↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不器用な魔術師と、行き場のない弟子 〜失われた魔法を追いかけて〜  作者: 些細


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/20

第7話 断片の理論

影狼との一件から数日、二人は静かな渓谷沿いの村に腰を落ち着けていた。宿の一室で、アルヴィンは鍛冶屋の老婆から譲り受けた古書を、机の上に広げていた。

「これが、あの本……」

 ノアが覗き込む。古びた頁には、見慣れない術式図と、掠れた文字がびっしりと書き込まれている。

「読めるんですか、これ」

「半分は、な。残りは推測になる」

 アルヴィンは頁をめくりながら、独り言のように呟いた。

「……そろそろ、話しておくべきかもしれないな」

「え?」

「俺が、何を探しているか」

 ノアは驚いた顔をしたが、すぐに居住まいを正して椅子に座り直した。急かすでもなく、ただ静かに続きを待っている。その様子に、アルヴィンは小さく息を吐いてから、言葉を選ぶように話し始めた。

「時間魔法――時の流れそのものに干渉する術式を、俺は探している」

「時間、ですか」

「理論上は、時を巻き戻すことも、止めることも可能だとされている。だが、完成した術式は、もうどこにも残っていない。失われた魔法だ」

 ノアは黙って耳を傾けている。アルヴィンは古書の一頁を指し示した。

「この本によれば、時間そのものを直接操るのは不可能に近い。だが――重力によって空間を歪め、その歪みの中で光の速度を操作すれば、局所的に時間の流れを狂わせることができる、とある」

「重力と、光……」

「お前の重力の資質と、俺が積んできた光の術理。この二つが揃って初めて、理論上は成立する術式だ」

 ノアの目が、大きく見開かれた。

「わたしが……関係あるんですか、この魔法に」

「ああ」

 短い肯定に、ノアはしばらく言葉を失っていた。何かを言おうとして、口を開きかけては、また閉じる。それを何度か繰り返した後、ようやく彼女は絞り出すように言った。

「わたしの魔法……ずっと『不完全』としか言われたことなかったのに。そんな、大きなことに関わってるなんて」

「まだ理論の段階だ。実際に成立するかどうかは、分からない」

「それでも」

 ノアの声が、少しだけ震えていた。

「それでも、嬉しいです。誰にも必要とされなかったこの力が、あなたにとっては必要なものだったなんて」

 アルヴィンは、彼女の顔をまっすぐ見られず、視線を古書に戻した。

「……なぜ、時間魔法が必要なんですか」

 その問いに、アルヴィンは長い沈黙で応えた。窓の外で、風が木々を揺らす音だけが響く。

「……いずれ、話す」

「今じゃなくて?」

「今じゃない」

 以前と同じやり取りだった。だが、今度のノアは、少しだけ違う表情をしていた。

「分かりました。無理に聞きません。でも」

 彼女は、まっすぐにアルヴィンを見た。

「話したくなったら、いつでも聞きますから」

 その言葉に、アルヴィンは何も返せなかった。ただ、胸の奥で、何かが少しだけ緩むのを感じた。


           ※


   その夜、ノアが眠りについた後も、アルヴィンは一人、古書と向き合っていた。

 断片的な記述の中に、術式の完成に必要な条件が、少しずつ見えてくる。重力の資質を持つ者と、光の術理を極めた者――二人の魔力を同調させる工程。それは、単独では決して届かない領域だった。

(フィリア……)

 脳裏に、久しく思い出さなかった顔が浮かぶ。明るく笑う、あの声。もう二度と聞けないはずだった、あの声。

 もしこの術式が完成すれば――

 その先に何があるのか、アルヴィンにもまだ、はっきりとは分からなかった。それでも、確かに一歩、近づいている実感だけが、静かに胸の中で燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。