第20話 次のステップ
完全復調したノアと共に、アルヴィンは改めて理論の見直しに取り掛かっていた。机の上には、決行当日の記録用紙が並べられている。
「あの日の失敗の原因、整理できましたか」
エリスが淹れてくれた茶を挟んで、三人は記録を突き合わせていた。
「同調の維持時間が、想定より短かった」
アルヴィンが記録を指し示す。
「重力場と光の屈折、両方の維持に必要な魔力を、俺たちは正確に見積もれていなかった。特に――」
「わたしの方が、先に限界が来た」
ノアが、少し悔しそうに言葉を継いだ。
「重力の維持って、思ったより魔力の消費が急なんです。最初は平気でも、同調が深まるにつれて、どんどん重くなる感じで」
「それなら」
エリスが、資料を捲りながら提案した。
「維持時間そのものを短縮する方向で、術式を組み直せませんか。一気に長時間の同調を目指すんじゃなくて、短い同調を、何度かに分けて重ねる」
「……分割式、か」
アルヴィンは、しばらく考え込んだ。
「理論上は可能だ。だが、一度で得られる接触の密度は下がる」
「密度より、安全性を優先すべきだと思います」
ノアが、きっぱりと言った。
「一回で全部を求めるから、無理が出るんです。何回かに分けて、少しずつ確実に近づいていく方が、わたしたちには合ってると思います」
その言葉に、アルヴィンは、はっとした表情を見せた。
「……そうか」
「アルヴィンさん?」
「いや……お前の言う通りだ。一気に答えを求めようとしていたのは、俺の方だった」
これまでずっと、失われた魔法を、失った人を、一足飛びに取り戻そうとしていた自分に、アルヴィンは今更ながら気づかされていた。少しずつ、確実に、時間をかけて進む――それもまた、一つの正しい道なのかもしれない。
※
その日から、新しい方針での術式構築が始まった。一度の同調時間を短く区切り、魔力消費のペースを細かく管理する。地道で、時間のかかる作業だったが、以前のような焦りは、不思議と薄れていた。
「今日の分は、ここまでにしましょう」
エリスの声に、アルヴィンとノアは、それぞれ手を止めた。窓の外は、すっかり夕暮れに染まっている。
「思ったより、時間がかかりそうですね」
ノアが、伸びをしながら呟く。
「ああ。だが」
「だが?」
「急ぐ理由も、もうない」
アルヴィンの言葉に、ノアは少し驚いた顔をした後、柔らかく笑った。
「そうですね。焦らなくても、いいんですよね」
「……ああ」
書庫を出て、宿への道を歩きながら、アルヴィンはふと、空を見上げた。夕暮れの色に染まる図書館都市の空は、あの決行の日と変わらず、静かに二人を見守っているようだった。
(急がなくていい。少しずつでいい)
その気づきは、術式の話だけに留まらないものだと、アルヴィンは、どこかで気づき始めていた。




