第19話 目覚めの朝
ノアが目を覚ましたのは、術式決行から丸一日が過ぎた頃だった。
「……ここ」
「宿の部屋だ。魔力切れで、丸一日眠ってた」
アルヴィンは、ベッドの脇に置いた椅子から、静かに答えた。ずっと、そこに座り続けていたことが、その言い方から伝わってきた。
「アルヴィンさん、ずっといたんですか」
「……当然だろう」
ぶっきらぼうな返事に、ノアは小さく微笑んだ。身体を起こそうとして、まだ力の入らない腕に苦笑する。
「無茶させて、すみませんでした」
「謝るのは、俺の方だ」
アルヴィンは、静かに首を振った。
「お前の限界を、正しく見極められなかった。判断が甘かった」
「アルヴィンさんは、ちゃんと止めてくれました」
ノアは、はっきりとそう言い切った。
「あのまま続けていたら、わたし、危なかったんですよね」
「……ああ」
「なら、正しい判断です」
あっさりとした肯定に、アルヴィンは何も言い返せなかった。ただ、彼女の言葉の真っ直ぐさに、これまで何度も救われてきたことを、改めて感じていた。
※
その日の午後、エリスが見舞いにやってきた。
「よかった、顔色戻ってますね」
「ご心配おかけしました」
「本当ですよ。二人とも戻ってこなかったらどうしようかと」
エリスは冗談めかしてそう言いながらも、その声には本物の安堵が滲んでいた。
「それで……フィリアさんとは、会えたんですか」
その問いに、アルヴィンはしばらく沈黙した後、静かに答えた。
「完全に、というわけじゃない。姿を見ることもできなかった」
「でも」
ノアが、横から言葉を継いだ。
「声は、聞こえましたよね。最後に」
「……ああ」
アルヴィンは、あの瞬間を思い返した。『ありがとう』――たった一言だったが、その声は、確かにフィリアのものだった。
「まだ、完全な形じゃない。だが、道の途中に、確かな手応えはあった」
「じゃあ、続けるんですか。この研究」
エリスの問いに、アルヴィンは、少し考えてから頷いた。
「ああ。ただし――」
彼は、ちらりとノアを見た。
「今度は、もっと慎重に。無理のない範囲で」
「わたしも、賛成です」
ノアが、力強く頷く。
「せっかく手応えを掴んだんです。今度は、ちゃんと安全に、最後まで辿り着きたいです」
その言葉に、アルヴィンは小さく微笑んだ。自分でも、久しぶりに浮かべた表情だと気づいた。
※
数日後、ノアはすっかり元気を取り戻し、二人は再び日常の中に戻っていた。窓辺の水色の魔力灯が、変わらず穏やかな光を灯している。
「アルヴィンさん、これからどうします? まだこの町にいますか」
「……しばらくは、な。理論の見直しに時間がかかる」
「じゃあ、まだ一緒にいられますね」
嬉しそうなノアの言葉に、アルヴィンは頷いた。
「……ああ」
あの日、遺跡で聞いた『ありがとう』という声が、まだ耳の奥に残っている。それは終わりの言葉ではなく、まるで、これから進む道を、そっと後押ししてくれているようだった。




