第4話 噂の余韻
崖の一件から二日ほど経った頃、二人が次に立ち寄った町の宿で、思わぬ再会があった。
「あんたたち、この間の魔術師さんたちだろう!」
宿の食堂で声をかけてきたのは、あの荷馬車の行商人だった。どうやら同じ町に立ち寄っていたらしい。
「弟の命の恩人だ。いや、まさかこんなところでまた会えるとはな」
「たまたま道が同じだっただけです」
アルヴィンが淡々と返すと、行商人は気にする様子もなく、まくし立てるように話し始めた。
「聞いてくれ、あの後すぐに近くの村で噂になっちまってな。『重力を操って荷馬車を軽くした、若い魔術師の弟子がいる』って」
「……噂?」
ノアが目を丸くする。行商人は嬉しそうに頷いた。
「悪い意味じゃないぞ。むしろ、みんな感心してた。重い荷物を、力じゃなく重さそのものを変えて運ぶなんて発想、聞いたことないってな」
ノアの顔が、みるみる赤くなっていく。
「そ、そんな、大げさです」
「いやいや、謙遜するな。俺の弟なんか、今でも『あの浮いた荷馬車』の話ばっかりしてるぞ」
行商人が快活に笑いながら去っていくと、ノアはしばらく落ち着かない様子で椅子に座り直していた。
「……噂になるの、初めてです」
「そうか」
「これまで、変な属性だってからかわれることはあっても、褒められたことなんて、なかったので」
ぽつりと呟かれたその言葉に、アルヴィンは何も返せなかった。代わりに、目の前のスープを黙って口に運ぶ。
「アルヴィンさんは、こういう時、いつも素っ気ないですよね」
「別に、素っ気なくは――」
「してます。褒められても『そうか』の一言で終わらせるし、褒めるときも遠回しだし」
図星を突かれ、アルヴィンは言葉に詰まった。慣れない反応を求められると、いつもこうなる。
「……悪いか」
「悪くはないです。ただ、慣れてないんだろうなって思って」
ノアは特に責めるでもなく、あっさりとそう言って、スープをすすった。その距離感の取り方に、アルヴィンは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
※
食事を終え、部屋に戻る廊下で、ノアがふと足を止めた。
「アルヴィンさん」
「なんだ」
「わたし、初めて『役に立った』って思えました。今までは、ずっと迷惑をかけてばっかりだったので」
その声は、これまでの快活さとは違う、静かな響きを持っていた。
「学校でも、村でも、わたしの魔法、『不完全』とか『使い物にならない』としか言われたことがなくて。だから……今日、あの人が笑ってくれたの、ちょっと嬉しかったんです」
アルヴィンは、しばらく何も言えなかった。誰かに認められることの意味を、彼女がどれほど渇望していたか――それが、今の言葉だけで痛いほど伝わってきた。
「お前の魔法は、不完全なんかじゃない」
思わず口をついて出た言葉に、自分でも少し驚いた。ノアも同じように、目を丸くしてこちらを見ている。
「……型が、既存のものと違っただけだ。それだけの理由で、価値がないなんてことにはならない」
「アルヴィンさん……」
「……その、事実を言っただけだ」
照れ隠しのようにそう付け加えると、ノアは小さく噴き出した。
「はい、知ってます。それ、褒めてる時の言い方です」
からかうような声色に、アルヴィンは何も言い返せず、そっぽを向いて自室のドアを開けた。
(あの子の魔法は――)
部屋に一人になってから、アルヴィンは静かに考える。
重力の資質。それは、彼が長年一人で追い求めてきた理論の、欠けていた最後のピースになるかもしれない。
だが同時に、それを彼女に伝えることには、迷いもあった。自分の目的――失われた魔法を追う本当の理由を明かせば、彼女はきっと巻き込まれることになる。
まだ、話す時ではない。そう自分に言い聞かせながらも、アルヴィンは窓の外の月を、しばらく見つめ続けていた。




