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不器用な魔術師と、行き場のない弟子 〜失われた魔法を追いかけて〜  作者: 些細


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15/20

第15話 司書の手引き

翌朝、二人が事情を話しに向かうと、エリスは書庫の受付で難しい顔をしていた。

「監査官の件、聞きました。……すみません、私の力不足です」

「エリスのせいじゃない」

 アルヴィンが短く返すと、エリスは少し考え込むような素振りを見せた後、周囲を確認するように声を落とした。

「正式なルートでは、確かに時間がかかります。ですが」

「何か、方法が?」

「禁書指定の資料そのものは制限されていますが……その内容を、私的に『引用』した研究記録なら、規制の対象外なんです」

「引用……」

「以前、あなた方が閲覧した禁書の内容、覚えていますか。あの術式図」

「頭には入っている」

「でしたら、あとはそれを、既に規制対象外の一般文献と組み合わせて、独自の理論として構築すればいい。形式上は、禁書を直接参照したことにはなりません」

 ノアが、ぱっと表情を明るくした。

「それなら、審査を待たなくても……!」

「グレーな方法ではあります。研究院に睨まれるリスクもゼロではありません。それでも」

 エリスは、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「私も、正直、この理論の行方には興味があるので。協力させてください」

 アルヴィンは、しばらくエリスの顔を見つめてから、深く頭を下げた。

「……恩に着る」

「頭を上げてください。それより、時間が惜しいですよ」


            ※


  その日から、三人での作業が始まった。エリスが一般文献の中から使えそうな理論を選び出し、アルヴィンがそれを禁書で見た術式の記憶と照らし合わせ、ノアが実際に重力場を発生させて検証する。

「ここの魔力の同調率、もう少し上げられますか」

「やってみます」

 ノアが集中し、繊細な重力場を展開する。アルヴィンがその場に光の屈折術式を重ねると、二つの魔力が奇妙な共鳴を起こした。

「――これだ」

 アルヴィンの呟きに、エリスとノアが同時に顔を上げる。

「反応が変わった……ほんの少しだけど、周囲の時間の流れが、揺らいでる」

 机の上に置いた砂時計の砂が、一瞬だけ、明らかに不自然な落ち方をした。三人の間に、緊張と興奮の入り混じった空気が流れる。

「成功、なんですか……?」

「まだだ。ほんの入り口に過ぎない。だが」

 アルヴィンは、震える手で記録を書き留めた。

「理論が、間違っていないことは、証明できた」

 その言葉に、ノアが思わず声を上げた。

「やった……! アルヴィンさん、やりましたね!」

「まだ、成功じゃない」

「でも、一歩進んだんですよね?」

 問いかけに、アルヴィンは小さく頷いた。無表情を保とうとしながらも、その口元には、隠しきれない安堵と喜びが滲んでいた。

 エリスが、そんな二人の様子を見て、静かに微笑んだ。

「良い師弟関係ですね」

「……そういうのじゃない」

「あら、否定するんですね」

 からかうような口調に、アルヴィンは何も言い返せず、記録用紙に視線を落とした。


            ※


  その夜、宿への帰り道、ノアが弾んだ声で言った。

「今日、本当にすごかったですね。砂時計、絶対おかしな動き方してました」

「……ああ」

「これでフィリアさんに――」

 言いかけて、ノアははっと口を噤んだ。アルヴィンも、一瞬、足を止める。

「……ごめんなさい、勝手に」

「いや」

 アルヴィンは、静かに首を振った。

「その通りだ。フィリアに、会うために」

 初めて、自分の口から、目的をはっきりと言葉にした。ノアは驚いた顔をしていたが、やがて、穏やかに微笑んだ。

「会えるといいですね」

「……ああ」

 夜道を並んで歩きながら、アルヴィンは、胸の奥にあった重たいものが、少しずつ形を変えていくのを感じていた。

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