第18話 重ねた魔力
決行の日、二人は図書館都市の外れ、周囲に人気のない古い遺跡跡へと足を運んでいた。エリスの計らいで、術式の発動に適した魔力の澱んだ場所として教えてもらった土地だった。
「準備は、いいですか」
エリスが心配そうに、二人の顔を交互に見た。
「ああ」
「はい」
短く応じる二人に、エリスは何か言いかけたが、結局は小さく頷くだけに留めた。
「……無事に、戻ってきてくださいね」
「約束する」
アルヴィンがそう言うと、エリスは静かに一歩下がった。ここから先は、二人だけの領域だった。
※
遺跡の中心に描かれた魔法陣に、アルヴィンとノアは向かい合って立った。
「最終確認をする。お前は重力場の維持に集中しろ。俺が光の屈折を制御する。同調のタイミングは、俺の合図で」
「はい」
「途中で気分が悪くなったら、すぐに言え。無理はするな」
「アルヴィンさんこそ」
軽口を返され、アルヴィンは小さく息を吐いた。緊張を紛らわせるような、いつものやり取りだった。
「――始めるぞ」
二人は同時に詠唱を開始した。ノアの手のひらから、静かに重力場が広がっていく。魔法陣全体が、ずしりと重みを増していくのが分かった。
「アルヴィンさん、今です」
アルヴィンが光の術式を重ねると、重力場に歪められた空間の中で、光の速度が緩やかに変化し始めた。魔法陣が青白く発光し、周囲の空気が張り詰めていく。
「――同調、始まってる……!」
二人の魔力が、複雑に絡み合いながら一つの流れを作り出していく。これまでの実験とは比較にならない規模の魔力が、二人の間を行き来していた。
「アルヴィンさん、見えます……何か、揺らいで――」
魔法陣の中心に、歪んだ光の塊が浮かび上がった。まるで、空間そのものに穴が開いたような、異様な光景だった。
(これが……)
アルヴィンの視界の端に、不鮮明な映像のようなものが揺らめき始める。かつて見た景色――研究室の一角、共に机を並べたあの日々。
「フィリア……」
思わず、口からその名がこぼれ落ちた。
その瞬間、ノアの手が、微かに震えているのに気づいた。
「ノア、大丈夫か」
「だ、大丈夫です……ちょっと、魔力が思ったより……」
彼女の顔から、みるみる血の気が引いていく。過負荷の兆候だった。研究院の書類に記されていた、あの失敗の予兆と同じものが、彼女の中で起こり始めていた。
「――止める!」
「駄目です、ここでやめたら、今までの意味が……!」
「お前の命の方が大事だ!」
アルヴィンが術式を中断しようとした、その時。
揺らめく光の塊の奥から、微かに、声が聞こえた気がした。
『アルヴィン』
――聞き覚えのある声。忘れるはずのない、あの明るい声。
「フィリア……!」
アルヴィンの手が、思わず止まった。だが、その一瞬の躊躇いが、術式の均衡をさらに崩す。魔法陣の光が、激しく明滅し始めた。
「アルヴィンさん、決めてください……! 続けるか、止めるか……!」
ノアの悲鳴に近い声に、アルヴィンは、はっと我に返った。
揺らめく光の向こうにある、フィリアの気配。手を伸ばせば、届くかもしれない距離。
だが、目の前で、ノアが今にも倒れそうになっている。
――迷いは、一瞬だった。
「止める! 術式を解除する!」
「アルヴィンさん……!」
「お前を失ってまで、欲しいものなんてない!」
叫ぶと同時に、アルヴィンは全力で解除の術式を叩き込んだ。光の塊が、悲鳴のような音を立てながら、急速に収縮していく。
最後に、微かに、あの声が聞こえた気がした。
『――ありがとう』
それを最後に、光は完全に消え去った。
魔法陣の中心に、静寂が戻る。
「ノア!」
アルヴィンは崩れ落ちるノアを、間一髪で抱き止めた。
「……大丈夫、です。ちょっと、魔力切れなだけで……」
息も絶え絶えな声だったが、命に別状はなさそうだった。アルヴィンは、安堵のあまり、その場に座り込みそうになった。
「すまない……俺の判断が、遅かった」
「謝らないでください」
ノアは、弱々しくも、はっきりとそう言った。
「アルヴィンさんが、わたしを選んでくれたこと……ちゃんと、分かってますから」
その言葉に、アルヴィンは何も言えなかった。ただ、腕の中の温もりを、これまでにないほど強く感じていた。




