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ネズミのドリム  作者: 西玉
ネズミのドリムと姫の誓い
21/24

21 新しい約束

 朝、イザベル姫はドリムの家がなくなっていること気が付いて、大変慌てました。


「ド、ドリム、どこに行ったのじゃ? わらわを置いて、どこに行ったというのじゃ?」

「どこか解らないところに連れていかれました」


 ドリムの声でした。姫は驚いて、夜間着で隠された自分の胸の谷間を見ました。ドリムは姫を見上げました。姫が暴れると、姫の胸も暴れるので、ちょっと苦しいかったのです。


「おお。こんなところにおったのか。驚いたぞ」

「昨日、姫に助けてもらいました?」

「……そうだったか? 誰かにさわられたのか?」


 イザベル姫は、ドリムを助けた時には寝ぼけていて、覚えていないようでした。ドリムは言いました。


「白い服を着たたくさんの人間です」

「……ふむ。なるほど、わかった。どうしてそんなことをしたのか、知っているか?」

「ネズミが汚いから……ですか?」


 昨夜、人間たちはそう言っていました。イザベル姫は突然怒りだしました。


「あいつら、全員縛り首にして、もっと汚くしてやる」

「やめて下さい」


 ドリムは人間が嫌いでしたが、良い人間がいることも覚えました。イザベル姫はいい人間だと思っていました。いい人間だと、思っていたかったのです。


「どうしてじゃ? そいつらはわらわの大事にしているドリムを、そんな理由でさらったのじゃぞ」

「ぼくのことを汚いと言いましたけど、さらったのはその理由ではありません。ぼくがしゃべったので驚いていました。だから、ネズミがしゃべることを教えれば、ぼくを捕まえようとしなくなるはずです」

「ふむ……なるほど……なるほど。ドリムの言いたいことはわかった。魔法使いを探すのに、そいつらに協力させようというのじゃな。任せておけ。すぐに探し出して見せる」


 イザベル姫は部屋を出ようとしました。ドリムは一応、言います。


「まだ、着替えていませんよ」

「おお。そうじゃった。ドリムは気が利くのう」


 ドリムは、朝起きてから着替えるのを忘れた人間に、いままで会ったことはありませんでした。






 魔法使いはその日のうちに見つかりました。

 午後になると、魔法使いが自分でやってくることになりました。

 わざわざ会いに行かなくても良くなりました。

 ドリムのお使いは、魔法使いに渡すことでした。魔法使いの家に行って渡すようにとは言われていませんでした。


 ドリムは喜びました。

 約束したことが一杯で、覚えきれなくなりそうだったのです。

 ドリムはイザベル姫といつものように一日を過ごしました。

 イザベル姫はドリムを胸の谷間に押し込んだまま、朝ごはんを食べてお勉強をして、ちょっとだけ仕事をして、お昼ご飯を食べました。


 午後になると、魔法使いの訪問を受けて、イザベル姫はたくさんのお伴や大臣と、白い服を着た医師や科学者と、魔法使いを迎えました。もちろん、ドリムはイザベル姫の胸から顔を出していました。

 さすがに目立つと思ったので、ドリムはイザベル姫に頼んで、手の上に乗せてもらうことにしました。

 ドリムはずっと肩からかけていた小さな鞄から、お月様の魔法使いに渡された手紙を持って、魔法使いを待ちました。


 イザベル姫とお城の人たちが待ち構える中で、黒い服を着たお爺さんがやってきました。

 とても年寄りに見えましたが、その割には元気そうでした。


「そなたが魔法使いか?」


 イザベル姫が尋ねました。ちょっとだけ緊張しているような声でした。


「お呼びにより、参上いたしました。私のような身分の者を、王宮にお招きいただきまして、ありがとうございます」


 魔法使いは言いました。


「うむ。さっそくじゃが、わらわには用件は無い。だが、ここの親友が、魔法使いに用があるというのでな」


 イザベル姫は、手の上に乗せていたドリムの頭を撫でました。ドリムは頭をごりごりと撫でられながら、一歩進み出ました。ドリムの一歩はとても小さかったため、あまり近づけませんでした。


「……ほう」


 魔法使いはドリムをじっと見ました。ドリムは差し出した手紙を見てほしかったのですが、魔法使いが見たのはドリムでした。

 ドリムを何度も生き返らせたお月様のような魔法使いとは違って、その魔法使いはほっそりとしていました。ほっそりとした、年寄りの魔法使いでした。


「この者は、月から来たのじゃ。珍しいことはわかるが、用があるのはその手紙でな」

「……月から、ですか?」


 ドリムは、『お月様のような顔の丸い魔法使い』というのを、いつの間にか『お月様』と呼んでいました。イザベル姫は本当にお月様がドリムを遣わしたと思っていたのかもしれません。


「ち、違います。月からではなくて、月のような……こんな感じの魔法使いです」


 ドリムは手紙を置いて、短い腕をいっぱいに伸ばして丸を書きました。


「なんと! そうであったのか!」

「ほうっ。しゃべりましたな」


 細長い魔法使いは、ドリムが捧げた手紙を取り上げました。汚い字で、ずっと畳んでいたため、とても読みにくいものに違いないと思いましたが、魔法使いは何度もうなずきました。


「丸い顔をした魔法使いなら、よく知っております。魔法使いは数が少ないのです。どうやら、長いことかかっていた実験が成功したようですね。でも、ちょっと問題があるから、私に協力してほしいということです」

「どんなことですか?」


 ドリムは尋ねました。イザベル姫は興味深そうに身を乗り出しましたが、一緒にいたほとんどの人たちが、ドリムが話しているのを見て目を丸くしました。


「君はすぐに死んでしまうそうだね」

「なんと! そうなのか?」


 イザベル姫はドリムに尋ねました。イザベル姫に会ってからは死んでいません。すぐに死んでしまうと聞いて、とても心配そうでした。答えたのは魔法使いでした。


「自殺してしまうそうだね」

「どうしてじゃ?」


 イザベル姫の問いに今度はドリムが答えます。


「生きる意味がなかったのです」

「そんなことはあるまい」


 イザベル姫が口を挟みますが、魔法使いが止めました。


「死ぬのは怖くないのかい?」

「はい。生きているのも死んでいるのも、変わらないでしょう?」

「そんなはずがあるか。死んでしまったら、わらわと遊べなくなるのじゃぞ」


 またも、イザベル姫を抑えて魔法使いが言いました。


「ドリムは魂がないのです。あの魔法使いは、ネズミに魔法をつかって知恵を授ける実験をしました。実験は成功しましたが、厳しい変化にネズミは死んでしまったはずです。あの魔法使いにとって、死んだネズミを生き返らせることは難しくありません。ですが、死んだ動物からは魂が抜けてしまいます。ドリムは知恵を与えられ、実験の成果を確認するために生き返させられたのです。ですが、すでに魂は別の世界に行ってしまった後でしたから、魂のない動く体だけが残ったのです。永遠の存在である魂が無いということは、罪を犯すことも恐ろしくないでしょう。その最たるものである、死すら、怖いとは思わないでしょう。死ぬことと眠ることは、ドリムにとっては同じことのはずです」

「だから、そんなはずがないであろう」


 イザベル姫の声は震えていました。怒っているようであり、同時に悲しんでいるようでもありました。


「死ぬのは怖くありません。でも、いまは死ねません。約束しました。フィリップと約束したのです。ぼくは死ぬことができないのです。イザベル姫とも約束しました。ぼくはイザベル姫と一緒にいることを約束したのです」

「そうじゃ。約束がある。ドリムは死んではならん」

「では、今でも死ぬのは怖くないのだね」

「はい。約束が果たされれば、いつ死んでも構いません」


 魔法使いはイザベル姫を見ました。イザベル姫は唇を噛んでいましたが、ドリムにはその理由がわかりませんでした。


「お聞きのとおりです。このドリムに知恵を与えた魔法使いの用とは、大事な実験の成果であるドリムが死なないように知恵を貸してくれというものでした。ずいぶん私のところに来るまでかかったので、途中で死んでしまったかもしれないと心配していたのですが、どうやら私の出番はなかったようです」

「待つのじゃ。ドリムと約束した……フィリップという者はすでに死んでおる」


 イザベル姫が言いました。ドリムは、姫と出会った時にそう言いました。魔法使いは首を傾げました。


「ドリムや、フィリップとどんな約束をしたのですか?」

「フィリップは、『生きて』と書いた手紙を私に渡したのです」

「では、その約束がある限り、ドリムは死ぬことができませんね」


 魔法使いは少し嬉しそうでしたが、イザベル姫は怒って言いました。


「ドリムが永遠に生きられるのなら、それでも良い。じゃが、ドリムとていずれ年を取り、死ぬであろう。その時、ドリムは約束を破らねばならん」

「……それは困りますね」


 ドリムは困って言いました。魔法使いも困ったように言いました。


「死んだ人との約束を破っても、相手は死んでいるので解らない……」

「それは嫌です」「ドリムになんてことを言うのじゃ」


 ドリムとイザベル姫に同時に言われ、魔法使いは言葉を継ぎたしました。


「……などとは言いません。そのフィリップとは私が話してきましょう。私は魔法使いですから、死者の約束はなかったことにさせましょう。代わりに、ドリムは私と約束をしてください」

「……わかりました」


 本当に魔法使いが死者と話ができるかどうか、ドリムにはわかりません。ドリムは魔法使いが嘘をつくとは思いませんでした。イザベル姫も何も言いませんでした。魔法使いは言いました。


「このお姫様と、ずっと添い遂げなさい」

「……ずっとですか?」

「ええ。ドリムが寿命を終える、その時までです」

「……イザベル姫が迷惑ですよ?」

「その心配はない」


 イザベル姫はドリムを手の上に乗せました。


「いいんですか?」

「何を言っておるのかわからんな。魔法使い、ごくろうじゃった」


 イザベル姫はドリムを胸の間にしまうと、魔法使いに手を振りました。

 魔法使いは帰りました。

 ドリムの約束が二つ消え、イザベル姫とずっといることだけが、ドリムに残りました。ドリムの命が自然に消えるその時まで、ドリムはイザベル姫と一緒にいることが残されました。


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