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ネズミのドリム  作者: 西玉
フィリップとの約束
13/24

13 帰還

 頬の中に隠しておいたお菓子を食べながら、ドリムは通風孔の狭い穴をてくてくと歩きました。人間にとっては狭い通路ですが、ドリムにとっては馬車道のように広い道でした。通風孔はドリムがいた大きな建物の、色々な部屋につながっていたので、ドリムは色々な部屋を覗きました。ほとんどは天井から見降ろすことになりました。ほとんどの人間はベッドに寝ていました。


 たくさんの部屋に、ただ寝ている人間がたくさんいる。ドリムにはそう見えました。寝ている人間が、全員病気か怪我をしているということまでは、わかりませんでした。ドリムがいる場所を、人間たちが病院と呼んでいることをドリムは知りました。

 ドリムは、病院以外に大きな建物を知りませんでした。ドリムには、人間はただ寝ているだけの動物に見えました。






 ドリムはフィリップのところに戻るつもりでした。フィリップと約束したのです。

フィリップの中から、病気を追いだすと約束したのです。

フィリップを、自分の部屋に戻れるようにすると約束したのです。

フィリップと、ずっと一緒にいると約束したのです。


 一つ目と二つ目は、フィリップが誰かにお願いしたのを、ドリムがお願いされたと信じただけでしたが、ドリムは約束したと思っていました。

 とぼとぼと歩いているうちに、フィリップのいる部屋を見降ろす穴にたどり着きました。

 フィリップはベッドに座っていました。他の人間と話をしていました。ドリムは、フィリップが一人になるのを待ちました。待っているうちに、話が聞こえてきました。


「手術は三日後に決まったそうよ」


 フィリップに言ったのは、大きな人間でした。高い声をしたひょろひょろとした人間で、フィリップの知り合いのようでした。


「手術は嫌だな」

「でも、手術をしないと、元気になれないのよ。外に出て遊べるようになりたいでしょ」


「このままじゃ駄目なの? ぼく、ずっとこのままでもいいよ」

「フィリップ、今のままでも、決して長くは生きられないのよ」


 フィリップともう一人の人間は、お互いの顔を見たまま気まずそうに黙ってしまいました。

ゆっくりと、大きな人間が言いました。


「また、お医者さんと話してみるといいわ」


 フィリップは答えず、首を振りました。話しをしたくないのでしょうか。大きな人間は出ていきました。

 ドリムは、ほかに誰もいないことを十分に確認してから、通風孔から飛び降りました。うまい具合に、フィリップの頭の上に落ちました。


「わぁっ……」

「すいません、驚かしましたね」


 隠れるつもりも驚かすつもりもなかったドリムは、フィリップの頭から飛び降りました。


「ドリムなの?」

「見ればわかるじゃないですか。まあ、人間にはネズミの見わけは難しいかもしれませんね。ワタシはこの鼻の形がどくとくなので、慣れればすぐ見分けられますよ」

「よかった。心配していたんだよ」


 ドリムは少し考えました。どうしてフィリップが心配したのか、よくわかりませんでした。少し考えて、わかったような気がしました。


「ずっと一緒にいるって言いましたからね。でも、フィリップが寝ている間に出かけただけだから、そんなに長い間じゃないでしょう?」


 ドリムはフィリップの部屋の中を見回しました。


「うん……そうだね。でも、心配したんだ。ひょっとしたら、ただの夢だったのかもしれないって。話ができるネズミなんて、ほかにいないから……何を探しているの?」

「あちこち歩いて汚れたので、体を洗う水がありませんか?」


「ネズミが汚いかもって言ったこと、気にしているの?」

「気にはしていませんよ。でも、今はあまりきれいじゃありませんからね」


 フィリップの枕元に、コップに注がれた水がありました。ドリムはフィリップの体を上ってコップにたどり着きました。


「あっ、ぼくがやる」

「ありがとうございます」


 食事用のトレーの上で、ドリムの頭にフィリップが水をかけました。ドリムは水浴びをして、体を洗いました。思えば、体をきちんと洗ったのはこれが初めてかもしれません。ネズミを汚いと思う人間がいても、仕方ないのかもしれません。


「ところで、どこに行っていたの?」

「お医者さんのところです。フィリップの中から病気を追いだす方法を聞こうと思って」

「大丈夫だったの?」

「見ての通りです」


 ドリムは、水が滴ってほっそりした体でフィリップに言いました。フィリップがタオルをくれました。


「話は聞けた?」


 ドリムは体を拭きながら答えました。


「話は聞けましたが、別の人にも聞きに行かないといけないみたいですね」

「誰?」

「神様って、どこにいるんですか?」


 フィリップの目から、涙がこぼれました。


「目から何か出ていますよ」

「ぼくの病気、神様にしか治せないの?」


 ドリムはタオルで体を拭いていました。フィリップが目をこすります。コップを持ったままでした。コップが傾いて、ドリムの頭にかかりました。フィリップは気づきませんでした。ドリムは、せっかく拭いた体がまた濡れましたが、怒る気にはなりませんでした。


「病気を体から追いだすには、お医者さんじゃ駄目みたいですよ」


 ドリムは聞いたままを教えました。その言葉がどんなことを意味しているのかは、解っていませんでした。


「でも、手術するんだよ」

「手術をすれば良くなるかもしれないし、ならないかもしれないみたいです。お医者さんが言っていました」


 ドリムの言ったことは、正確ではありませんでした。手術が上手く行けば、フィリップは元気になるとお医者さんは言いました。ドリムは、ドリムにわかることしか伝えることができませんでした。


「ぼく、手術が怖いんだ」


 フィリップが顔から手を放しました。顔が濡れていました。ドリムは、自分の体を拭いたタオルをフィリップに手渡しました。


「ちょうどいいじゃないですか。ぼくが神様にちょっと頼んできますから、手術をしないで待っていてください」

「ドリム、神様がどこにいるのか知っているの?」

「いいえ。でも、フィリップは知りませんか? だって、フィリップは部屋で神様を呼んでいたじゃないですか」


 ドリムからタオルを受けとり、フィリップはネズミの体を拭いたタオルで顔を拭きました。


「ううん。知らない。でも……きっととっても高いところだよ」

「塔の上ですか?」

「もっとずっと高いところ」


「どうやっていけばいいんです?」

「ドリム、神様のところに行くの?」

「ええ。直接話をしてきます」

「どうして?」

「フィリップの中から、病気を追いだすためですよ。だって、そうお願いされましたから」


 フィリップは黙ってベッドに横になりました。ドリムに向かって手を伸ばしました。人間の手につかまれるのは嫌でしたが、ドリムはフィリップの手に乗りました。フィリップは、ドリムが嫌がることはしないと思ったのです。理由もなく、そう感じていました。

 ドリムはフィリップの隣でくつろぎました。


 フィリップはベッドに横になり、天井を見つめていました。

 ドリムは眠くなりました。

 フィリップは言いました。


「ぼく、手術を受ける」


 ドリムは驚きました。

「どうしたんです? 手術を受けても、良くならないかもしれないんですよ」

「でも、手術をすれば、良くなるかもしれないんでしょ」


「ぼくが神様にお願いしてくれば、手術しなくても良くなるかもしれないんですよ」

「ドリムが神様のところに行ったら、ドリムはぼくのそばに居なくなるだよね」


「そうですね。でも、帰ってこられますよ」

「ドリム、神様はたぶん、生きたままじゃ会えないんだよ」


 フィリップはまじめに言っているようでした。ドリムは少し考えました。

 生きたまま会いに行けないということは、会いに行ったら死んでしまうかもしれません。魔法使いに作られたドリムは、魂がありません。死ぬことは、怖くありませんでした。でも、死んだらフィリップのそばに居られなくなります。フィリップのお願いを二つ叶える代わりに、一つ約束を破ることになります。


「本当ですか?」

「間違いない……と思う」


 フィリップが手術をして成功すれば、ドリムは一つも約束を破らなくてすみます。ドリムはフィリップを見ました。フィリップはなぜかとても心配そうにしていました。


「では、ぼくは何をしていたらいいんですか?」

「一緒にいてよ。ぼくと一緒にいて。それだけでいいから」


「……フィリップと一緒にいて、何をしていたらいいんですか?」

「色々あるよ。お昼寝とか、しり取りとか、ゲームもあるよ」


 ドリムは自分の顔を撫でました。考えていたのです。解ったのは、フィリップはドリムに居てほしいということでした。


「じゃあ、お昼寝から始めますか」


 フィリップは嬉しそうに、自分の枕をドリムのベッドにしました。


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