11 病気のフィリップと病院で
ドリムはとても温かい布団にくるまれて目を覚ましました。
柔らかい布に包まれていたので、どこにいるのかよくわかりませんでした。
小さな人間の小さなポケットの中で眠りについたことを思いだし、ドリムはドリムをくるんでいる布をかき分けました。
布の山をかき分け、ドリムは明るい場所に顔を出しました。
小さな人間はまたベッドで眠っていました。ドリムはポケットに入ったまま、洋服と一緒に丸めて置かれたのだとわかりました。ドリムが丸められたのではなく、まるめた服の中に、たまたまドリムが入っていたのだとわかりました。
部屋は、清潔で白い部屋でした。
人形も遊び道具もありません。小さな人間は、つまらなさそうに天井を見上げていました。
「ここはどこです?」
服の中から、白いシーツで覆った清潔なベッドに飛び移り、ドリムは尋ねました。小さな人間のほかには、誰もいませんでした。
「ここは病院だよ……神様?」
「違いますよ。でも、ここなら簡単に見つけられるでしょう?」
小さな人間は体を起こしました。首をめぐらし、白いベッドの上にいる、小さなドリムを見つけました。
「……君なの?」
「ええ、そうですね」
小さな人間がどういう意味で『君なの』と尋ねたのかわかりませんでしたが、ドリムはたぶん正しいのだろうと思い、小さく頷きました。
「ぼくの部屋に居た?」
「小さなお人形がたくさんある部屋ですか?」
「ぼくに話しかけた?」
「病気を追い払ってくださいって頼まれました」
「……じゃあ、ぼくの神様?」
「違います」
そこだけは、ドリムは認めませんでした。
「じゃあ、君は誰?」
「わたしはドリムです。あなたは、小さな人間ですね」
ドリムは自分のひげをなでながら言いました。小さな人間に名前があるとは、考えていませんでした。
「ぼくは、フィリップだよ」
「へえ……人間にも名前があるんですね」
ドリムは感心しました。確かに、人間は町にたくさんいるので、名前をつけないと区別がつかなくなりそうだと思いました。
「ところで、フィリップの病気を追いだすにはどうすればいいんですか?」
「……ぼくに聞くの?」
フィリップは不思議そうに聞き返しました。ドリムはしばらくフィリップの顔を眺めていました。ふざけているわけではなさそうです。
「誰が知っているんですか?」
「……お医者さんかな?」
「どこにいるんです?」
「もうすぐ来るよ」
「じゃあ、聞いてみればいいですね」
「……君が聞くの?」
「いけませんか?」
ドリムが聞いてはいけないと思ったのは、フィリップと名乗った小さな人間が、とても心配そうな顔をしたように見えたのです。
「君は神様かもしれないけど、ひょっとしたらネズミに見えるかもしれない」
「わたしは神様ではないし、ひょっとしなくてもネズミです。ドリムっていう名前もありますけど」
「お医者さんは、ネズミが病院にいるのをいやがると思うんだ」
フィリップは不思議なことを言いました。ドリムにはわかりませんでした。
「どうして、ネズミが病院にいてはいけないんですか?」
「病院は、病気を治すところだから」
ますます、フィリップは不思議なことを言いました。ドリムはさらに聞いてみました。
「ネズミがいると、病気が治らないんですか?」
ドリムは首を傾げました。フィリップは、ドリムの顔を見ながら、まごまごとしていました。
「ネズミは、汚い……かもしれない……かも」
「体を洗ってきます」
「待って。見つからなれば大丈夫だよ。ぼくがお医者さんに、どうすれば病気が治るか聞いてみるから、ドリムは隠れていて」
ドリムは体を洗うために腰を浮かしましたが、フィリップが止めるので座り直しました。
「でも、わたしはどの人間がお医者さんか知りません」
「ドリムは……ぼく以外の人間に見つかっちゃ駄目だよ」
「どうしてですか?」
ドリムは不思議に思って聞きました。フィリップは、また言いにくそうにしていました。ドリムが待っていると、少しずつ話しました。
「人間はみんな……ネズミが汚いかもって……思っている……かも」
「人間より汚いですか?」
「……そう思っている人が、多いかも」
ドリムは自分の顔をなでました。小さな顔でしたが、もっとずっと小さな手と比べると、とても大きな顔でした。顔を撫でると落ち着きました。ドリムは、なんだかとても失礼なことを言われた気がしました。
「ぼくそんなこと、思っていないよ」
「そうですか?」
「うん。だから、ぼくに見られても平気だけど、ほかの人間には見つかっちゃ駄目だよ。ここにいられなくなっちゃうかもしれないから」
「ここにいられなくても、フィリップの病気を追いだす方法がわかるならいいですよ。ぼくがお願いされたのは、フィリップの病気を追いだすことと、フィリップがまたあの部屋に戻れるようにすることですから。ところで……フィリップはどうすればあの部屋に戻れるようになるんです?」
「ぼくの病気が治れば、あの部屋に戻れるよ」
「じゃあ、することは決まっていますね」
ドリムはとても納得しました。フィリップに依頼されたことは、二つのように思えて実際は一つだったのです。
「でも……誰に頼まれたの? ぼくの病気を治してって」
「決まっているじゃないですか。フィリップですよ」
「じゃあ……やっぱり、ぼくの部屋にいた神様はドリムなんだね」
「ぼくは神様じゃありませんけど、フィリップの部屋にはいましたね。ぼくは確かにドリムです」
ドリムはフィリップを見つめました。フィリップはがっかりしているように見えました。神様だと思って話していた相手が、小さなネズミだったのですから、がっかりしても仕方がないかもしれません。ドリムは、フィリップががっかりしているかもしれないことは、解りませんでした。
「どうして、ぼくのお願いを聞いてくれるの?」
ドリムはフィリップに尋ねられました。とても奇妙な質問だとドリムは思いした。
「頼みごとをされたら、なんとかします。当たり前です」
「じゃあ、誰かに死ねって言われたら、ドリムは死ぬの?」
「もちろんです。でも、ほかのお願いをされている間は難しいですね。死んだら、ほかのお願いが叶えられなくなりますから」
ドリムは旅に出る前に、何度も死んだことを覚えていました。誰かにお願いされたのではありませんでした。誰にも何もお願いをされることもなく、生きている理由がなかったので、死んだのです。
「じゃあ、ぼくが……ずっと一緒にいてほしいって言ったら?」
「ずっと一緒にいますよ。死んでほしいですか?」
ドリムは当たり前のことのように言いました。ドリムにとっては当たり前のことだったのです。ドリムは魔法使いに作られた生き物でした。
自然界の生き物ではありません。ドリムには、魂がありませんでした。
ドリムには当たり前のことが、自然界の動物にとっては当たり前ではありませんでした。自然界の生物は生きるのが当たり前のことなのです。
ドリムには、生きる理由がなければ死ぬのが当たり前のことなのです。
フィリップはドリムを見つめました。
ドリムは見つめ返しました。ドリムは自分の顔を撫でました。ふさふさした感触に、なんだか心が落ち着きました。
「ずっと、ぼくと一緒にいて」
「わかりました」
フィリップはドリムを見つめたまま言いました。
ドリムはフィリップを見つめたまま返事をしました。
フィリップはにっこりと笑いました。笑いながら、ベッドに横になりました。
「少し寝るね。約束だよ。どこにも行かないって」
「ぼくは人間じゃありませんから、嘘はつきません」
ドリムは、フィリップの病気を追いだすこと。
フィリップが自分の部屋に戻れるようにすること。
フィリップとずっと一緒にいること。
というお願いをしっかりと覚えました。
どうやってお願いを叶えるのかはわかりませんでした。考えながら、ドリムはフィリップのベッドの隅で休みました。他の人間に見つからないようにした方がいいというのが、どこまで本当かわかりませんでしたが、ベッドが大きいので、たぶん見つからないだろうと思いました。
何しろ、ベッドは真っ白で、ドリムと同じ色でした。




