3-16 差し伸べられた手
~前回までのあらすじ~
ナナリーとカリンを救助したレインは上層へと戻り、仲間と合流を果たす。
カリンは捕らえられた襲撃者達のリーダー、ジャスパーと対面する。
事件の首謀者がカーディフである事に気づいていたカリンにジャスパーは感心し、
事件の背景を語り始める。
そして彼は言う。
どのみち俺達も消されるだろう、と。
周囲の者達はジャスパーの言葉に驚く。
ただ、レインは何かを察した様に一人表情を変えなかった。
「どういう事ですか?
貴方達は信頼されて任務を与えられたわけではないのですか」
ジャスバーは問いかけるカリン。
その問いに答えたのはジャスパーではなく、レインだった。
「良くある話だ。
この男は、暗殺の指示を出した人間の性格をよく知っているのだろう。
だからこう考えている。
任務が成功したとしても、その事実を知っている自分達を生かしておくわけが
ないとな」
ジャスパーはレインを見て薄ら笑いを浮かべる。
「アンタは察しが良いな。その通りだよ。
奴は狡猾だ。
自分の不利になるような情報を持っている人間を、そのままになんてしておく
わけがないのさ。
任務の内容を聞いてしまった時点でお終いだ。
実行しようがしまいが、消されるのは確定なんだよ」
ジャスパーはカリンを見つめて言った。
「分ったかい、姫様。
カーディフってのはそういう人間なんだ」
カリンはその言葉にショックを受ける。
カーディフは仮にも教団の重鎮で、教主候補の一人であり、教団の中でも大きな
影響力を持つ男だ。
そのような男がこんな無慈悲に部下を使い捨てにするとは。
言葉に詰まるカリンを見て、ジャスパーは馬鹿にした表情を浮かべる。
「信じられないかい?
だから姫様って言われるのさ。
アンタは、本当に腹黒い大人ってのを知らなすぎる。
とはいっても、その年じゃ無理もない。
人の悪意って奴を色々見て来ないと分からない話だろうからな」
カリンは返す言葉が無かった。
それは彼の指摘が的確であった事もそうだが、部下を切り捨てるカーディフの
やり方に憤りを感じ、どう答えていいかわからないからでもあった。
「奴は表面を取り繕うのが上手い。余裕が或る時は特にな。
気前もいいし、人の心に入り込むのも上手い。
だがな、アンタが教主に見いだされてから少しずつボロが出始めた。
アンタに教主を搔っ攫われる事が耐えられなかったんだろうな」
カリンは黙ったままジャスパーの話に耳を傾ける。
カーディフは尊大な部分はあれどそれなりに正しく教団を導いている、彼女はそう
思っていた。
だがこれが事実なら、今の彼は自分の願望の為に平気で人を消す事も厭わない人間
になり果てているという事だ。
そして、そうなった理由が自分なのかもしれない。
そう思うと彼女にとっても気分の良い物ではなかった。
彼女は別にカーディフを押しのけて権力の座が欲しいわけではない。
彼女の立場を作ったのはあくまで教主であり、カリンは自分の居場所を守るために
必死にやって来ただけなのだ。
言葉に詰まっているカリンを見て、ジャスパーは言葉を続ける。
「カーディフはな、教主に秘密で色々やってる。
この遺跡探索もそうさ。
元々は奴が自分の利益の為に、秘密裏に調査を進めていたんだよ。
そしてこの遺跡にたまたま二つ目の出入り口がある事が判明したんだ。
俺達はそこから数時間前に入って、アンタ達を待ち伏せしていた。
知らなかったろ、姫様?」
このエリアに別の入り口があるのは、カリンにとっても初耳だった。
「確かに、手際が良すぎるとは思いましたけど…」
戸惑うカリン。
後ろで聞いていたドモンが口を挟む。
「遺跡調査は既に行われていたってのか。
じゃあまさか、外部の協力者を入れた探索ってのは…」
「そうだ。
今回の暗殺の舞台を整える為の方便さ。
遺跡の探索を改めて進めよう、なんて事自体が建前なのさ。
事を大掛かりにして仕事を増やす。
忙しい状況を作り出し、そこの姫様を巻き込んで事故に見せかけて始末する。
それが奴の描いたシナリオさ」
話を聞いていたデリーが疑問を投げかける。
「けど、どうしてそんな回りくどい事をするんでしょうか。
そのカーディフって人はシャルルさんより偉い人なのでしょう?
シャルルさんに難癖付けて追い出せば済むんじゃないですか」
「この教団はな、教主の言葉が全てなんだよ。
教義、そして教主が持つギガンティアから成り立つ組織だからな。
カーディフがどんなに権力を握ろうが、教主がカリン・シャルルを教主候補筆頭
と定めた事に異議を唱えられないし、奴の意向だけでは排除も出来ない。
だから、あくまで事故としてこの娘を消す必要があったのさ。
だが、それも俺達が不甲斐ないせいで失敗したんだがな…」
ジャスパーは周囲を見回すと言った。
「さて、ここまで言えば分かるだろう。
姫様、アンタはもう戻れない。
水面下で事を進めるのはもう無理だろうが、奴ももう後には引けない。
戻った所で奴の手下が待ち構えているだろうよ。
戻って来るのが俺達だろうがアンタ達だろうが、奴にとって同じなんだ。
遺跡の中で秘密裏に始末すればいいだけだからな。
もし無事に地上へ戻って来る事があるのなら、無実の罪を着せる事だって考えて
いるかもしれないさ」
シャスパーから示される最悪の展開。
そう、彼の言う事が真実なのであれば、ナナリー達も何事もなくここから戻る事が
出来ない可能性も高いという事だ。
「待って下さい。
そこまで分かっているなら、何で命令に従ったんですか…?
関わらずに逃げちゃえば良かったじゃないですか。
後ろのお二人も、内容を知らなかったわけじゃないでしょう?」
デリーが悲しそうな表情で叫ぶ。
話を振られ、ずっとそっぽを向いていたラパスがデリーを見た。
そしてポツリと言った。
「俺は… アニキに付いて行くだけだ。
アニキが逃げたくないなら逃げない」
「あっしもです」
スクレも同じように答える。
盲信なのか深い絆があるのか。二人はジャスパーを信頼しているようだった。
ジャスパーは自虐的な笑みを浮かべる。
「逃げ出せば… お尋ね者になるのがオチさ。
ある事ない事罪を着せられ、教団からギルドナイトへ討伐要請も出るだろう。
そうなったら町にも満足に寄れねえ。野良犬の生活だ。
…俺達は、ずっと昔に北から逃げて来てな。
夜もぐっすり眠れない、追われるあの頃の生活にはもう戻りたくねえのさ。
そんな俺の我儘に、こいつらは付き合ってくれたんだよ」
ジャスパーは俯いて小さなため息を付いた。
「…あとは一か八か。
俺の目が曇っている事に賭けるしかなかった。
カーディフがまともな感性を持っていて… 約束を守ってくれる事にな。
まあ、それも失敗した今は確かめようがないがな」
ジャスパーの言葉を聞いた皆は何も言葉を発しなかった。
周囲を重い空気が包む。
「だからよ、姫様… いや、カリン・シャルル。
こいつら二人を何とか逃がしてやっちゃくれねえか。
荷物に紛れさせるでも何でもいい。
俺がひと騒ぎ起こせば、何とかごまかせるチャンスくらいあるだろう。
こんな事頼める立場じゃねえのは分かってる。
でも、こいつらは俺に従っただけだ。悪くねえんだ…」
ジャスパーは遂に本音を話した。
彼が事件の背景をすんなりと話した真の目的は、仲間を何とか助ける為の道筋を
作る事だったのだ。
カリンも彼の気持ちは理解できたが、即答する事は出来なかった。
これから待ち受けているであろうカーディフの策謀に、軽々しく助けられるなど
と答えられる心境ではなかった。
「…おかしいですよ!」
暗い空気を吹き飛ばす様に声を上げた人物がいた。
皆の視線が、その人物に集まる。
言葉を発したのはナナリーだった。
「任務に成功しても失敗しても始末されるなんて…
意味わからないじゃないですか。
そんなの納得出来ないでしょう!」
彼女は速足でジャスパーに近づいていく。
「話を聞いてなかったのか。
納得出来る出来ないの問題じゃねえんだよ」
「違います。
納得できないならそう叫べばいい。
話し合えないなら、態度で示せばいいんです。
最初から諦めて受け入れてどうするんですか!」
話がかみ合わないナナリーとジャスパー。
ジャスパーは近づいて来た少女を見つめる。
今いる周囲の者達の中で最も頼りなく儚げな少女。
そんな彼女を彼は今まで気にも留めていなかった。
そんなナナリーとジャスパーの視線が交錯する。
ナナリーはジャスパーを見つめて語り掛けた。
「…逃げましょう。
逃げればいいじゃないですか。例え追われる事になっても。
今からでも足掻くんです。
今立ち上がらなくてどうするんですか!
歳のせいにして、後ろのお二人も見殺しにするんですか?」
「だから! こうして頼んで…」
「貴方がやらなきゃダメなんです。
後ろのお二人は、貴方を信じて、貴方を頼って付いてきてくれたんでしょう?
お二人の信頼に答えられるのは貴方だけです。
貴方が諦めたら、そのカーディフって人の思うつぼじゃないですか。
そんな物、受け入れちゃダメです。
生きて、逃げおおせて、嵌めた相手を悔しがらせてやりましょうよ。
遠くからお酒でも飲みながら、ざまあみろって叫んでやるんです」
彼女の言葉は、ジャスパーの気持ちなど理解していない空気の読めない発言だった
のかもしれない。
だが不思議と彼の口からは否定の言葉は何も出て来なかった。
ジャスパーは彼女を見て思った。
何も知らない子供だから出来る発言だ。
だが同時にこうも思った。
子供だから…
希望を失っていない子供だから出来る発言だ。
ジャスパーはそれを笑い飛ばせなかった。
最初から諦めていた自分には出せない言葉だったからだ。
ナナリーはそんな彼の目を真っすぐ見据え、手を差し出した。
そして、はっきりとした口調で言った。
「だから、私達と手を組みましょう。
協力して、ここから一緒に脱出するんです!」




