9 小さな人間
人間にみつかると面倒くさいのだと思ったドリムは、人間があまり通らない場所を選んで旅を続けました。
そのおかげで、すっかり時間はかかりましたが、人間に見つかることはありませんでした。
お腹が空いても、食べ物はあちこちに落ちていました。ネズミのドリムは小さいので、草むらの太いミミズを食べればお腹はいっぱいになるのです。
地図の見方もわからず、ドリムはすっかり道に迷ってしまいました。
夜になっても、目的地がどこなのかもわかりませんでした・
穴を掘って寝る場所を作ろうかと思いましたが、目の前に大きな建物があったので、潜り込むことにしました。
入口を見つけようとしましたが、二階の窓が開いているのに気付きました。
ドリムは靴を脱ぎ、荷物入れにしまうと、手がかりも何もない壁をするすると登りました。人間にとってはとても平らな壁でも、ネズミのドリムから見れば、凸凹だらけなのです。
二階の窓からドリムが入ると、中は温かく、居心地のいい家でした。
人間によく似たものがたくさんありましたが、ずっと小さく、動きませんでした。人形というのだとは、ドリムは知りませんでした。
窓のすぐ下にはベッドがあり、ベッドには小さな人間が横になっていました。
小さな人間を子供というのだとは、ドリムは知りませんでした。
子供はベッドに横になったまま両手を組み合わせ、口を動かし続けていました。何か言っているようでしたが、ドリムは興味がありませんでした。
ごつごつした小さな人間の置物より、もう少し柔らかい綿の塊もありました。ヌイグルミというのだとは、ドリムは知りませんでした。
ドリムは疲れていました。
旅をして、一日中歩いて、ロバに乗って、人間につかまれて、また歩いたのです。
ドリムはとても疲れていました。
ドリムはふわふわとしたヌイグルミをベッドの代わりにして、横になりました。
小さな人間は、ベッドに横になりながら、口を動かしていました。
小さく、声も聞こえました。
ドリムは休んでいました。
少しぐらいの雑音が聞こえても、ぐっすり眠れるぐらい疲れていました。
ドリムは寝ようとしました。
小さな人間の声が、少しだけ気になりました。
ドリムは眠りにつくまでのほんの少しの間、小さな人間の小さな声に、耳を傾けてみました。
「助けてください。助けてください。ぼくを殺さないで。なんでもします。だから、ぼくを助けてください……」
ドリムは寝ようとしていました。このぶつぶつつぶやく小さな人間も、早く寝てくれたらいいのにと思っていました。そうすれば、ドリムもぐっすり眠れるのにと思いました。
「助けてください。助けてください……」
人間のつぶやきが、気になりました。
「何から助けてほしいんですか?」
聞いてみました。知りたかったわけではありません。繰り返し聞いているうちに、少しだけ気になったのです。
ところが、小さな人間は答える代わりに驚いて起き上りました。
「誰? 神様?」
「いいえ。もっとずっと小さなものですよ」
ドリムは『神様』を知りませんでした。『神様』の大きさを知りませんでした。たぶんドリムは『神様』ではないのだろうと思いましたし、『神様』はなんとなく大きな感じがしたのです。
「……どこにいるの?」
小さな人間は、すっかり目が覚めたようでした。ぐるぐると首を回していました。ドリムは小さな人間の動きが面白いので眺めていました。
「ここですよ」
小さな人間がシーツをめくり、ヌイグルミを動かして声を出した相手を探し始めたので、ドリムはもう一度声をかけてみました。
小さな人間はますます驚いたようでしたが、ドリムを探すのはやめてしまいました。
動かなくなった代わりに、ベッドの上で祈り始めました。
「ぼくの部屋にいる小さな神様、ぼくの中にいる病気を追い払ってください……」
小さな人間は祈り続けていました。
ドリムは小さな人間を見つめました。『ぼくの部屋にいる小さな神様』というのは、ドリムのことに間違いありません。
ドリムは神様ではありません。
でも、小さな人間の中にいる『病気を追い払う』ことを頼まれました。
病気になった人間は、死んでしまうのでしょうか。ドリムには解りませんでした。
人間が死ぬとどうなるのでしょうか。ドリムには解りませんでした。
人間は死にたくないのでしょうか。ドリムには解りませんでした。
ドリムは聞いてみました。
小さな人間は聞いていませんでした。
ドリムを神様と勘違いしてお願いしたことで、満足してしまったようです。
小さな人間はベッドの上で眠っていました。
ドリムはなかなか眠れませんでした。
小さな人間から『病気を追い払う』ように頼まれてしまったのです。
ドリムはどうすれば小さな人間から『病気を追い払う』ことができるか、考えていました。




