第9話 図書館都市アルシェイン
十日の旅路の末、二人は目的地――図書館都市アルシェインに辿り着いた。
石造りの門をくぐると、そこには他の町とは明らかに違う光景が広がっていた。街の中心に聳える巨大な塔は、その全体が書架でできているという噂の大図書館だ。石畳の道には、本を抱えた学者や学生たちが行き交っている。
「すごい……こんな町、初めて見ました」
ノアが目を輝かせながら、塔を見上げた。アルヴィンも、その威容にわずかに目を細める。
「ここの地下書庫には、禁書に近い資料も眠っていると聞く」
「入れるんですか、そんなところ」
「普通の身分証では無理だ。だが、当てがある」
アルヴィンが向かったのは、大図書館の裏手にある小さな受付だった。カウンターの向こうには、眼鏡をかけた若い司書の女性が座っている。
「――アルヴィン・レイクウッド様、ですね。事前のお手紙、確認しております」
「世話になる」
司書はてきぱきと手続きを進めながら、ちらりとノアに目をやった。
「そちらは、お弟子さんですか」
「……まあ、そうだ」
「初々しいですね。よろしければ、閲覧許可証も一緒に発行いたしましょうか」
思いがけない申し出に、ノアが驚いた顔をする。
「わ、わたしもですか」
「はい。師の同伴があれば、見習いの方でも一部の書庫に入れます」
アルヴィンが小さく頷くと、司書はてきぱきと書類を準備し始めた。
「私はエリス、こちらの司書をしております。何かお困りのことがあれば、いつでもお声がけください」
エリスと名乗った司書は、丁寧な所作でカードを差し出した。手続きの合間、彼女はふと、興味深そうにノアを見た。
「珍しい魔力の質ですね。重力属性、ですか?」
「え、分かるんですか」
「多少は。この仕事をしていると、色々な資料に触れますから」
エリスは軽く微笑んでから、書類を仕分けながら続けた。
「実は、重力属性に関する古い研究記録が、地下三階の書庫に眠っているはずです。もしよろしければ、案内いたしましょうか」
アルヴィンとノアは、思わず顔を見合わせた。
「頼めるか」
「もちろんです。……ただ」
エリスは少し声を落として、意味深に付け加えた。
「あの階層は、少し変わった噂もありますので、ご注意を」
「噂?」
「――迷い込んだ本が、勝手に持ち主を選ぶ、なんて話です。単なる迷信でしょうけれど」
悪戯っぽく笑ってそう言うと、エリスは案内のために立ち上がった。
※
地下へと続く階段を降りながら、ノアが小声でアルヴィンに耳打ちした。
「アルヴィンさん、さっき、フルネームで呼ばれてましたね」
「……ああ」
「レイクウッド、っていうんですね」
「珍しくもない名だ」
素っ気なく返しながらも、アルヴィンの心の内では、小さな緊張が走っていた。この図書館都市には、かつて彼とフィリアが、共に学んだ日々の記憶が眠っている。
(ここに来るのは、久しぶりだな……)
石造りの階段を下るごとに、空気が少しずつ冷たく、そして懐かしい匂いへと変わっていく。かつて何度も通った道を、今は違う誰かと歩いている――その事実に、アルヴィンはまだ、うまく整理をつけられずにいた。
「アルヴィンさん、大丈夫ですか。さっきから、なんだか静かです」
「……なんでもない」
短く答えたその声に、いつもとは違う何かを感じ取ったのか、ノアはそれ以上何も聞かず、ただ隣を静かに歩き続けた。
地下書庫の扉が、二人の前で重々しく開かれる。
その奥に、何が待っているのか――アルヴィンには、まだ分からなかった。




