7 旅の始まりと出会い
ネズミのドリムはお月様のような魔法使いにお似合いのチョッキとふわふわの帽子、さくさく歩けそうな靴をもらいました。
お弁当の包を棒に担ぎ、ドリムはいきようようと魔法使いの家を出ました。
ドリムにとっては初めての旅でした。
目的をもって行動するのは初めてでした。
目的があるのは初めてでした。
ドリムは生きていることが、とても嬉しくなりました。
ドリムの旅が始まりました。
ドリムが旅をしていると、とても大きな川に、さらに大きな橋がかかっていました。
ドリムが大きな川のさらに大きな橋を渡っていると、橋の真ん中に山のような毛の塊がありました。とても大きくて、太い足を持った立派な動物でした。
ドリムは見上げて言いました。
「あなたみたいな大きな人をはじめて見ました。きっともあなたは世界一大きい人なのでしょう」
四本足の大きな動物は、驚いて顔をきょろきょろと動かしました。どこから誰が呼んだのか、わからないようでした。顔の横にある長い耳が、顔の動きに合わせて揺れました。
とても大きな動物の隣に立っていた、二本足のひょろりとした生き物が言いました。
「おいおい、これは人じゃないよ。ただのロバだ。どうして、これを人だなんて言うのかねえ。世界一大きいなんてことがあるはずがないよ。こんなみすぼらしいロバなんか、とっと売り払いたいぐらいさ。ところで、今誰がしゃべったんだ?」
ひょろりとした生き物は、ひとりで喋った後驚いたようにあたりを見回しました。ひょろりとした生き物がロバと呼んだ動物と同じ動きをしたので、ドリムは可笑しくなりました。
「ロバさんはみすぼらしくなんかありませんよ。ひょろひょろのあなたより、ずっと格好いいじゃないですか」
ドリムはネズミです。言いながら、ロバの足をするするとよじ登りました。
恰好悪いといわれたひょろひょろの生き物は、怒ったように手を振りまわしました。
「おい、どこかに隠れて悪口を言っていないで、出できたらどうなんだ」
確かに隠れて悪口を言うのはよくないと思い、ドリムはロバの影から人間の前に出ました。
「おい、どこにいる」
「ここにいますよ」
「なに? どこだ?」
見えないふりをしているのではないようでした。人間はあちこちを見ていましたが、ドリムには気づきません。
「あなたの足元です」
「……ネズミか?」
ドリムは少し考えました。
地図を見ると、ドリムの旅はとても長そうです。大きなロバに乗せてもらえれば、もっとずっと早く、楽にいけるような気がします。ドリムは嘘をつくことにしました。
「ただのネズミが、チョッキを着ているはずがないでしょう?」
ドリムは魔法使いからもらった新品のチョッキを見せびらかしました。
人間は腕を組み、しばらく考えました。
「……おもちゃか? だれかが操作しているのか?」
「おもちゃと言われるのは心外ですが、それより僕は町に行かなくてはならないのです。さっき『ひょろひょろの生き物』と言ったことは謝りますから、こっちのロバさんを貸してもらえませんか?」
人間は何度も瞬きをしました。驚いているのだと、ドリムは解釈しました。人間はとても表情が豊かなようです。
「そんなに遠くまで行って、大丈夫なのかい?」
「『大丈夫』とは、どういう意味ですか?」
「電波かバッテリーか解らないが、そんなにもつのかい?」
ドリムには、人間が何を言っているのかわかりませんでした。心配されているようなので、まずは安心させることが大事です。
「それぐらい、たいしたことじゃありません」
「へぇ……ずいぶん高性能のおもちゃなんだな。ひょっとすると、誰かが遠くからしゃべっているわけじゃなくて、人工知能なのかもしれないな。これは凄い技術だ」
ドリムはお月様のような魔法使いの言葉を思い出しました。
「ぼくは偉大な成果なのです」
人間は笑いました。何が可笑しかったのか、ドリムにはわかりませんでした。
「なるほど、試作品ということなんだね。これはとても価値のあるものかもしれない。いいとも。町に連れていってあげよう」
人間は、ロバの上にいたドリムに手を伸ばしました。人間がドリムを掴もうとしたのです。死ぬことが怖くないドリムには、怖いものはありませんでしたが、人間の手につかまれるのは嫌な感じがしました。
「ぼくはロバさんの上に乗っていきたいのです」
ドリムに迫った人間の手がドリムを捕まえる前に、ドリムはちょろりと手の内側を走って上りました。手を駆け下りてロバの背中に戻ると、人間の手は何もないただの空気をぎゅっと握りしめました。
まるでネズミのような動きだと、ネズミのドリムは思いました。
「凄いな。本物のネズミみたいだ」
「まあ、本物のネズミといえなくもないですね。ぼくはドリムです」
「名前まであるんだね。じゃあドリム、ロバの上でいいから、一緒に行こうか」
「ぼくはロバさんと二人だけでも大丈夫ですよ」
なんとなく、ドリムは人間が信用できないのではないかと思っていました。人間は笑いました。またしても、どうして笑ったのかわかりませんでした。
「ロバはちゃんと命令してやらないと、どころかの草地に行ってしまうよ。ロバに言うことをきかせるには、小さなドリムじゃ難しいだろう」
「そうかもしれません」
ドリムは、まだロバと話していません。ロバが話すことはできないことも知りません。ドリムは、ロバがドリムのことを嫌っていて、言うことを聞いてくれないかもしれないと思いました。
ネズミのドリムはロバの背に乗り、人間と旅を再開しました。




