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第一章 旅立ちのイーステン  1-3 ナナリーと魔女

~前回のあらすじ~

サルベージャーのレインは遺跡の中で一人の少女を助ける。

仲間であるドモンと共に彼女を拠点へ連れ帰ったが、彼女は自分の名前も

覚えていなかった。

ナナリーという仮名を付け、彼女はレイン達が保護する事になったが…

レイン達がナナリーを保護した翌日。

朝食を終えたレイン達は再びドモンの事務所へ集まっていた。

ギルドナイトのアモイより指示された報告書を作成する為である。


「皆、朝早くからすまんな」


部屋には責任者であるドモン、彼女を発見したレイン、そしてナナリー。

そして資料作成をする為ライラが同席していた。

事務机にはライラ、その他は皆事務所のソファーに座っている。


「嬢ちゃん、よく眠れたかい」


「はい、ばっちりです。朝食も美味しかったです!」


ナナリーは元気に答える。

彼女の身なりはライラによって綺麗に整えられていた。

ライラのお下がりのかわいらしいワンピースに着替え、髪は無造作につけられて

いた髪留めを使って首筋で綺麗に束ねられていた。


「そりゃ良かった。

 ギルド宛ての資料を急ぎ作らなくちゃいけなくてな。

 もう少し嬢ちゃんの事を聞かせてくれ」


「はい。とはいっても…」


ナナリーは少しバツの悪そうな顔をする。

ドモンはその表情で状況を察する。


「まあそうだよな。昨日の今日で何か思い出す事はないか」


「はい…」


申し訳なさそうに俯くナナリーを見てレインが口を挟む。


「何でもいい。自分の事でなくても何か覚えていることはないか?」


「何でも、と言われても…」


「そうだな。このあたりの事はわかるか?

 例えばここ、イーステンの街の事は」


「イーステン…」


彼女はしばらく考えこんだが申し訳なさそうに答える。


「良く分からないです。多分、この街の事は知らないと思います」


「ギガンティアの事は知っていたな」


「はい。それとガーディアンや遺跡のことはなんとなく分かりました」


ナナリーは素直に答える。

その言葉を聞いてドモンも少し考え込むような表情を浮かべた。


「う~ん、妙な記憶の偏りだな。サルベージャーの関係者だった…とか」


「どうですかね…」


「それじゃあ、他に何かないか? 目標とか目的とか。

 サルベージャーだったなら何か回収したい物とかあったかもしれないしな」


「目的…」


ナナリーは再び考え込む。

が、何か思い出した様に顔を上げる。


「あっ! 思い出しました。一つだけ。

 私、多分会わないといけない人がいます!」


「おお! 重要な情報じゃないか。どこの誰だ?」


「えっと、えーと…

 名前しか思い出せないんですけど…」


「そうか、で、名前は?」


「ヴィオラート。 ヴィオラート・キースという方です」


一瞬事務所が静寂に包まれる。

レインもドモンもその人物の名前を聞いて、一瞬戸惑ったように見えた。

ナナリーもその空気を感じ取って二人を見回す。


「あ、あれ? 何か、まずかったですか…」


困惑する彼女にドモンは怪訝そうな顔をして尋ねる。


「ヴィオラート・キース、で間違いないんだな」


「はい、間違いないと思います。知っている人ですか?」


「知っているも何も、その名前で思い浮かべる人物は一人しかいねえな。

 超有名人だよ」


「有名人?」


ナナリーの問いにレインが呟くように答える。


「北の大陸にある帝国の軍事顧問、通称、-帝国の魔女-と呼ばれる人物だ」


「帝国の…魔女?」


不思議そうに聞き返すナナリーに対し、ドモンが続けて答える。


「10年前に出来た新興国家、ハイデンベルグ帝国の要人だ。

 皇帝の右腕と呼ばれててな、政治の裏から軍事面を統括していると言われてる。

 帝国を興した際の戦力は、そいつが何処かからかき集めて来たという噂もある

 いわくつきの女さ。

 得体のしれない女… 故に魔女って呼ばれているわけさ」

 

「へぇ… 国の偉い人ということですか」


「そうだ。帝国の中心人物の一人だな。

 ていうか、何で嬢ちゃんはそんな奴に会わないといけないんだ?」


「ええっと、理由は… 何でしょう…

 会いに行かなきゃいけないって事だけはわかるんですけど」


「肝心の理由が思い出せねえのか」


「ごめんなさい。でも、名前は間違いないと思います」


「う~ん、キースという姓はあまり聞かんし…

 ヴィオラート・キースといえばそいつしか思い浮かばんな。

 もしかしたら、嬢ちゃんは以前は帝国に居たのかもしれんな」


「帝国… 帝国ってどこにあるんですか」


「帝国は北の大陸の西方にある。だがここから帝国は遠いぞ。

 海を越えたはるか先だからな。ちょっと説明してやろうか」


ドモンは立ち上がると棚をあさり、地図を出してきた。

それをソファーの前のテーブルに広げる。


「下側のこの陸地が南の大陸だ。

 今いるイーステンはここ、南の大陸の東側にある。

 そして、海を越えた上にあるのが北の大陸。

 東にグランメセタ王国、西にハイデンベルク帝国の勢力圏だ。

 この西の海岸近くにあるのが帝国の首都フォートエルスだ。

 魔女に会うとなると、ここまで行かなきゃならんだろうな」


「北の大陸… 遠そうですね…」


「ああ、ここから旅をするとなると、いくつも港町を経由する船旅か、南の大陸を

 キャリアーで横断して西側の港から帝国行きの船に乗るといった感じかな。

 どちらも時間も金もかかるな」


「お金… 私、何も持っていません…」


「そりゃそうか。服も持ってなかったくらいだしな。

 何より、女の子の一人旅はオススメできないな。

 昔より治安もだいぶマシになったとはいえ、まだまだ危険も多い。

 嬢ちゃんなんかが一人でウロウロしてたら、すぐゴロツキに捕まっちまうぞ」


「ええっ、捕まったらどうなるんですか!? お肉ですか…?」


「いや、肉にはならねえと思うが…

 まあ、売り飛ばされるか、あれやこれやされる事になるな」


「あれやこれや… 何だかまずそうな事だけは分かりました…」


青ざめた後、ナナリーはシュンとして俯く。


「やっと手掛かりを思い出せたのに。こんなに遠くなんて」


「嬢ちゃんはどうしても帝国に行きたいか」


「出来るなら… 

 会いに行かないといけないのもそうですけど、多分その人なら私が何者か知って

 いると思うんです。

 もしかしたら、家族…だったりするかもしれないじゃないですか」


「家族か。魔女の隠し子だったら大騒ぎになりそうだな」


ドモンは冗談っぽく言って笑う。

ナナリーはそんなドモンとライラを交互に見てほほ笑む。


「昨日、ドモンさんやライラさんたちと食事して思ったんです。

 家族がいたらこんな感じなのかなって。

 私にも家族がいるなら会ってみたいなって」


そう言ってほほ笑むナナリーを見て、ライラは昨日の夕食を思い出す。

賑やかだった夕食。

彼女が自分達を見て家族を感じてくれた事を少し嬉しく思った。


「そうだよな。家族がいるなら会ってみたいよな。

 おやじ、何とかしてやれないのか」


そう問いかけるライラに対して、ドモンは少し難しそうな顔をする。


「旅費くらい出してやれんことはないさ。

 だが、さすがに一人で放り出すわけにはいかんし。

 仕事もあるから旅に付き添うわけにもいかんからなぁ」


「そりゃそうだけどよ… でも」


食い下がるライラをナナリーが制する。


「ま、待って下さい。そんな迷惑をかけるつもりはなくて…」

 

ドモンがナナリーを見て、わかっている、と言わんばかりに頷く。


「旅もそうなんだがな、もっと厄介な問題があるんだよ」


「問題?」


「そうだ。

 相手は帝国のお偉いさんだぞ。 いきなり行って会ってくれると思うか?」


「あ…」


「母と娘みたいにすぐわかる関係だったらなんとかなるかもしれんが、

 今の所どういう関係なのかもわからないんだ。

 長旅して帝国に着いたとしても、魔女に会えるとは限らん。

 門前払いされて、取り次いですらもらえない可能性だってある」


「そんな…」


落胆するナナリー。

ライラも腕を組んで渋い顔をする。


「そりゃそうか。

 素性のわからない奴にそうそう会ってくれるとは限らねえのか…」


提示された厄介な問題を前に二人共も沈黙してしまう。

そんな二人を見かねてか、今まで黙っていたレインがポツリと言う。


「なら、俺と行くか」


「えっ?」


沈黙していた二人がレインの発言に驚いた声を出す。


「伝手ならないこともない。

 調査の仕事が終わってからなら、俺が帝国まで送り届けてやってもいい」


レインの言葉を聞いたドモンが意外そうな顔をする。


「そりゃ、魔女に会える伝手があるって事かい」


レインはドモンの言葉に頷くと言葉を続ける。


「近い人間に取り次ぐことは出来る。

 確実に会えるかどうかまでは保証出来ないがな」


「旦那、アンタすげえな。帝国のお偉いさんと知り合いなのか!?」


レインの言葉を聞いたライラは興奮した様子で椅子から立ち上がる。

それを見たドモンが座れというジェスチャーをしてライラを制する。


「ライラ、それ以上はやめとけ。野暮な事は聞くな」


「なんだよ、気になるじゃねえか」


不満そうに答えるライラに対し、ドモンは目を閉じて首を横に振る。


「そう言うな。サルベージャーは訳アリが多いんだ。

 過去をほじくり返すような事はするんじゃねえ。わかるだろ?」


「あ、ああ… そ、そうだな」


ライラは何か思い当たる事があるのか、バツの悪そうな顔をする。

ドモンは今度はレインの方を見て言った。


「過去の伝手とか紹介とか、利用できるものがあれば使う。

 その理由や出所を突っ込むのは野暮ってもんよ。なあ旦那?」


「…そうしてくれると助かるな」


レインはドモンから視線を逸らして言った。

ドモンはその様子を見て、含み笑いをすると今度はナナリーを見た。


「だとさ。嬢ちゃん、どうだい?」


話を振られたナナリーはレインを期待の眼差しで見つめる。


「いいんですか!? レインさん」


「そう言っている。今の仕事が終わってからになるがな」


レインはナナリーに視線をあわせず淡々答える。

そのやり取りを見ていたライラはナナリーに向かって嬉しそうに叫ぶ。


「やったな! ナナリー!」


「はい!」


ナナリーも満面の笑みでそれに答えるが、何か思い出したように表情が曇る。


「あ、でも… 私、何もお礼は出来ません…」


言葉に詰まるナナリーにレインは視線を送ると首を振った。


「礼はいい。

 お前が魔女にとって重要な人間だったら俺にも利になる。

 つまりこれも打算だ。気にするな」


「ありがとうございます! …あっ!」


再び笑顔になったナナリーだが、同時に何かを思い出したのか、左手の人差し

指にはまっていた指輪を取り外して両手に乗せ、レインに差し出した。


「これを、どうぞ」


シンプルな銀色の指輪だった。

装飾もあるが、一見して安そうにも高そうにも見えない微妙な代物だった。

レインは差し出された物をちらりと見て言った。


「礼はいいと言った」


表情を変えずに答えるレインに対し、彼女は指輪を差し出したままほほ笑む。


「いえ、もう一つ思い出したんです。

 これは、自分を守ってくれる人に渡す為に持たされた物なんです」


意外な一言にレインは少し驚いた表情を見せた。


「持たされた? 誰にだ」


「え、えっと… 誰かはちょっと思い出せなくて…」


ナナリーは首をかしげで愛想笑いをする。

だがすぐ真面目な表情に戻り言った。


「私の気持ちです。受け取って下さい」


レインはそれをじっと見つけていたが、やがてそれを手に取った。


「わかった。

 対価を受け取ったからには、帝国までの護衛と魔女への取次ぎは仕事として

 正式に請け負おう」


「おお、仕事人っぽい」


ライラが笑いながら茶化す。

ドモンはその光景を見てうんうんと頷く。


「うん、旦那に任せれば安心か。

 よし、じゃあ、まずは調査の仕事を終わらせねえとな」


レインは盛り上がる三人を見回して言った。


「一つ注意しておくことがある」


「何だい、旦那」


「魔女に会いに行くという事は、伏せておいた方がいい」


ドモンはレインの言葉を聞くとふむふむと納得したように頷いた。


「…ああ、そうだな。

 確かに周囲にはあまり話さない方がいいかもな」


「そうなのか?」


ライラが不思議そうに尋ねる。


「もしもの話だ。

 もし嬢ちゃんが本当に魔女の関係者だったらどうする」


「それなら魔女に会えるだろうからいいんじゃないか」


「その前の話さ。

 帝国の要人の関係者が辺境をほっつき歩いているって話が広まったらどうなる。

 狙われる可能性だってないわけじゃない。

 特に王国の関係者からはな」


「そうか、帝国に着く前だとヤバイ可能性もあるのか」


そのやり取りを聞いていたナナリーがドモンに尋ねる。


「あの… 王国と帝国って仲が悪いんですか?」


「ああ、元々帝国は王国の領地を乗っ取ってできた国だからな。

 仲が悪くて当然だ。

 なにせ、十年前には戦争があった位だからな」


「戦争…」


「今は終戦協定が結ばれてる。

 いざこざは厳禁になってるし、しばらくは衝突も起こってない。

 表面上は互い不可侵ってことで落ち着いてはいる。

 でも水面下では相手を警戒しているだろうし、互いの情報は集めまくっている

 だろうからな。

 そこに、魔女の関係者がいるなんて話が出てみろ。

 とっ捕まえて王国に売り渡そうって奴も出てくるかもしれない」


それを聞いたナナリーが困惑気味に話す。


「なんか、人をさらう話多くないですか…?」


「南の大陸には自治都市しかねえからな。

 一つの国家として治安が保たれているわけじゃないんだ。

 場所によってはガラの悪い連中もわんさかいる。

 警戒するに越したことはないんだ」


「一人旅がオススメ出来ないって意味が分かりました…

 私、レインさんに保護されたのは運が良かった、という事なんですね」


「そうだな。見つけてくれたのがマジメな旦那で助かったな。

 なあ、旦那」


ドモンとナナリーが同時にレインを見る。

ナナリーは本心で尊敬の眼差しを向けてけているように見えたが、ドモンの方は

明らかに茶化す顔をしていた。

レインは若干照れくさそうな顔をして視線を逸らして言った。


「ともかく、重要な部分だけ伏せておけばいい。

 今回なら、帝国にいる知り合いに会いに行く、とでもしておけばいい。

 嘘は言っていない訳だしな」


「そういう事だな。

 嬢ちゃん、魔女の名前は伏せておきな」


「わかりました」


「さて、嬢ちゃんのこれからは決まったが、まず調査をどうにかしないとな。

 それでだな、嬢ちゃん。

 調査はまだしばらくかかるから、それが終わるまでウチで働きな。

 ライラの手伝いで雑用でもしてもらうって事でな。

 旅立つにも文無しってわけにはいかねえだろ」


「ありがとうございます。

 何もしないわけには行かないし、働かせて貰えるなら助かります」


ナナリーはドモンに向かってぺこりとお辞儀をする。


「よし、決まりだ。

 ライラ、嬢ちゃんの面倒はお前に任せる。

 出来そうな仕事から教えてやってくれ」


「わかった。任せとけ」


「よろしくお願いします!」


「それじゃあ、資料の方もちゃっちゃと終わらせるぞ」


しばらくドモン達によるナナリーの聴取が続けられたが、特に進展はなかった。

彼らはナナリーの事はほとんどわからないと資料にまとめて提出をした。

その後、ドモン達サルベージャーチームは再調査の準備を進めていく。

ナナリーも不慣れながらその輪に入り働いていた。

彼女にとって、ドモン達と過ごす生活は新鮮で楽しいものだった。


それから数日たったある日の事だった。

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