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序章 メセタセントラルの戦い 後編1

~前回のあらすじ~

本編でナナリーが旅立つ10年も前の事。

北の大陸では王国と帝国の戦い「メセタセントラルの戦い」が勃発した。

その中で王国の第二遊撃部隊はたった一機の敵により壊滅的な打撃を受ける。

部下を何とか逃がした隊長サイラスに、帝国の騎士黒騎士が語り掛けて来た。

黒い機体から外部音声が響いた。


「敵から逃げ去るなど、騎士の名が泣く。

 …と言いたいが、ちゃんと状況が良く見えているようだな」


落ち着いた様子の男の声が響く。

突然黒騎士が話しかけてきた事にサイラスは驚きを隠せなかった。

命のやり取りをしている相手が悠長に話しかけてきたのだ。

緊迫していたはずの空気が弛緩する。


しかし、あれだけの激しい立ち回りであったにも関わらず息を切らす様子もない。

その声には余裕すら感じられる。

サイラスはいきなり話しかけて来た黒騎士の意図を読み取ろうと様子を伺う。

その様子を気にする様子も無く黒騎士の言葉が続く。


「貴公が隊長だな。

 劣勢と見るや味方を逃がし、自ら殿を務めるか。

 そう言えば、私の剣をまともに捌いたのは貴公だけだな。

 腕も判断力も中々の物と見える」


サイラスを評価するような物言い。だが、これは皮肉だ。

仮に彼の評価が本心であろうとも、部隊を壊滅させた隊長など笑い者でしかない。


「王国の騎士よ。よければ名を聞かせてもらいたい」


戦いのさ中とは思えない言葉。

それを聞いている内にサイラスは黒騎士の心境を理解した。


奴にとって、この戦いはもう終わっているのだ。

殿を務め対峙している自分などもうついでの余興でしかないのだ。

実際、1対6という圧倒的に不利な状態をこうも簡単に覆している。

あえてハミルトンを追撃をしないのも、もう充分戦果は出たと考えているから

なのかもしれない。

それはつまり、嘗められているのだ。

目の前にいる自分も、退却したハミルトンも、奴にはもはや取るに足らない

存在なのだ。

サイラスは改めて悔しさをかみしめた。彼の心内に怒りが込み上げてくる。


仲間を殺された怒り。

騎士の誇りを侮辱された怒り。

そして、不甲斐ない自分への怒り。


だが受け入れなければならない。

自分は貴族に生まれた者として、国を守る騎士として、その心構えを幼少の時

から叩き込まれてきた。

冷静に冷徹に、王国を守る為の剣となる。

それがギガンティアを託された者の務め。


彼は大きな深呼吸をして思考をリセットする。

怒りなど必要ない。そう、黒騎士が余裕を見せているのは逆に幸運な事だ。

今の状況で一番優先すべき事。

それは味方を無事撤退させる事、そして奴の進撃を遅らせる事だ。

今自分がやるべき事は奴を倒す事ではない。足止めする事だ。


サイラスは操縦席のパネルを弄り、音声を外部モードへ切り替える。

落ち着いた口調で黒騎士へ言葉を送る。


「私は王国軍第二騎士団団長、サイラス・マディソン。

 武勇高い黒騎士殿にお褒めにあずかるとは光栄だ。

 貴公の名もぜひお聞かせ願いたい」


サイラスは皮肉を返すように丁寧に言葉を返した。

黒騎士にそれが伝わったかどうかはわからない。

だが、特に警戒されることもなく黒騎士から言葉が返ってきた。


「王国の旧家、マディソン家の騎士か。

 我はアルダー。

 帝国の特殊部隊シャドウナイツの筆頭騎士。

 姓は捨てた。黒騎士とでも呼んで頂きたい」


(特殊部隊…?)


黒騎士の発した言葉は決して多かったわけではない。

だが、落ち着きを取り戻したサイラスはその言葉だけでいくつか黒騎士の状況を

理解するに至った。


奴は特殊部隊と言った。

つまり黒騎士は我々の様に部隊を組んで戦う騎士ではない。

腕を買われ単騎でかく乱や諜報を行う、言わば隠密部隊に近い存在なのだろう。

奴は「特殊」なのだ。

これは希望的な観測でもあるが、帝国の騎士と言えどこんな規格外の奴らばかり

ではないはずだ。

そして、奴はもう一つ気になる事を言った。


姓は捨てたと。


その事がアルダーという名前とサイラスの記憶を結び付けた。

探りを入れるように彼は言葉を発した。


「黒騎士… その機体の通り名か。

 だが、アルダーという名には聞き覚えがあるな」


沈黙が辺りを包む。

黒騎士は何も答えなかったが、それは今の発言を気にかけているという反応に

他ならなかった。


「…貴公は、元マグニフィカ領の騎士だな」


昔、マグニフィカ領にアルダーという名の騎士がいたと噂を聞いた覚えがある。

実直で地方の騎士の中ではかなり腕の立つ者であると。

地方の騎士は領主によって任命されることが多い。

騎士になれば貴族に準じる扱いを受けることが出来る。

その名誉と権益を守る為、騎士に任じられた家は家名を大事にする者が多い。


その騎士が、姓を捨てた言ったのだ。

それは家を捨てねばならないほどの事情があったという事。

別の姓を名乗らずに捨てたという発言は、本人にとって重大な事情があるのだ。

もしかしたら奴は恥じているのかもしれない。

帝国に寝返った事、王国を捨てたことを。

騎士として忠義を尽くせなかったことを。


揺さぶりを掛ければ何か情報を引き出す事も出来るかもしれない。

それでなくとも、最悪会話で時間を引き延ばせるだけでも良い。

サイラスは言葉を続ける。


「王国の騎士であったなら、なぜ国を裏切った?

 任じられた役目を放棄した事に貴公は恥じる心はないのか!?」


騎士としては至極当たり前の事を言ったつもりだった。

だが、それはサイラスが思った反応と違う形で現れた。


「なぜ…だと」


返って来た黒騎士の言葉は先ほどまでと明らかにトーンが違っていた。

静かに答えるその言葉には明らかに怒りが込められていた。


黒騎士が声を荒げる。


「恥しらずにも、まだ"なぜ"などと聞くのか貴様らは!

 未だにわからぬか!

 なぜ帝国が出来たか。なぜ我らが立ち上がったか。

 その訳すらわからぬと申すか!」


藪蛇だった。

激高する黒騎士にを前に、サイラスは明らかに言葉を間違えたと感じた。

黒騎士が何に激高しているのか、サイラスにも想像は出来た。


帝国が出来た理由。

それは王国の政治の腐敗が原因だ。

中央の政治が乱れ地方に目が届かなくなり、地方の領主の横暴を許すした結果だ。

ギガンティアという力の抑圧をいい事に、重税を課し貴族の贅沢を許し、平民達

から富を搾取したことが主因なのは間違いない。

帝国の誕生は、為政者が責務を果たさない結果だと、奴は言いたいのだ。


それは事実なのかもしれない。それでもサイラスは負けじと声を上げる。


「わからぬとは言っていない!

 だが、領地を簒奪するようなやり方は違うであろう!

 権力を我が物としようという者達に手を貸すのが貴公の正義か?

 国を分断し、いたずらに戦いを増やす行為が正しいのか。

 そう言っているのだ!」


「正義だと… 正義と申したか貴公」


「そうだ。

 そなたも騎士であったならば、間違った領主を導き正すのも役目であろう!」


その問いに黒騎士は即座には答えなかった。


サイラスは感じた。

目の前にいる黒騎士は、権力に目がくらみ反乱を起こした蛮族とは違う。

まともな精神性を持っている。

このような騎士が何故帝国の兵士になったのか。

民衆を虐げる為政者に我慢ならなかった、それだけの理由なのか。

それとも別の理由があるのか。彼はそれを知りたいとも思ったのだ。


「…やったさ。そんな事位はな」


沈黙していた黒騎士がぽつりと漏らす。

激高していた先程までとは違い、言葉には力が入っていなかった。


「領主への諫言や指摘、そんな事はとうにやったさ。

 民に重税を掛け、貴族どもは放蕩三昧。

 果ては直訴に来た領民を処刑するような暴挙を見せられてはな」


さらりと話される地方政治の腐敗の内情。

これだけの言葉で本当の事が伝わるわけではない。

ただ、黒騎士の口調こそがそれが絶望的な事態であった事をサイラスへ伝えた。

黒騎士は淡々と言葉を続ける。


「その結果、私はどうなったと思う?」


サイラスは言葉を返せない。

今こうして黒騎士が帝国に所属している、それこそが全てを物語っているからだ。


「騎士権を剥奪され、妻子は人質。

 その状態で私は反乱鎮圧に向かわされ、戦場で謀殺されそうになったのだ。

 …皇帝陛下に助けて頂かなければ、私は今ここにはおらぬ」


黒騎士の悲痛な声が続く。


「それでもあの時、私は真実を確認するために領地へ戻ったのだ。

 …そして知った。

 私の妻子はとっくに処刑されていた事を。

 私は遠征先で反乱を起こし、討伐された事になっていたからな!」


サイラスは言葉を失う。

政治が乱れている、なんていう生易しいものではない。

人の皮を被った化け物共が、地方では跋扈していたのだ。

奴はその犠牲となった者の一人。そんな者が王国に忠誠を尽くすわけがない。

反乱は、帝国の建国は、起こるべくして起こったのだ。

奴の言った事が事実なら、地方の腐敗を正す事もしなかった我々が何を説いた

所で奴の心に届くわけがない。


棒立ちになっていた黒騎士の機体がゆっくりと動き出す。


「全てを失った私に、陛下と魔女殿は国を正す力を与えて下さった。

 このギガンティア、ブラックダリアを授かり、私は黒騎士となった。

 そして、民を搾取する馬鹿共を共に抹殺したのだ!

 マグニフィカ領を正しき為政者が治める帝国として再生させたのだ!」


黒騎士は勢いよく左手の小剣を振り上げサイラスへ向けた。


「王国の腐敗を放置している貴様らに、愚行に加担している自覚がない貴様らに、

 正義を説く資格なぞあるものか! 恥を知れ!」


怒りだ。

黒騎士が抱えているものは怒りそのものだった。

利用され、切り捨てられた者の怒り。

不当に苦しめられた民の怒り。

そして、腐敗を正そうとしない我らに対する怒り。

この怒りは民の声の代弁だ。


耳が痛い。

剣を向ける黒騎士の姿を直視できず、サイラスは思わず俯いてしまう。


自分とて、今の政治の姿が正しいとは思っていない。

だが、自分は騎士だ。政治を司る者ではない。

国が正しい方向へ向かうのを助け、それを守る事しかできないのだ。

いや、それすら出来ていないのかもしれない。

黒騎士の様に、主君を諫めることもせず、こうして国を守る戦いでも劣勢を

強いられている。


彼は顔を上げるとゆっくりと機体を動かし始める。


「…貴公の言い分も怒りも最もだ。王国貴族の末席としてそれは詫びよう。

 詫びたとてどうなる事でもあるまいが」


「そうだ。全ては過ぎ去った事。謝罪などに意味はない。

 私自身そんなものを求めてもいない。

 だがな、貴様と言葉を交わし良く分かったわ。

 踏みつけられた者の怒りを! 叫びを! 

 貴様ら貴族は聞く耳など持ってはいないのだ!」


黒騎士がサイラスへ向けていた剣を降ろし、切り込む態勢を取る。

それに合わせるようにサイラスの機体も盾を前に構え、迎撃の姿勢を取る。


「全ては民の為!

 正しい為政をする帝国を、やっと手に入れた民の安寧を、貴様らが脅かす

 というのであれば私が抹殺する!

 それが私の正義である!」


黒騎士が全力で向かってきた。

すさまじい足さばきで間合いを侵略し、左手に握られた小剣を突き出す。

サイラスは半壊した盾でそれを何とか捌く。


「たとえ貴公が正しくとも! それでもお前達帝国を認めるわけには行かん!」


サイラスが右手の長剣を繰り出す。

黒騎士は素早く小剣でそれを受け流す。

サイラスは横薙ぎ、突きと連続攻撃を繰り出すが、黒騎士の小剣の防御は

鉄壁だった。


「認められぬだと! 正しい為政をすることの何が間違っているというのだ!」


黒騎士が叫び、小剣による連続突きを繰り出す。

サイラスは動きに合わせてそれを盾で受け流す。

防御に集中することで、相手の素早い動きに対応する。


戦える。サイラスはそう感じた。

黒騎士は強い。圧倒的な技量の差を感じるのも確かだ。

しかし奇襲時の乱戦ではなく、正攻法の斬りあいならはこちらに分がある。

その理由は、黒騎士の装備にある。


黒騎士の武装は、巨大刀剣と小剣の二刀流。防御を捨てた超攻撃的な装備だ。

相手を一撃で切り裂く巨大刀剣は脅威だが、そもそもこの巨大武器は複数を

相手にすることを想定している。

広い間合いと一撃必殺の威力を見せつけ、相手に間合いに入る事を躊躇させる。

これにより簡単に包囲される事を防いでもいるのだ。


そして巨大刀剣の弱点はその扱いづらさにある。

ギガンティアの圧倒的パワーでそれを振り回したとしても、物理的重量により

どうしても隙が生まれ、相手に的確に当てることも難しい。

一対一でそれを当てるには的確なタイミングを図らなければならない。


黒騎士はその必殺の一撃を繰り出すまでに、左手の小剣だけで攻撃と防御の両方を

こなさなければならない。

正面からの斬りあいになれば、手数と動きやすさではこちらが有利になる。

とにかく相手の巨大刀剣のタイミングにさえ注意すれば戦いを有利に進めることも

出来るはずだ。


サイラスは黒騎士の突きに自らの剣を合わせ捌く。

食らいつくことは出来ている。

彼は、かく乱とそして自らの矜持の為にも黒騎士の言葉に抗う。


「そうではない!

 力で領地を簒奪した帝国を認めるわけには行かないと言っているのだ!

 力を是とした者は、志が曇れば腐敗する。同じことを繰り返すだけだ!」


サイラスは盾を構え、力を込めた横薙ぎを放つ。

黒騎士は予想していたかのような足さばきでそれを躱す。


「王国とて始まりは同じであろうが! 何が違う!」


「だからだ!

 力による破壊と再生を未来永劫続けるわけには行かんのだ。

 簒奪者を正義とすることはもう終わりにしなければならん!」


黒騎士が鋭い突きで再び間合いを詰める。


「ならば、貴様が今すぐ王国の腐敗を正して見せろ!

 それが出来ぬのであれば、その言葉に意味などない!」


サイラスはそれを何とか盾で受け流す。

度重なる剣撃が盾の表面を削り取っていく。


「政を正すには時間がいる。それを急げは貴様らのようになる!

 それでは駄目なのだ!」


サイラスは盾で相手の死角になっているであろう下側から剣を振り上げた。

それも黒騎士はすんでで躱してしまう。

直前でスラスターを吹かし、まるで木の葉のように回転して間合いを取る。

そして着地すると、すぐさま連続突きを出し間合いを詰める。

サイラスは盾と剣両方を使って何とか突きを捌く。


「ならばどうする! 寝て待つか? 民の悲鳴を聞きながら」


「王族の中にも聡明な方はいる。その方が為政者になれば風向きは変わる。

 私はそれを信じている!」


「その間に踏みにじられる民の気持ちが分からぬか!

 信じるだけで国が変わるならとっくに変わっておるわ!」


激しく切りあっていた二機は飛びのき、距離を取る。

黒騎士は構えを解くと今まで担いでいた巨大刀剣を振り降ろす。


「やはり貴公、剣の腕は素晴らしいな。

 だが問答もいささか飽きた。そろそろ終わらせるとしよう」


黒騎士は左の小剣も振り下ろすと構えを解き、腰を屈めて突撃する体勢を取る。

それをモニター越しに見つめるサイラスの額に汗が走る。

黒騎士は次の一撃で確実に決める気なのだろう。

だが、決死の一撃であるあの刀剣を振り下ろせば必ず隙が出来る。

それを見極められれば勝機はある。


機体の防御力にそこまで差があるわけではないはずだ。

奴の体を捉えることさえ出来れば、勝利を手にすることは出来るのだ。

サイラスは再び深呼吸をし、黒騎士の出方を窺う。

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