8 人間の街で
ネズミのドリムはロバの背でのんびりとしていました。
気持ちよく揺られているうちに、ひょろひょろの生き物がずいぶん多いことに気が付きました。
しかも、ひょろひょろの生き物はどんどん増えていきました。
すべて人間なのだと、ドリムは尋ねなくてもわかりました。
「あなたの仲間は、ずいぶんたくさんいるんですね」
ロバを曳いてきた人間が、休憩のために木に手綱を縛り付けようとしたとき、ドリムは聞いてみました。
「そうかい? でも、おれの仲間じゃないよ」
「でも、人間というのでしょう?」
人間はおかしなことを言うものだと、ドリムは不思議に思いました。同じ姿をして同じ場所に住んでいるのに、仲間ではないということはあり得ないように思えました。
「人間なのは違いないな。おれはヒロだ」
「ぼくはドリムです」
「ただのネズミじゃないんだな」
ヒロと名乗った人間は、指先をドリムに近づけました。ドリムは黙って指先を眺めました。ごつごつした指紋が痛そうだと思いました。
「握手を知らないのか?」
ヒロは不満そうに言いましたが、ドリムは握手を知りませんでした。
「それは何なのですか?」
「意外と常識を知らないんだな。プログラムした奴が忘れたのかな?」
ドリムのことをおもちゃだと思っているヒロは、不平気味に独り言を言うと、自分の右手で左手を、左手で右手をしっかりと握りました。
「こんな具合にやるんだ」
「こうですか?」
ドリムも真似をして、右前脚で左前脚を、左前脚で右前脚を掴みました。
「そうじゃない。一人でやるものじゃないんだ。誰か、親しくなりたい奴の手を握る。そうしたら、信頼関係が生まれる」
「どうして、握手をすると信頼関係が生まれるんですか?」
「さあな。そういうものだからだろう」
そういうものなのかもしれません。人間は不思議なことをするものだと思いました。
「でも、ぼくはヒロと親しくなりたくないので、握手はしません」
ドリムが言うと、ヒロはとても驚いた顔をしました。
「おれのことが嫌いなのかい?」
「いいえ。別に嫌いではありませんよ」
「じゃあ、握手ぐらいしてもいいだろう」
「ヒロのことは嫌いではありませんが、人間は不思議なことだらけなので、もっと人間のことを知ってからにしたいのです」
ドリムは率直に意見を言いました。ヒロは少し考えてから、またロバの手綱を曳いて歩きだしました。
相変わらず人間ばかりが歩いている小さな町で、ドリムは地図を取り出しました。ロバを曳いているヒロは気づきませんでしたが、ロバの背中で地図を眺めているネズミのドリムは、通りすぎる人たちの注目を浴び始めました。
「何をしているの?」
たまたま近くを通り過ぎようとしていた人間が、ドリムの手元を見て尋ねてきました。ヒロとは少し違うようです。たぶん、性別が違うのだとドリムは思いました。
「お月様に渡された地図を見ているのです。下手でわかりにくいので、困っているところです」
人間は笑いました。突然、ドリムは大きな温かいものに包まれました。ヒロにつかまれたのだと、すぐに解りました。
体が浮き上がりました。ヒロに持ち上げられたのだと、すぐに解りました。
温かくて真っ暗な場所に移されました。ヒロのポケットの中に入れられたのだと、すぐに解りました。
全身を包んでいたヒロの手が離れたので、ドリムはポケットから顔を出してみました。
さっき話しかけてきた人間に向かって、ヒロが何か話をしているところでした。
ドリムは話の内容には興味がなかったので、地図を荷物の中にいれると、ポケットから飛び出しました。
地面に降りましたが、ヒロは気づきませんでした。
ドリムは旅を続けることにしました。
見送るロバさんに手を振りながら、ドリムは行きかう人間の足を避けて歩きました。
途中で、ヒロの声が聞こえたような気がしましたが、ドリムは立ち止まりませんでした。




