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ネズミのドリム  作者: 西玉
ネズミのドリムと人の禍
11/24

11 病気のフィリップと病院で

 ドリムはとても温かい布団にくるまれて目を覚ましました。

 柔らかい布に包まれていたので、どこにいるのかよくわかりませんでした。

 小さな人間の小さなポケットの中で眠りについたことを思いだし、ドリムはドリムをくるんでいる布をかき分けました。

 布の山をかき分け、ドリムは明るい場所に顔を出しました。


 小さな人間はまたベッドで眠っていました。ドリムはポケットに入ったまま、洋服と一緒に丸めて置かれたのだとわかりました。ドリムが丸められたのではなく、まるめた服の中に、たまたまドリムが入っていたのだとわかりました。

 部屋は、清潔で白い部屋でした。

 人形も遊び道具もありません。小さな人間は、つまらなさそうに天井を見上げていました。

「ここはどこです?」

 服の中から、白いシーツで覆った清潔なベッドに飛び移り、ドリムは尋ねました。小さな人間のほかには、誰もいませんでした。

「ここは病院だよ……神様?」

「違いますよ。でも、ここなら簡単に見つけられるでしょう?」

 小さな人間は体を起こしました。首をめぐらし、白いベッドの上にいる、小さなドリムを見つけました。

「……君なの?」

「ええ、そうですね」

 小さな人間がどういう意味で『君なの』と尋ねたのかわかりませんでしたが、ドリムはたぶん正しいのだろうと思い、小さく頷きました。

「ぼくの部屋に居た?」

「小さなお人形がたくさんある部屋ですか?」

「ぼくに話しかけた?」

「病気を追い払ってくださいって頼まれました」

「……じゃあ、ぼくの神様?」

「違います」

 そこだけは、ドリムは認めませんでした。

「じゃあ、君は誰?」

「わたしはドリムです。あなたは、小さな人間ですね」

 ドリムは自分のひげをなでながら言いました。小さな人間に名前があるとは、考えていませんでした。

「ぼくは、フィリップだよ」

「へえ……人間にも名前があるんですね」

 ドリムは感心しました。確かに、人間は町にたくさんいるので、名前をつけないと区別がつかなくなりそうだと思いました。

「ところで、フィリップの病気を追いだすにはどうすればいいんですか?」

「……ぼくに聞くの?」

 フィリップは不思議そうに聞き返しました。ドリムはしばらくフィリップの顔を眺めていました。ふざけているわけではなさそうです。

「誰が知っているんですか?」

「……お医者さんかな?」

「どこにいるんです?」

「もうすぐ来るよ」

「じゃあ、聞いてみればいいですね」

「……君が聞くの?」

「いけませんか?」

 ドリムが聞いてはいけないと思ったのは、フィリップと名乗った小さな人間が、とても心配そうな顔をしたように見えたのです。

「君は神様かもしれないけど、ひょっとしたらネズミに見えるかもしれない」

「わたしは神様ではないし、ひょっとしなくてもネズミです。ドリムっていう名前もありますけど」

「お医者さんは、ネズミが病院にいるのをいやがると思うんだ」

 フィリップは不思議なことを言いました。ドリムにはわかりませんでした。

「どうして、ネズミが病院にいてはいけないんですか?」

「病院は、病気を治すところだから」

 ますます、フィリップは不思議なことを言いました。ドリムはさらに聞いてみました。

「ネズミがいると、病気が治らないんですか?」

 ドリムは首を傾げました。フィリップは、ドリムの顔を見ながら、まごまごとしていました。

「ネズミは、汚い……かもしれない……かも」

「体を洗ってきます」

「待って。見つからなれば大丈夫だよ。ぼくがお医者さんに、どうすれば病気が治るか聞いてみるから、ドリムは隠れていて」

 ドリムは体を洗うために腰を浮かしましたが、フィリップが止めるので座り直しました。

「でも、わたしはどの人間がお医者さんか知りません」

「ドリムは……ぼく以外の人間に見つかっちゃ駄目だよ」

「どうしてですか?」

 ドリムは不思議に思って聞きました。フィリップは、また言いにくそうにしていました。ドリムが待っていると、少しずつ話しました。

「人間はみんな……ネズミが汚いかもって……思っている……かも」

「人間より汚いですか?」

「……そう思っている人が、多いかも」

 ドリムは自分の顔をなでました。小さな顔でしたが、もっとずっと小さな手と比べると、とても大きな顔でした。顔を撫でると落ち着きました。ドリムは、なんだかとても失礼なことを言われた気がしました。

「ぼくそんなこと、思っていないよ」

「そうですか?」

「うん。だから、ぼくに見られても平気だけど、ほかの人間には見つかっちゃ駄目だよ。ここにいられなくなっちゃうかもしれないから」

「ここにいられなくても、フィリップの病気を追いだす方法がわかるならいいですよ。ぼくがお願いされたのは、フィリップの病気を追いだすことと、フィリップがまたあの部屋に戻れるようにすることですから。ところで……フィリップはどうすればあの部屋に戻れるようになるんです?」

「ぼくの病気が治れば、あの部屋に戻れるよ」

「じゃあ、することは決まっていますね」

 ドリムはとても納得しました。フィリップに依頼されたことは、二つのように思えて実際は一つだったのです。

「でも……誰に頼まれたの? ぼくの病気を治してって」

「決まっているじゃないですか。フィリップですよ」

「じゃあ……やっぱり、ぼくの部屋にいた神様はドリムなんだね」

「ぼくは神様じゃありませんけど、フィリップの部屋にはいましたね。ぼくは確かにドリムです」

 ドリムはフィリップを見つめました。フィリップはがっかりしているように見えました。神様だと思って話していた相手が、小さなネズミだったのですから、がっかりしても仕方がないかもしれません。ドリムは、フィリップががっかりしているかもしれないことは、解りませんでした。

「どうして、ぼくのお願いを聞いてくれるの?」

 ドリムはフィリップに尋ねられました。とても奇妙な質問だとドリムは思いした。

「頼みごとをされたら、なんとかします。当たり前です」

「じゃあ、誰かに死ねって言われたら、ドリムは死ぬの?」

「もちろんです。でも、ほかのお願いをされている間は難しいですね。死んだら、ほかのお願いが叶えられなくなりますから」

 ドリムは旅に出る前に、何度も死んだことを覚えていました。誰かにお願いされたのではありませんでした。誰にも何もお願いをされることもなく、生きている理由がなかったので、死んだのです。

「じゃあ、ぼくが……ずっと一緒にいてほしいって言ったら?」

「ずっと一緒にいますよ。死んでほしいですか?」

 ドリムは当たり前のことのように言いました。ドリムにとっては当たり前のことだったのです。ドリムは魔法使いに作られた生き物でした。

 自然界の生き物ではありません。ドリムには、魂がありませんでした。 

 ドリムには当たり前のことが、自然界の動物にとっては当たり前ではありませんでした。自然界の生物は生きるのが当たり前のことなのです。

 ドリムには、生きる理由がなければ死ぬのが当たり前のことなのです。

 フィリップはドリムを見つめました。

ドリムは見つめ返しました。ドリムは自分の顔を撫でました。ふさふさした感触に、なんだか心が落ち着きました。

「ずっと、ぼくと一緒にいて」

「わかりました」

 フィリップはドリムを見つめたまま言いました。

ドリムはフィリップを見つめたまま返事をしました。

フィリップはにっこりと笑いました。笑いながら、ベッドに横になりました。

「少し寝るね。約束だよ。どこにも行かないって」

「ぼくは人間じゃありませんから、嘘はつきません」

 ドリムは、フィリップの病気を追いだすこと。

フィリップが自分の部屋に戻れるようにすること。

フィリップとずっと一緒にいること。

というお願いをしっかりと覚えました。

どうやってお願いを叶えるのかはわかりませんでした。考えながら、ドリムはフィリップのベッドの隅で休みました。他の人間に見つからないようにした方がいいというのが、どこまで本当かわかりませんでしたが、ベッドが大きいので、たぶん見つからないだろうと思いました。

何しろ、ベッドは真っ白で、ドリムと同じ色でした。


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