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不器用な魔術師と、行き場のない弟子 〜失われた魔法を追いかけて〜  作者: 些細


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10/20

第10話 二人で座った席

地下書庫は、ひんやりとした静寂に包まれていた。天井まで届く書架には、色褪せた背表紙が整然と並んでいる。

「重力属性の資料は、この一角に」

 エリスが示した棚を、ノアが夢中で漁り始める。アルヴィンはその様子を横目に、一人、書庫の奥へと足を進めていった。

 ――見覚えのある席があった。

 窓際の、木製の古い机。表面には、幾つもの小さな傷や染みが残っている。かつて、そこに二人分の椅子が並んでいたことを、アルヴィンは覚えていた。

(ここで、よく勉強したな……)

 脳裏に、蘇る光景があった。

『アルヴィン、また難しい顔してる。息抜きも大事だよ』

 明るい声。呆れたような、それでいて楽しそうな笑顔。フィリアはいつも、彼が根を詰めすぎるたびに、無理やり休憩に連れ出した。

『お前がちゃんと休まないと、俺が疲れる』

 そう言って、彼女は席の隣に座り、勝手に彼の資料を覗き込んでは、的確な指摘をくれた。彼女の発想はいつも自由で、アルヴィンには思いつかない角度から物事を見ていた。

(お前が、隣にいたから――)

 自分は前に進めていたのだと、今更ながらに思う。

「アルヴィンさん?」

 声に、はっと我に返る。ノアが数冊の本を抱えて、心配そうにこちらを見ていた。

「大丈夫ですか。さっきから、ずっとこの席の前で止まってて」

「……ああ、悪い」

 誤魔化すように答えたが、ノアはその机をじっと見つめてから、静かに尋ねた。

「ここ、何か思い出の場所、ですか」

 鋭い指摘に、アルヴィンは一瞬言葉に詰まった。だが、隠す気力も湧かず、静かに頷いた。

「……昔、よく通った席だ」

「誰かと、一緒に」

「……ああ」

 それ以上は言わなかった。ノアも、それ以上は聞かなかった。ただ、彼女は抱えていた本を机の上に置くと、迷うことなく、その隣の椅子に腰を下ろした。

「じゃあ、今日はわたしが座りますね、そこ」

「……勝手にしろ」

「勝手にします」

 ノアはそう言って、本を開いた。何かを埋め合わせるでもなく、ただ自然に、隣にいる。その距離感が、アルヴィンにはひどく心地よかった。


           ※


  しばらく、二人は無言で資料に目を通していた。窓から差し込む淡い光が、埃の舞う空気を照らしている。

「アルヴィンさん」

 不意に、ノアが本から顔を上げた。

「その人のこと、まだ話したくないなら、それでいいです。でも」

 彼女は、まっすぐにアルヴィンを見た。

「わたしは、今、ここにいますから」

 その一言に、アルヴィンは胸の奥が締めつけられるような感覚を覚えた。何と返せばいいのか分からず、しばらく黙り込む。

「……ああ」

 やっとの思いで、そう答えるのが精一杯だった。

 ノアは満足そうに微笑むと、また本のページに視線を戻した。それ以上何も聞かず、何も詮索せず、ただ隣に座り続けている。

(不思議な子だ)

 踏み込みすぎず、それでいて逃げもしない。その距離の取り方が、フィリアとはまるで違うのに、なぜか同じくらい、安心できる。

 アルヴィンは、そっと机の傷跡に指を這わせた。かつての記憶と、今この瞬間の温もりが、静かに重なっていく。

 まだ、フィリアのことを、ノアに話せる日は来ていない。それでも――

(もう少しだけ、前に進めるかもしれない)

 そう思えたことが、アルヴィン自身、少し意外だった。

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