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不器用な魔術師と、行き場のない弟子 〜失われた魔法を追いかけて〜  作者: 些細


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17/20

第17話 決行前夜

 理論の最終調整が整い、術式を発動させる日が、三日後に決まった。それまでの猶予を、二人は静かに過ごしていた。

「アルヴィンさん、今日は解読、お休みですか」

「……ああ。もう、詰めるべきところは詰めた。あとは、当日を待つだけだ」

 久しぶりに予定のない朝、ノアは伸びをしながら窓の外を見た。図書館都市の空は、いつになく晴れ渡っている。

「じゃあ、散歩でも行きませんか」

「……たまには、いいか」

 珍しく素直な返事に、ノアは少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑って支度を始めた。


            ※


  二人が向かったのは、町外れにある小高い丘だった。図書館都市全体を見渡せる、静かな場所だ。

「ここ、エリスさんに教えてもらったんです。天気のいい日は、遠くの山まで見えるって」

 丘の上に立つと、確かに、都市の塔と、その向こうに連なる山々が一望できた。ノアはしばらく、その景色に見入っていた。

「アルヴィンさんは、術式が成功したら、どうするんですか」

「……考えていなかった」

「え?」

「フィリアに会うことばかり考えていて、その先のことは、何も」

 正直な答えに、ノアは少し驚いた顔をしたが、やがて穏やかに笑った。

「そうですよね。ずっと、そのために生きてきたんですもんね」

「……お前は」

「わたしですか?」

「術式が終わったら、どうする」

 問い返された質問に、ノアは少し考え込んだ。

「分からないです。でも」

 彼女は、丘の下に広がる町並みを見つめながら、続けた。

「アルヴィンさんが良ければ、もう少し一緒にいたいな、って思ってます。まだ、学びたいことも、たくさんあるので」

 その言葉に、アルヴィンは何も言えず、しばらく黙っていた。フィリアのことしか考えていなかったはずのこの旅の先に、いつの間にか、別の未来の形が見え始めていることに、彼自身、戸惑いを覚えていた。

「……その先は、術式が終わってから、考える」

「はい」

 ノアは、それ以上何も追及せず、ただ穏やかに頷いた。


            ※


  夕方、丘を降りて宿への道を歩きながら、ノアがふと足を止めた。

「アルヴィンさん」

「なんだ」

「明後日、怖くないですか」

 率直な問いに、アルヴィンは少しの間、答えに詰まった。

「……正直に言えば、怖い」

「わたしもです」

 ノアは、隠すことなくそう認めた。

「でも、アルヴィンさんが隣にいるから、大丈夫だと思ってます」

「……根拠のない自信だな」

「根拠なら、あります」

 ノアは、いたずらっぽく笑った。

「これまで、ずっと一緒に乗り越えてきたので。影狼のときも、禁書のときも」

 その言葉に、アルヴィンは、静かに頷いた。

「……そうだな」

 夕暮れの道を、二人は並んで歩いた。もうすぐ訪れる、決行の日。その先に何が待っているのか、まだ誰にも分からない。それでも、二人でいれば、きっと乗り越えられる――そんな確かな予感だけが、静かに胸の中に灯っていた。

「アルヴィンさん」

「なんだ」

「明後日、頑張りましょうね」

「……ああ」

 短い返事に、いつもよりわずかに柔らかい響きが混じっていることに、ノアは気づいていたかもしれない。

 夕日に染まる図書館都市を背に、二人はゆっくりと宿への道を歩いていった。

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