第二章 ダレスと古の記憶 2-8 夜話
~前回のあらすじ~
ダレスで出会ったランスという男は、ライラの両親の仇であるデンバーだった。
追い詰められた彼は、ライラの父から奪ったエル・ギガンティアを起動させたが、
レインとギルドナイトによりあっけなく倒され、拘束された。
ライラはデンバーを力の限り殴りつけ、けじめをつけさせる。
彼女の過去の悪夢はようやく清算されたのだった。
デンバーが逮捕されてから数日後。
ナナリー達はまだダレスに滞在していた。
デンバーの逮捕に参加した為、色々と後始末があったのだ。
そんなある日。
ライラはダレスのギルドナイト支部へ呼び出された。
そして、父の形見となった例の指輪を返却されたのだ。
エル・ギガンティア、スカーレットセージのアーティファクト。
それが遂に彼女の元へ戻って来たのだ
この世界では現代社会の様な長く緻密な裁判などない。
捕まった人間の罪状とか証拠がはっきりしていれば、そのまま監獄行きである。
デンバーの過去の罪状の確認は済んだ為、指輪は早々に持ち主の娘であるライラ
の元へ返却されたのだ。
ただ、逮捕されたデンバーとその仲間達は、別の罪状である拉致に関する取り
調べがある為、未だにギルド支部で絞られているらしかった。
その夜。
ライラは宿のベッドの上に座り、指輪を眺めていた。
父が偶然手に入れ、そして不幸をもたらしてしまった指輪。
それを掌の上で弄びながら彼女は今回の騒動を思い出していた。
ライラは町でランスに出会い、その声を聞いた時にあの悪夢を思い出した。
彼が両親を殺害した犯人であると直感した。
そして彼を観察し、あの指輪を確認する事でランスをデンバーであると確信した。
何より彼からは不穏な空気を感じた。
不審者をわざと見逃す行動などから、デンバーは未だに真っ当に生きていないの
だと悟った。
ライラにとって、仇討ちはとっくに捨て去った感情だった。
だが目の前に犯人がいるのならば、けじめは付けさせたいと思う気持ちはあった。
ただ、どうするべきなのか、彼女は迷っていた。
もし自分の直感や観察が間違っていて、奴の罪の証拠を掴む事が出来なかったら。
そうなれば騒ぎ立てても意味はなく、皆に迷惑をかける事になる。
彼女はどうしてもデンバー自身に罪を認めさせる必要があったのだ。
それには奴と一対一で話すしかない。
自分と奴だけがいる場所で二人しか知らない情報を出し、揺さぶるしかない。
そう思ったのだ。
勿論それには危険が伴う。
追い詰められたデンバーがあの指輪を使う事になれば、町を巻き込みかねない。
そう悩んでいた時に、ナナリーは言った。
一人で悩まないで、と。
あの言葉がライラに決断する勇気をくれた。
ライラはナナリーに全てを打ち明けた。
そして、ナナリーはレインとドモンにも助力を乞うべきだと言った。
ライラはその夜、ドモンとレインにも相談をした。
親の仇であるデンバーを見つけた事。
そして彼が恐らく今も悪事に手を染めているであろう事。
その証拠を掴む為に一対一で話をしたい事。
ドモンは最初反対をした。
娘に危ない真似をさせられないからだ。
一歩間違えば命すら危うくなる可能性もある。
ナナリーはレインから預かった短剣の事を二人に話し、自分が同行してライラを
守ると提案した。
ナナリーはライラの手助けをしたい、その気持ちが強かったからだ。
そして、それを聞いたレインは別の案を出した。
その内容は、ギルドナイトをも巻き込み、総力を挙げて奴を追い込むというもの
だった。
翌日、四人はダレスのギルドナイト隊長である、ヴォルガと面会した。
レインとドモンは捕らえた盗賊の件で彼に何度か会っていた。
ヴォルガは信用できる人物だと見ていたのだ。
彼らはヴォルガに経緯を説明した。
ライラが奴と対話をするつもりである事も全て。
町の行方不明事件を調べ始めていたギルドナイトにとって、この話は渡りに船
だったのだ。
ヴォルガはライラの申し出に全面的に協力する事にした。
彼女の意向も汲み取り、一対一で話せる状態を作り出す事にも賛成した。
近距離であれば無線で会話を傍受する事も可能な為、奴が口を滑らせれば証拠
をバッチリつかむ事も出来る。
同行するナナリーがマイクを持ち込んで会話を傍受する役目を負う事になった。
ヴォルガにとってはこれは賭けでもあった。
一つ間違えれば民間人を危険に巻き込むどころか、町をも危険にさらす事になる。
だが彼女の推測が正しければ、未解決の事件を一気に解決出来るかもしれない。
ヴォルガは作戦の実行に当たって、ライラにいくつか助言を与えた。
奴が会う日時を指定して来た事は、拉致を実行する為である可能性が高い事。
それを防ぐ為、小屋で出される物を一切口にしない事。
くれぐれも危険と感じたら途中でも逃げ出す事。
こうして彼は、ギルドナイトの多くを動員しデンバーの逮捕を決行したのだ。
ヴォルガ達ギルドナイトは、ライラ達が小屋へ入った後に周辺を大捜索し、近く
に待機していたデンバーの仲間を確保する事に成功した。
現在のデンバーの罪も確定的となり、予定通り小屋を包囲したのである。
ヴォルガは、万が一エル・ギガンティアを使われた時の為、ギガンティアを二機
待機させると共に、レインにも協力を要請する事で不測の事態に備えた。
こうした一連の流れの予定は、ライラ達にも事前に伝えられていた。
ライラがデンバーと小屋で対峙した時の会話の内容は、こうした経緯が反映され
ていたものだったのだ。
そして大捕り物は実行され、その結果は皆が知る所である。
(色々あったな…)
ライラは感傷に浸りながらも指輪を見つめる。
皆が協力してくれたからこそ、この指輪は今自分の手元にあるのだ。
ナナリーやレイン、ドモンならいざ知らず、見ず知らずのダレスのギルドナイト
達が自分の気持ちを汲んでくれた事は、彼女にとってとても嬉しい出来事だった。
そこへシャワーを浴び終えたナナリーが部屋に戻って来た。
どことなくぼんやりと指輪を眺めるライラ。
ナナリーはその隣に座った。
「お父さんの形見、やっと戻ってきましたね」
「うん。
でも形見と言うより、こいつは両親を不幸にした厄介者なんだけどね」
ライラの声はどことなく寂しげだった。
ナナリーは天井のライトを見上げながら優しい声で言った。
「そうかもしれません。
でも、ギガンティアはあくまで道具です。
貴方がそれを正しく使えば、その子も人の助けになれます。
使い方次第です」
「そっか。そうだね。
なんかここ最近、ナナリーに諭されてばっかりだな。
お姉さん失格かな」
ライラは少し自虐的に笑う。
ナナリーはそれを見て、場を和ませようとわざと偉そうに胸を張った。
「えへん、私だって成長しているんです」
「生意気だぞ! うりうり」
ライラは笑顔になると、乱暴にナナリーの頭を撫で回した。
ナナリーも笑いながらそれに抵抗する。
彼女は乱れた髪を直すとライラを見つめた。
「でも私、少し心配だったんです。
仇を目の前にして、ライラさんは冷静でいられるのかなって。
大事な人を奪われた恨みなんて、私には想像もつきませんでしたから」
「ああ、それは大丈夫だったよ。
おやじが昔、諭してくれたからな」
「ドモンさんが…」
ライラは昔を懐かしむように優しい声で話し始めた。
「おやじに引き取られた頃、最初は両親がいなくなった事が信じられなくて、
悲しくて悲しくてしょうがなかった。
でもしばらくすると、それは奴への恨みに変わった。
見つけ出していつか仇をとってやる。そう思ってたんだ。
おやじはさ、そんなあたしの事を見透かしていたんだろうな。
ある時言ったんだ。
犯人が憎いかって。
あたしは、憎いって答えたさ。
そしたらおやじはこう言ったんだ。
目の前にいないクズ野郎の事で頭をいっぱいにするな。
奴なんてどうせ碌な死に方しない。
そんな事より今晩食う美味い飯の事でも考えろ、ってな。
あたしはさ、なんて酷い事言うんだと思ったよ。
人の気持ちなんて全然わかってないって。
けどさ、おやじと一緒に飯を食って笑った時に思ったんだよ。
その通りだなって。
目の前にない事で気持ちを真っ黒にしていても、何もならないんだって。
だから、その時捨てたんだ、仇討ちの事は。
もし目の前に出て来たらぶん殴ってやろう。それでいいやって。
そう思ったら、急に心が軽くなってさ。
それから毎日楽しく暮らしたよ」
ライラは笑っていた。
辛い過去も、彼女にとっては既に思い出の一つに過ぎないのだろう。
強い人なんだな、とナナリーは思った。
「後で知ったんだけどさ。
おやじも奥さんと娘さんを亡くしているんだよ。
そんな人が言う言葉だったんだもんな。説得力があるわけだよ」
「ドモンさんも…」
「だからおやじはさ、不幸な目に会った人とか、身寄りのない人とか、
放っておけないんだよ」
「ドモンさん、やさしいですもんね」
「誤解されやすいけどな」
ライラとナナリーは顔を見合わせて笑った。
そして、二人は他愛もない話を続ける。
その日の二人の夜話は、夜遅くまで続いた。
その日、ライラは眠りにつく前、ふとあの悪夢の事を思い出した。
再びあの夢を見たらどうなるだろう。
また暗闇に怯えるのだろうか。
だがライラはこう思った。
今度見る事があったら感謝の言葉を言ってやろう。
暗闇の中から叫んでやろう。
事件解決の鍵となったあの声を、
忘れさせないでくれてありがとう、と。




