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第一章 旅立ちのイーステン  1-2 わたしのなまえ

~前回のあらすじ~

サルベージャーのレインは遺跡の中で一人の少女を助ける。

仲間であるドモンと共に彼女を町へ連れ帰ったが…

辺境の街、イーステン。

南の大陸の東方に位置しているこの街は、海岸にある港町サンディに近い辺境の

小さな町だ。

パッとしないこの街だが、近郊にとあるサルベージャーが遺跡を見つけた事で、

サルベージャーが拠点とする街としてそれなりに栄えていた。

先ほどの騒動があった遺跡もこの街から20キロほど離れた山岳地帯で最近発見

されたものだった。


町の郊外にある倉庫街。

その一画にドモンが率いるサルベージャー隊の拠点があった。

初回調査を終えたレインとドモン達はここへ帰還して来ていた。

拠点の事務所に今回同行した責任者の一同が集結していた。


「ふざけるな!」


テーブルを強く叩き叫ぶ男がいた。

今回の調査に同行したギルドナイト、トリトマ・アモイである。

遺跡への調査や遺物の回収はギルドへ申請と許可が必要となっており、

特に遺跡の初回の調査にはギルドナイトの同行が義務付けられている。


これは「サルベージャーの活動は厳しく監視されるべき」というギルドの方針に

よるものだ。

一部からは反発の声もあったが、手に負えなくなった遺跡のゲートを破壊したり、

開けっ放しで放置されたゲートからガーディアンが地上に這い出し大惨事になった

事件が過去には起きており、現在では監視や管理もやむなしというのが一般的な

反応になっている。


このトリトマ・アモイはイーステンに派遣されているギルドナイトではあったが、

ギルドナイトを務める者が全て品行方正な傑物かといえば勿論そんな事はない。

彼はどちらかというとあまり積極的に仕事をするタイプではなかった。

しかし、そんな彼が何に声を挙げているのかというと、それはレインが保護した

例の少女の事であった。


「素性の知れない者が遺跡にいただと? そんなの盗掘者に決まっている。

 記憶が無いなど惚けているだけだ。支部へ連行して吐かせてやればいい」


アモイは彼女を指さして怒鳴りつける。

彼女は少し怯えた様子で隣に立つレインの後ろに隠れる。

怒鳴り散らすアモイをドモンは呆れた表情でなだめる。


「少し落ち着け。アモイの旦那。

 何もそんなに怒鳴らんでも。ほら見ろ、怯えているじゃねえか」


ドモンはレインの後ろで縮こまる彼女を見て言う。

ドモンは彼女に近づくと目線を合わせて優しそうに声を変える。


「それでな、嬢ちゃん… そういや名前はなんて言ったけ」


「え、えっと…」


彼女は困惑して答えに窮する。

その態度を見てレインが代わりに答える。


「名前は思い出せないそうだ。 …そういえば7番が何とか言ってたな」


ドモンは不思議そうに首をかしげる。


「7番? 何だそりゃ」


「名前を聞かれた時、その番号が思い浮かんだそうだ」


レインは助けた時の彼女のやり取りを思い出しながら答える。

彼女は代わりに説明してくれたレインと合わせるようにドモンに向かって頷いた。


「へえ、じゃあ、ナナちゃん、だな」


ドモンはレインの話を聞くと彼女を見てそう言った。

彼はあだ名をつけたような感じで言っただけだったのだが、彼女は何だか困惑した

ような表情を浮かべて答えた。


「えっと、7って名前じゃないと思うんです。

 番号って感じがして何かちょっと…」


彼女の反応が思いの他悪かったのでドモンも意外そうな顔をした。


「そうか? ナナちゃんって呼び名はかわいいと思うがな」


微妙にニュアンスがずれた会話をする二人に、アモイが呆れ顔で言葉を挟む。


「ふん、あだ名にも文句言うのか。贅沢な女だな。

 今、どういう状況かもわかっていないのか」


彼の言葉は的確だったのかもしれない。

だが、無駄に棘のある言い方だ。

彼女はそれを聞いて申し訳なさそうに俯む。


「おい」


二人のやり取りを見たレインが彼女に話しかけた。

彼女はゆっくりとレインを見上げた。見下ろしていた彼と目が合う。


「呼び名が無いと困るのは事実だ。何か付けさせてくれ。

 ナナが嫌なら… ナナリーというのはどうだ?」


レインの意外な言葉に彼女は無言でレインを見つめる。


「知人の名を借りたものだ。どうだ?」


彼女はなぜか知らないが、7と名前が付けられるのは嫌だった。

なのでレインが自分の気持ちを察しての呼び名を提案してくれたことが、彼女に

とって何だかとてもうれしく感じられた。

レインの表情は相変わらずであったが、彼女は覗き込んでくるその瞳にやさしさの

様な物を感じた。


「ナナリー…」


彼女はうつむいて何かかみしめるようにその名前を呟く。

そして顔を上げると嬉しそうに笑った。


「なんか、いいです! ナナリー!」


レインは嬉しそうに笑う彼女から目を逸らすと言った。


「あくまで仮の名だ。本名はちゃんと思い出せ」


「はい!」


彼女は元気よく答える。

そしてドモンとアモイを交互に見ると言った。


「皆さん、とりあえず私のことはナナリーと呼んで下さい!」


そういって二人に向かってお辞儀をした。

アモイは相変わらずの表情で何も答えなかったが、ドモンはほほ笑みながら

右手の親指を立てる。


「わかった。

 ではナナリーちゃん。よろしくな」


そう言ってドモンは彼女の頭を撫でる。

彼女は嫌がる様子もなくドモンに微笑み返した。

ドモンはその姿をほほえましく思ったがこうも思った。


(まるで… 本当の名前でも付けてもらったような喜び様だな)


ドモンは彼女の頭から手を離すと今度はレインを見て話を続ける


「…しかし意外だな。旦那が呼び名を付けてくれるなんてな」


「言ったろ。呼び名がないと不便だと。それだけの話だ」


ドモンの少し茶化すような言い方にレインは少し照れているようにも見えた。

彼女が笑顔になった事で場の雰囲気は少し明るくなった感じがした。


「ふん、茶番だな」


ワイワイと話しが続く横でアモイは不満そうにつぶやく。

そんな彼を横目にドモンはナナリーに話を続ける。


「で、ナナリーちゃん」


「はい」


「いろいろ聞きたいことはあるが、とりあえずシャワーを浴びてきな。

 いつまでもそんな恰好じゃ寒いだろう」


彼女の姿は長めのシャツ一枚と下着という、まるで寝起きともいえるような格好

だった。

レイン達は遺跡から帰還後すぐ、状況確認の為ドモンの事務所へ集まっていた。

レインは報告の為にそのままナナリーをここへ連れて来たので、彼女は保護された

時の服装のままだったのだ。

ドモンに服の事を言われ、ナナリーは少し手を挙げ、自分の服をきょろきょろと

確認する。

その様子を見て、アモイ相変わらず不愛想に言葉を発する。


「盗掘者にそんな気を使ってやる必要はないだろう」


冷たい言葉にドモンは呆れ顔でアモイを見る。


「盗掘者かどうかはまだわからんでしょ。

 …それとも、彼女をこんな格好で放置しとくんですかい」


レインは自分の格好を確認している彼女をちらりと見てドモンへ言葉をかける。


「確かに、ちょっと無神経だったな。ドモン、服は用意してやれるか?」


「そうだな、ライラに任せればいいだろ。

 …ちょうど帰ってきたみたいだしな」


事務所の表に車が止まる音が聞こえた。

少しの間の後、事務所の扉がガチャリと開いて長身の女性が部屋に入ってきた。


「おやじ、帰ってるのか?」


彼女はライラック・クリスター。

彼女は故あって数年前にドモンに保護され、彼のサルベージャー隊で事務関連の

仕事を手伝っている女性だった。

何気なしに事務所へ入った彼女は、部屋に集まっていた一同を見て少し驚く。


「あ、すいやせん。取り込み中でしたか…?」


愛想笑いをしながら部屋を出て行こうとした彼女に薄着のナナリーが映る。

彼女は慌てて彼女に近づき、庇うように抱き着いた。


「きゃっ」


いきなりの事でナナリーが小さく悲鳴を上げる。

だが、彼女を抱きとめるその手が優しい事を感じ、自分を気遣ってくれた

のだと理解する。

ライラが声を上げる。


「ちょっとお前ら何してんだ。 こんな格好させて!」


ドモンはそれを見て彼女に向かって押さえろとジェスチャーをする。


「待て待て、ライラ」


「どういう状況だよ、おやじ!」


怒鳴るライラにドモンは困惑しながら答える。


「落ち着け。

 そいつはナナリーちゃんって言ってな。

 レインの旦那が遺跡で保護してきたんだ。

 さっき戻ったばかりでな。着替えとかもこれからなんだよ」


「は?」


意外な経緯にライラの声のトーンが少し下がる。

彼女は傍らのレインに目をやる。

レインは彼女の視線に対してドモンの言葉を肯定するように頷く。


「遺跡で保護!? どういう事?」


「そいうのをこれから確認するんだよ。

 でもその前にな、まずその娘を風呂に入れてやってくれ。

 あと、お前の服も何か貸してやれ。

 小さくて着れなくなったやつがあるだろ」


状況を理解したのか、ライラは落ち着きを取り戻す。


「あ、ああ…なるほど。わかった。そうする」


ライラがナナリーの肩を抱いたまま部屋を出て行こうとする

その様子を見たアモイが口を挟む。


「ちょっと待て、話はまだ…」


そう言いかけたアモイをライラが睨みつける。


「なんだお前、ヘンタイか」


ライラは軽蔑したような声でアモイに言い放つ。

アモイは予想外の反応に困惑しながらも反論する。


「お、俺はギルドナイトだ! そいつは盗掘者かもしれな…」


「服が先だろ。ヘンタイ野郎」


「なっ…」


言い淀むアモイをみてドモンは笑いを堪える。

レインも顔を背けていたが、陰で笑っているように見えた。


「くく… ライラ、早く連れてってやれ。

 ナナリーちゃんもすまなかったな」


成り行きのまま連れていかれそうになっていたナナリーだが、ライラの腕から少し

離れるとレイン達に向かってペコリとお辞儀をした。


「いえ、ありがとうございます。ドモンさん。レインさん」


ドモンはほほ笑みながら軽く手を振った。

レインもナナリーに目をやると、軽く頷いた。

それを見届けるとライラはナナリーの手を取り歩き出す。


「行こう。ナナリー。後でコーヒー飲むか?」


「コーヒー? 美味しいですか? 楽しみです!」


二人は雑談しながら部屋を出ていく。

アモイはそれを見送った後、まだ笑いを抑えているドモンとレインに向って叫ぶ。


「盗掘者を隠蔽するつもりか? 問題になるぞ」


「盗掘者を風呂に入れちゃいけないって条例はないでしょう。

 それに、違反してるかどうかはこれから調べるんでしょうが。

 こっちはそれも調べて報告書を作るんですよ」


「だからすぐに…」


「書くにも時間かかるんです。

 報告を資料にして出せって言ったのはそっちですぜ」


呆れながら答えるドモンに合わせるようにレインが口を開く


「盗掘者の可能性があると言うなら、逃がさなければ良いのだろう。

 ちゃんと見ておく。安心しろ」


義務的な返答に聞こえたが、明らかにドモンに同調する返事だった。

ドモンはそんなレインをちらりと見ると話を続ける。


「そうそう、それに彼女は今回の調査で唯一回収したモンですよ。

 あの子の権利は回収したレインの旦那にありまさあ。ねぇ」


ドモンはいたずらそうな笑みを浮かべてレインを見る。


サルベージャー達の間では、古くからの慣習がある。

遺跡の遺物などは、最初に見つけたものに権利がありそれを無暗に奪う事は許さ

ないという考え方だ。


複数で集まり探索や回収作業をすることから、どうしても配分や権利でゴタゴタ

は起きていた。

それはギルドが出来てからも問題になり、ギルドが難癖をつけて回収物を無理やり

押収するという事件もあった。

そう言った事がギルドに対する反発にもなったため、ギルドは遺跡調査の監視を

する代わりとしてサルベージャーが損をしないような慣習を認めていったのだ。


その慣習の一つに、

 ギルドが回収を優先とする重大な遺物であろうとも、

 発見者が必ず一つは持ちかえる権利がある

という内容のものがある。


お宝を探すサルベージャーにとって、一攫千金の夢を繋ぐ為の決まりでもあった。

ギガンティアの様な誰もが欲しがる遺物を発見した際に、危険だの何だの難癖を

つけて取り上げられないようにする、という抑止の為の物でもあったのだ。

ドモンは難癖をつけてナナリーを連行しようとするアモイに対して慣習を持ち出し

て釘を刺したのだ。


レインは話を振られてちらりとドモンの顔を見たが何も答えなかった。

しかし、アモイはそんな二人の結託した態度が何だか気に食わなかった。


「あれば遺物じゃない。慣習は適用外だろ」


その言葉を聞いてドモンの顔が険しくなった。


「そうは言いますがね、あの子を人間扱いしてないのはどっちですかねぇ。

 条例の違反者だろうと雑にあつかって良いわけじゃないでしょ。

 服を着せてから話を聞いちゃダメな理由は何です?

 何かすぐに連れて行きたい訳でもあるんですかい」 


さっきまで冗談を言って笑っていた男の顔でなかった。

どうしてかナナリーを連行しようとするアモイに対して、ドモンは不信感を抱いて

いる様だった。

アモイはドモンの表情をみて少し警戒する。

彼は腰の低そうなドモンをある意味下に見ていた所があったのだ。

ドモンはギルドとも取引があり支部に来た時の様子をアモイは何度も見ている。

強く押せば引く、波風を立てないタイプの商売人だと高をくくっていた。


そして、もう一人。

レインの表情はさっきから変わらない。

アモイは仕事柄、レインの事は知っている。

最近活動するようになったギガンティア使い。

サルベージャーギルドにも登録がある個人傭兵だ。

真面目だが、口数が少なく何を考えているかわからない不気味さがあった。


面倒見の良いドモンが腕のいいレインを気に入り、最近は組んで仕事をしていると

いう事は彼も把握していた。

どちらも根は真面目そうなので馬が合うのだろう。

自分の意見を通そうとしても今は無理、という雰囲気をアモイは感じ取った。


「…わかった。書類は近日中にギルド支部へ届けろ。

 決定があるまであの女は預けておくから逃がしたりするなよ」


頑なな態度を改めたアモイを見て、ドモンからも表情の険しさが抜ける。

ドモンは意地悪そうに答えた。


「わかりやした。そうさせてもらいやす。

 けど、犯罪者を匿ってるとか、誤解されるような報告の仕方しないで下さいよ」


「心配するな。そのくらいわかってる」


不機嫌そうにそう言い放つとアモイは部屋を出ていく。

乱暴に閉められた扉を眺めてドモンはため息を付く。


「やれやれ。何でアイツはいつもカリカリしてるのかねぇ」


「ギルドナイトという肩書に拘りがあるんだろう。

 持ち上げてくれない俺達が気に入らないんだろうさ」


「そんな偉ぶったって何もならないだろうに。わからんな」


やれやれと言った表情でドモンは椅子に座る。

そしてレインを見ると話を続ける。


「ところで、あのナナリーちゃん、旦那はどうするつもりだ」 


「…どうすると言われてもな。まずは身元を調べるんだろう」


「そうだが、その先の話さ。

 記憶が無いのが真実なのか嘘なのかでその先の扱いも違うしな。

 それに、南に流れてくる奴なんて、過去になにかやらかしたり傷を持ってる

 奴ばっかりだ。

 あまり掘り返して欲しくない場合もあるだろ」


ドモンは何か思い出したのか、視線を窓に向けるとポツリと言った。


「旦那もそうじゃないのか」


「…」


レインはその問いに何も答えなかったが、その沈黙は肯定を意味していた。

だが、サルベージャー業を行う者は大抵がそうだ。

一攫千金を狙う者から、何かの事情で北の大陸から逃亡してきた者。

もしくは王国や帝国の間者など。

多くが真っ当の世界で生きられなかった者や素性を明かせない者達が多い。


だから、必要以上に相手の過去を暴かないというのが、サルベージャー同士の

暗黙のルールでもある。

だが、そんな世界でも規律や決まりはある。

犯罪に手を染めた者や今回のナナリーのように保護者がいない者は、ある程度は

過去を探らざるをえない。

仮にナナリーの記憶が失われた原因が、恐ろしい出来事に直面してショックを

受けた事に起因していたら?

彼女の記憶を取り戻そうとする事自体が悲劇を生む可能性もあるのだ。


「ま、連れて来たのは旦那だ。最終的にはあんたが決めないとな。

 何もわからなかった場合は、もう知らんと放り出すか」


「そうは言ってない」


「まあ、それは冗談だ。

 彼女が行く先が無かった場合どうするかは少し考えておいてくれ。

 必要なら協力もする」


「わかった」


「しかし、名前も覚えてないってなると厄介だな」


「…とりあえず、落ち着いたら彼女に食事を出してやってくれ。

 代金は俺が持つ」


「心配しなくてもそのくらいするつもりさ。

 まあ、子供一人の食事代くらい気にすんな。

 正式なあんたの連れという事になったら相談させてくれ」


「助かる。

 普通に食事や生活をしていれば 何かしら思い出すかもしれないし、

 記憶がないのが嘘なら、ポロっと何か話すかもしれない」

 

「そうだな。まあ、まずは優しく接してやるのが良いだろうさ。

 ライラに任せておけば、女同士話が弾んで何か分かるかもしれんしな」


「そうだな。世話は彼女に任せていいか」


「大丈夫だ。

 ライラは出来た奴だ。あれこれ言わなくてもやってくれるだろう。

 …とりあえず今はこんなとこか。

 調査は再申請になりそうだし、まずはゆっくり休んでくれ」


「わかった」


「あ、そうそう、壊れた盾は変わりを見繕っておくよ。

 まあ、こっちはサービスってわけには行かないがな」


「仕事が早くて助かる。お安く頼むよ」


「毎度!」


ドモンはレインに満面の笑みを返した。


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