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第三章 フォルトワースの悪魔  3-5 それぞれの夜

~前回のあらすじ~

レインのフリージアと対峙するケアンズのベイラム。

一進一退の斬り合いが始まるが、ケアンズはレインの策に嵌り、機体の右腕を

切り裂かれてしまう。

キャリアーも捕捉され、危機に陥る王国軍特務隊だったが、デリーがワーカー

で飛び出し、レインへケアンズ達を見逃すよう懇願する。

結果彼らは九死に一生を得たが、再び作戦失敗の苦渋を舐める事になった。

一方、ナナリー達は無事王国軍特務隊の攻撃を逃れ、デリーと合流していた。

「本当に! 申し訳ありません!」


荒野にカトレア・デリーの声が響く。

彼女は正座し、両手をついて地面に頭を擦り付けている。

それはもう見事な土下座だった。

キャリアーの薄暗いライトに照らされる中、彼女の前に立つドモンは困惑した表情

を浮かべていた。


「もう止してくれ。

 あんたがいなくても、どうせ奴らはこっちを調べに来たさ。

 誰も犠牲にならなかったんだし、もう済んだ事だ。

 あんたも無事で良かったじゃないか」


デリーはドモンを見上げて言う。


「それだけじゃないんです…

 レインさんにあの人達を助けるように頼んだんです。

 また追いかけられるかもしれないんです。

 きっとまた迷惑を… ごめんなさいっ!」


デリーは再び地面に額を擦り付ける。


「旦那にそんな事頼んだのか… で、旦那は何て言った」


デリーは恐る恐る頭を上げた。


「…悪いようにはしない、って言ってました」


ドモンはため息を付きながら言う。


「それで旦那が奴らを見逃したのなら、それは旦那の判断だろう。

 あんたのせいじゃない」


「でも…」


「じゃあ、あんたは何でそんな事を頼んだ?

 奴らを助けたい理由があったから、旦那にそう言ったんだろう」


「それは、そうなんですけど…」


「なら、あんたはするべき事をした。それでいいじゃねえか」


「ドモンさん…」


少し離れて様子を見ていたナナリーとライラ。

ライラはデリーに聞こえるよう少し大きな声で言う。


「あいつらギガンティアで攻めて来たんだ。

 なら返り討ちにされたって文句はないだろ。

 でもな、あたしらは別に人に死んでもらいたいわけじゃないよ。

 なあ、ナナリー?」


ライラは澄ました顔で隣のナナリーに視線を送る。

話を振られたナナリーは頷きながら答える。


「誰も亡くならないのなら、私もそれが一番良いと思います」


二人の言葉を聞いてデリーの目が潤む。


「うう… なんで皆そんなに優しいんですか…」


「ほら、キリがないからそろそろ立ちな」


ドモンがデリーの手を引いて無理やり立たせる。


その時、大きな風音が彼らの上を過ぎる。

レインのフリージアだった。

レインは荒野の岩山の傍に僅かにある森の傍に、停泊しているキャリアーのライト

を見つけると機体を少し離れた所に着地させる。


「お、噂をすれば、旦那のご帰還だ」


ドモンがフリージアに駆け寄って行くと、ナナリーとライラもそれに続く。

デリーは少し戸惑いながらもそれを追いかける。


「皆、無事だな」


機体を降りたレインの第一声。

レインは三人を見回し、変わりの無い事を確認する。

ライラは一歩前に出て胸を張って言う。


「心配ご無用。

 ちゃんと敵を足止めして、おやじとナナリーには指一本触れさせなかったぜ」


「ああ、お前のお陰でキャリアーがすぐ安全圏まで離脱出来たのは見ていた。

 お陰で俺も遠慮なく敵を攻められた」


ライラを手放しで褒めるレイン。

ライラも満更でもなさそうな笑顔を浮かべる。

そのやりとりを笑顔で見ていたナナリーだったが、ふと、レインの顔色が余り

良くない事に気づく。

彼女はレインを心配して声を掛ける。


「レインさん、何だか顔色が悪いみたいですけど…」


「ああ、大丈夫だ。

 ただ、飛行機能を使い過ぎてな。正直、もう体力がな…」


「そんな、早く休んで下さい!」


「旦那、無茶すんなよ」


ナナリーとライラが心配して駆け寄る。


「少し休ませてもらう。

 その前にドモン、敵の事なんだが…」


「見逃したんだろう?

 彼女から聞いたよ。別に構わないさ」


「…すまない。

 奴らも手負いだ。しばらくは仕掛けてこないだろう」


「旦那のお陰で全員無事だったんだ。文句なんてあるもんかよ。

 いいから早く休んでくれ」


ライラはレインに近寄るとその手を取り肩を貸す。

レインは少し驚いた顔をしたが、目を閉じると言った。


「すまない。助かる」


「いいさ。…あたしらを守ってくれて、ありがとな」


そう言うと二人はキャリアーへ歩き出す。

ナナリーも駆け出して二人を追うと並んで歩き出した。


その様子を微笑ましく眺めていたデリー。

ドモンはそんな彼女に声を掛ける。


「さて、俺らも戻るとしようか」


デリーは優しく声を掛けて来たドモンを見て戸惑う。


「…あたしも、一緒に行っていいんですか…?」


「あんたは娘の恩人さ。何を遠慮する事がある。

 むしろ、助けられないかもなんて言った俺の方が問題さ」


「そんな事…」


「じゃあ、もうこの話はやめようや。

 道中、知り合いが合流したんだ。

 同じ釜の飯を食うくらい、何も遠慮する事はないさ」


「ドモンさん…」


「どうせなら食事の準備を手伝ってくれ。

 再会と無事を祝って、もっと豪勢にしたいからな」


ドモンの言葉にデリーの表情が笑顔になって行く。


「はい! お手伝いします!」


デリーは元気に返事をするとドモンと共にキャリアーへ向かって歩き出す。


何とか難を逃れたナナリー達は、中断していた夕食の準備に取り掛かる。

その横でレインは泥の様に眠った。



小一時間経った頃、レインは目を覚ました。

仮眠していた長椅子の傍で彼を覗き込むナナリーの姿があった。


「お目覚めですか? 調子はどうですか?」


「ああ、かなり良くなった。

 元々疲労していただけだからな」


「良かった。顔色も随分良くなりましたよ。

 ごはん食べれます?」


「ああ、むしろ腹が空いてしょうがないな。

 何か残っていたら用意してくれないか」


「じゃあ、すぐ行きましょう」


ナナリーはレインの手を引いてキャリアーを出る。

そこには、コンテナから運び出した机の上に料理が用意されていた。

ナナリーとレインが出て来たのを見ると、ドモン達三人が手を振る。


「お~旦那、目が覚めたか。

 料理が冷める前に起きて来てくれて良かったよ」


「さあ、旦那、ナナリー、座ってくれ」


ライラが二人を長椅子へ誘導する。

デリーは大きな鍋からスープを取り分ける。


「町ももう近いですから、食材ふんだんに使って作りましたよ!」


料理が楽しかったのか、デリーは上機嫌だった。

よく見ると、テーブルの料理は殆ど手を付けられていなかった。


「…もしかして、俺を待っていてくれたのか」


そう言ったレインに皆がほほ笑んで答える。


「そりゃあ、一番の功労者が仲間外れじゃ悲しいじゃねえか。

 少しくらい待つさ。

 旦那が朝まで寝てるようなら諦めようって話はしてたがな」


「よく言うよ。つまみは少し食ってたくせに」


「そこは黙っててくれよ…」


バツの悪そうなドモンを皆が笑う。

レインはその光景を見つめていた。

そしてそっと目を閉じるとぽつりと呟いた。


「…ありがとう」


それは小さな声だった。

ドモン達三人は気づかず、聞こえていたのは隣に居るナナリーだけだった。

ナナリーはそんなレインの横顔を見て嬉しそうに笑った。


「さて、皆がそろった所で… 無事を祝って、乾杯!」


ドモンが音頭を取り、彼らは嬉しそうにグラスを掲る。

その後、彼らは他愛もない話を交わながら温かい食卓を囲んだ。



一方、ナナリー達のいる所からかなり離れた北の荒野。

ここには二台のキャリアーが止まっていた。

敗走したケアンズ率いる王国軍の特務隊だった。


キャリアー001にクルーが集まり、作戦会議と言う名の反省会が開かれていた。

彼らは作戦失敗に加え、敵に情けをかけられ生還するという結果に意気消沈し

ていた。


「皆、すまん」


開口一番、ケアンズは集まったクルーに対し、頭を下げた。


「相手の戦力を見誤った俺のミスだ。

 キャリアーに敵を近づけ、場合によっては全滅していたかもしれん。

 皆、本当に済まない」


頭を下げるケアンズをパトナが制する。


「待って下さい、通常であればあの対応でも問題なかったはずです。

 ただ、あの飛べる機体の接近速度が速すぎただけです。

 それに、二機目の出現も…」


ハミルトンもパトナの言葉に同調して発言する。


「その通りです。二機目は想定外です。

 あのサイズのキャリアーなら敵は一機だけと判断してもおかしくありません。

 それなら、あのタイミングで攻撃は間違っていません」


ハミルトンの横にいた整備士のナイルが手を上げて発言する。


「同乗していたカトレア・デリーを出撃させたのは私です。

 思惑がどうであれ、彼女はキャリアーを停止させました。

 キャリアーが人質に取られた件は、私に責任があります」


皆、言っていることは間違いではない。

そして皆悔しさはあるのだろう。

だからこそ、それを誰かに押し付けるのも間違っている。

彼らはそう思っているのだ。


周りを見回してパトナが再度口を開く。


「隊長、ここで責任について話すのは無意味です。

 今回はイレギュラーが多すぎました」


ケアンズは顔を上げる。


「そうかもしれん。

 だが、私の我儘に付き合ってくれた皆を危険に晒した事は謝らせてくれ」


「隊長を責める者などこの場にはいませんよ。

 皆、志願してここにいるのです」


ケアンズを囲むクルー達は皆次々に頷く。


「…ありがとう。皆、感謝する」


ケアンズはクルーを見回すと再び軽く頭を下げた。


「なら現実を受け止め、気持ちを切り替えるとしよう。

 …ナイル、機体の修理はどのくらいかかる?」


「数日もあれば。

 ただ、積んでいるパーツは多くありませんので、同じ個所を壊されたらどこかで

 補給しないと持ちません。

 斬り飛ばされた腕とかを回収できればいいんですが」


「そうだな。

 まずはパーツ回収に向かおう。

 恐らく敵はあの場所には戻って来ないだろうからな」


それを聞いたハミルトンが尋ねる。


「修理が済んだ後はどうします? また追跡して仕掛けますか」


ハミルトンの言葉に、ケアンズは首を横に振った。


「いや、止めておこう。

 敵の機体が二機になった時点で戦力的優位は無くなった。

 あの鳥野郎は厄介だし、赤い奴の詳細もわからない。

 敵の戦力が未知数すぎる」


パトナはその言葉に頷く。


「おっしゃる通りです。

 残念ですが、このまま無策で攻めても良い結果は得られないでしょう」


ケアンズはパトナの言葉に頷くと周りを見回して言った。


「幸いにも敵の足取りはつかめた。

 最低限の目標は達成されていると言えるだろう。

 今後は奴らとの交戦域に入らず追跡を続けよう。

 そして、町を経由しつつ工作員に情報を託し、本隊へ送ってもらうんだ。

 我々の位置と状況が本隊に伝われば、援軍が来るかもしれない」


それを聞いてパトナとハミルトンはどちらも難しい顔をする。


「ベルギア卿が積極的に動いてくれますかね…」


「あの方では正直、期待は薄いですが…

 今回の命令を下した上が動いてくれればあるいは」


ケアンズは二人の懸念に相槌を打ちつつ、クルーへ話を続けた。


「元々、相手を追跡するという条件で今回の任務に就かせてもらっている。

 閣下がそれを正しく理解してくれているなら援軍は来るだろう。

 だから今後は追跡に専念する事にする。

 援軍が来ることを想定し、これ以上戦力を失わない事を優先としよう」


話を聞いていたクルー達は頷く。


「では今後の方針だ。

 部隊を二つに分け、追跡とパーツ回収を別個に行う。

 ナッシュの町周辺で合流する。

 そのまま町で補給や情報収集を行う予定だが、目標がナッシュのガレージに

 停泊していた場合は鉢合わせ無い様に町には入らないようにする。 

 その後は奴らの動向次第になる。

 以上だ。

 他に何かなければ、明日から行動を開始する」


示された方針に特に異を唱える者もいなかった。

ケアンズはクルーを見回して言った。


「では解散だ。皆、まずはゆっくり休んでくれ」


会は終わり、皆持ち場へ戻って行く。

簡単な食事を取る者、疲れて眠りこける者、戦いの後始末をする者。

それぞれではあったが、皆どこかで生き残ったという実感をかみしめていた。


夜は更けクルーの大半が寝静まった頃、ケアンズは警戒の為索敵シートに座り、

夜空を眺めていた。


「隊長」


ケアンズが声に振り向くと、後ろで手を組んだパトナが立っていた。

ケアンズは視線を夜空に戻すと言った。


「おとなしく寝ておけ。

 後で見張りを代わってもらえなくなるだろうが」


「すみません、ちょっと寝付けなくて」


そう言ってパトナは隣の操縦席へ座る。

パトナはなんだか浮かない顔をしていた。

ケアンズはなんとなく彼女の心境を察したが、何も言わなかった。

それに気づいているのかいないのか、パトナは呟くように言った。


「情けないですよね。慣れたと思っていたのに。

 安心して、緊張が解けたらこれです」


パトナは隠していた右手を出して見つめる。

その手はかすかに震えていた。


彼女はケアンズの代わりにキャリアーを上手く指揮してくれていた。

だが今回の戦いでは敵に捕捉され、命の危機を覚悟するまでに陥った。

前回もそうだ。

あのレイン・アシュランドと対峙し、剣技で追い詰められ、あわや打ち取ら

れる寸前までになった。

彼女は二度の戦闘のどちらでも死に直面していたのだ。


戦う者が恐怖に震えていては話にならない。

だが、死に恐怖する事は人として当たり前だ。

ケアンズは空を眺めながら言う。


「…死にかけても何も感じない奴なんて、感情が壊れてるだけさ。

 そんな奴はすぐ死ぬ。

 自分が死んだら味方が困る、そんな事が分からない奴は部下にはいらん。

 お前は正常だ」


「でも、騎士としては失格です」


「失格か…

 そうやって鼓舞して守って… 名誉とか、誇りとか、騎士らしくとか。

 それって何なんだろうな」


「隊長…?」


「何だかわからなくなっちまってな…

 俺だって、今回の遠征で家の為に久々に手柄を立てよう、そう思ってたさ。

 だが、今回キャリアーを人質に取られた時思ったのさ。

 危機に陥っているのは自分じゃない。

 自分を信じてついて来てくれた部下達を危険に晒してまで、得ようとしてる

 ものって何なんだろうってな」


「それは少し違います。

 皆、志願してここまで来ました。自分の為に戦っているのです」


「そう言うと聞こえは良いがな。

 お前は、家の為じゃないのか?」


「…そうとも、言えますね…」


「それだよ。

 王国じゃ未だに、名誉だの誇りだの、そんな形の無い物が幅を利かせてる。

 帝国とかの話を聞いていると、時代遅れなんだろうなって思うよ。

 下手すりゃこの南に住んでいる奴らよりもな」


「そうかもしれません。

 それでも我々は騎士で、貴族の末席に属する者です。

 そういった形式ばった物に縛られる存在です。

 それがお嫌なら、サルベージャーにでもなりますか」


パトナの意外な問いに、ケアンズは夜空を見つめたままぽつりと言った。


「次失敗したら、それもいいかもしれないな…」


ケアンズの弱気な言葉。

そんなケアンズの横顔を見つめながら、パトナは優しい顔になると言った。


「…では、その時は私もお供しましょう」


真面目なパトナから返って来た思いがけない言葉。

ケアンズはクスリと笑いながら言う。


「冗談だ。

 お前まで行方をくらましたら、皆はどうする」


「その時はハミルトンにまかせましょう」


パトナはおどけた調子で言う。

ケアンズは呆れた顔でそれを見つめた。


「上司がとんずらした部隊を率いて戻るハミルトンを想像してやれ。

 奴の胃に穴が開くぞ…」


「冗談ですよ。

 私だって家を捨てる気はありませんよ。

 ただ、任務を失敗して戻って来た娘をあの父がどう思うかはわかりませんが」


「あの厳格な父君か…

 そうなったら、お前の胃にも穴が開きそうだな」


「まあ、一度や二度失敗しただけで見限られるのであれば、そんな家は自分から

 願い下げです。

 そんなに手柄を上げたいのであれば、父も自分でやれば良いのです。

 碌に戦いもせずに騎士を引退して私に押し付けたくせに」

 

「…お前にも色々あるんだな」


「そうです。色々あるのです。

 だがら隊長には頑張って頂かないと」


パトナはほほ笑みながらケアンズを見つめる。

彼女の笑顔を見ながら、ケアンズは思う。


昔からそうだ。

自分が折れそうになった時、いつもパトナに言いくるめられて来た気がする。

自分が道を逸れそうになると、この女は自分のケツを叩いて元に戻すのだ。

正直、騎士に向いていない自分を騎士たらしめて来たのはこの女だ。


「わかったよ。やれるだけやってみるさ。

 だが、だからこそ次は慎重に行かんとな」


「微力ながらお手伝いします。隊長」


「ああ、当てにしている」


ケアンズはパトナに向かってほほ笑むと、また空を見つめた。

二人はしばらく黙ったまま夜空を見上げていた。



彼らは騎士だ。家は貴族でもある。

裕福で恵まれている分、彼らを縛る物も多い。

それでも、迷いながらも進むしかないのだ。


たとえ、その先に待っている物が深く暗い闇であったとしても。

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