

 ――欲しいのです。

「良いんですか・・・?」

 ぽかんと、口を開けて固まる。間抜けな顔をしているのだろうな。

「そう言っています。明日の夜、また」

 お越し頂けますかと紅は言った。

「あ、・・・はい。有難うございます」

 ――紅さん。

 久し振りに、上手く笑えた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ