第14話 訪問者
図書館都市での穏やかな日々に影が差したのは、滞在も一ヶ月を過ぎた頃だった。
「アルヴィン様、少しお時間よろしいでしょうか」
書庫で解読作業をしていた二人のもとに、エリスが硬い表情でやってきた。その後ろには、見覚えのない黒い外套の男が立っている。
「――こちらは、研究院から派遣された監査官の方です」
「監査官?」
男は軽く会釈すると、感情の読めない声で切り出した。
「先日、禁書指定の資料に、部外者による接触があったと報告を受けています。封印の暴走に関与した、と」
「……対処はした。被害もない」
アルヴィンが淡々と返すと、男は手元の書類に目を落とした。
「問題は、それだけではありません。あなた方が求めている術式――重力と光による時間干渉理論は、研究院において取り扱いを厳しく制限されている分野です」
「なぜだ」
「過去に、同種の研究で重大な事故が起きているからです。術者が時空の歪みに呑まれ、行方不明になった記録があります」
書庫の空気が、一気に張り詰めた。ノアが、思わずアルヴィンの方をちらりと見る。
「研究院としては、この分野の私的な研究を推奨できません。禁書の貸し出しも、一時的に停止させていただきます」
「待て――」
アルヴィンが声を上げかけたが、男は淡々と続けた。
「もちろん、正式な申請と審査を経れば、研究の継続は可能です。ですが、それには時間がかかります。最低でも、数ヶ月は」
「数ヶ月……」
ノアが呟く。アルヴィンの表情が、わずかに強張った。
「審査中は、書庫の利用も制限されます。ご理解いただけますね」
男はそれだけ言うと、一礼して去っていった。残された二人の間に、重い沈黙が落ちる。
※
その夜、宿の部屋で、ノアが心配そうにアルヴィンの様子を窺っていた。
「アルヴィンさん、大丈夫ですか」
「……ああ」
答えながらも、その声には、これまでにない疲労の色が滲んでいた。せっかく手がかりを掴みかけていたのに、目の前で扉を閉ざされたような感覚があった。
「数ヶ月待つしかないんでしょうか」
「……分からない。正式な申請をすれば、道は開けるかもしれない。だが」
「だが?」
「審査に通る保証もない。それに――」
アルヴィンは、言いかけて口を噤んだ。研究院に正式な記録を残せば、自分の目的――死者を取り戻そうとする研究であることも、いずれ知られることになる。それが、どう扱われるかは分からない。
「アルヴィンさん、一人で抱え込まないでください」
ノアの声に、アルヴィンは顔を上げた。
「わたしも、一緒に考えます。今まで、色々教えてもらったので、今度はわたしが力になる番です」
その真っ直ぐな言葉に、アルヴィンは何も言えなかった。ただ、これまで一人で背負ってきたものの重さが、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。
「……エリスに、相談してみるか」
「はい」
二人は、静かに頷き合った。
窓の外では、水色の魔力灯が、変わらず穏やかな光を灯し続けていた。停滞に見える今この瞬間も、決して無駄な足踏みではないのだと、その小さな光が、静かに教えてくれているようだった。




