第二章 ダレスと古の記憶 2-5 過去の罪は不敵に笑う
~前回のあらすじ~
ダレスの町でランスと名乗る男に出会ったライラとナナリー。
ナナリーはライラがランスに密かに敵意を抱いていることに気づく。
ランスが危険人物だと認識したナナリーは、ライラの真意を問いただす。
ナナリーがライラの真意を問いただそうとした、あの夕暮れの日から二日。
ライラとナナリーは、約束通り再びランスの詰め所を訪れていた。
「いらっしゃい、二人共」
ランスはにこやかに二人を出迎え、小屋の中へ招き入れた。
彼女達が中に入ると、彼は申し訳なさそうに言った。
「食事だけどね、予約していた店がいい時間で取れなくて。
だがら申し訳ないけど、ここで少し時間を潰してからでいいかな」
彼女達は気にする様子も無く言葉を返す。
「連れて行ってもらうんだ。その位構わないよ」
「大丈夫です」
「じゃあ、お茶でも淹れようか」
二人は頷き、テーブルに着く。
ランスは前と同じように紅茶を淹れて二人に差し出す。
そしてライラとランスは前と同じように他愛もない話を始めた。
会話は弾み二十分ほど経過した頃、ランスはテーブルに置かれているカップを見て
不思議そうに尋ねる。
二人共紅茶に手を付けていない事に気づいたからだ。
「お茶、飲まないのかい? 冷めてしまうよ」
すると話題を遮る様にナナリーが手を上げ、申し訳なさそうにランスを見つめた。
「あの、すみません。
おトイレをお借りしたいのですが…」
「あ、ああ構わないよ。そこの通路の先だ」
恥ずかしそうに言う彼女に、ランスは立ち上がると部屋奥へ繋がる通路を差す。
通路の先には寝室と手洗い所がある。
「失礼します」
ナナリーは席を立つと通路の奥へ消えていく。
部屋にはライラとランスの二人が残された。
ランスは再び椅子に座るとライラに言った。
「ナナリーさんが戻ってきたら、お茶を入れ直そうか」
そう言って彼女に視線を送ったランスは、何か違和感の様な物を感じた。
先程まで気さくに話していた彼女と何か雰囲気が違う。
不思議そうに彼女を見つめるランスに、ライラがポツリと言う。
「なあ」
たった一言だったが、やはり今までと何かが違う。
彼女は挑戦的な目つきでランスを見つめる。
「あたしらがお茶を飲まないと、何か不都合でもあるのかい」
ピクリとランスが反応する。
何故かお茶にケチをつけ始めた彼女に、彼は少し戸惑いながら答える。
「そんな事は無いよ。
でも、しゃべり通しで疲れただろう?」
ランスはライラの顔色を窺う。
彼女はランスの目をじっと見つめながら言う。
「大丈夫だよ。
話はこれからが本番だから。疲れたなんて言ってられないさ」
意味深な言い方をするライラ。
ランスは急に態度を変えた彼女に不信感を抱いた。
「それは… どういう意味だい?」
探る様に言ったランスの言葉を気にする様子も無く、ライラは話を続ける。
「いやさ、あたしの身の上話を聞いてもらおうと思ってさ。
あたしのおやじの話はしただろ?」
急に身の上話をすると言い出すライラ。
だが、ランスにとっては話題が変わった事は都合が良かった。
彼は平静を装いながら言葉を返す。
「ああ… 優しくて立派なサルベージャーだとか」
「そうさ。死んだ両親の代わりにあたしを育ててくれた恩人さ。
あたしはおやじに感謝しているし、尊敬もしてる」
「立派な養父なんだね」
「元々父親の友人でね。
昔は一緒にサルベージャーをやっていたそうだよ。
あたしの両親は結婚する時に研究者として独立して旅を止めたんだ。
そして、おやじのサルベージャーチームからは抜ける事になった。
それでもおやじは、あたしの両親を気にかけて何度も会いに来てくれたんだ。
小さい頃のあたしにとっても、たまに訪ねてくる気のいいおっちゃんだった」
「そうか… いい人なんだね」
「ああ。
そして、殺人現場からあたしを助けてくれたのもおやじなんだ」
ランスの表情が少し曇る。
「…殺人現場、から?」
「両親が殺されたのは、住んでいた小さな村に野盗の襲撃があったからなんだ。
母は野盗からあたしを守るために、床下の収納庫にあたしを隠した。
母はきつく、何があっても絶対しゃべらないようにとあたしに言った。
あたしは言いつけを守って、ずっとそこで身を隠していたんだ。
母の絶叫を聞いてもね。暗闇でじっとしてた。
…あたしはね、両親が殺されたあの殺人現場に居たんだよ」
ライラは俯いたまま淡々と話を続ける。
ランスは黙ったままその話を聞いていた。
野盗の襲撃など昔は良くあった話だ。それほど珍しい話では無い。
だが彼女はこれを自分に向けて話した。
その理由は明白だ。
自分に対して、何か知らないか、と投げかけているのだ。
「あたしはさ、母親を殺した奴の声も聴いてる。
今でもはっきり思い出せるよ。
もう12年も前の事なのにね」
「12年…前…」
ランスの顔がみるみる青ざめていく。
彼女の言葉が、忘れかけていた自分の記憶を呼び覚ましていく。
目の前にいる女から視線を外せなくなった。
「野盗が去ってもあたしはそこでじっとしてた。
後で駆けつけてくれたおやじが、収納庫の物音に気付いてあたしを助け出して
くれたんだ。
そして、両親を失ったあたしを引き取って育ててくれたんだよ」
ライラは顔を上げるとランスの目をじっと見つめる。
ランスは彼女の目を直視出来ず、咄嗟に目を逸らす。
だがそれでも平静を装いながらポツリと言った。
「君は… 大変な過去を背負っているんだね…」
「そうでもないさ。今は幸せだよ」
沈黙が辺りを包む。
ランスは再びライラをちらり見る。
自分を見つめる彼女の視線。
その視線に込められた、明らかな敵意。
間違いない、この女はその両親を殺した男を見つけたのだ。
だから今ここにいる。
自分の目の前に。
だが、どうして分かったのか。
彼女は声を聞いたと言った。
12年も昔に聞いたという声だけで、犯人だと断定出来るだろうか。
声が似ている、と言うだけで私にカマをかけているのかもしれない。
「あんた汗が酷いよ。どうしたんだい」
ライラは笑みを浮かべて優しい言葉をランスにかける。
ランスは彼女の視線に怯えながらもなんとか平静を保とうとしていた。
下手な事は言わない方がいい。彼は直感的にそう思い、沈黙を貫く。
「なあ、あたしの紅茶を飲みなよ。まだ手を付けてないしさ。
冷めちゃってるけど、今のあんたには丁度良い温度じゃないかな」
彼女がティーカップをランスの手元に押して寄せる。
ランスは手元に寄せられたカップをちらりと見て首を振る。
「冷めてるしさ、い、淹れ直すよ」
ランスはなんとか誤魔化そうとした。
だが、彼女達は何かに気づいていたからこそ、この紅茶を飲まなかったのだ。
このカップの紅茶を自分が飲まないのは、彼女達の疑惑を肯定する事になる。
かといって飲み干して見せるわけにもいかない。
「このカップから飲めない理由があるんだろう。正直に言いなよ」
「…」
まるで全てわかっていると言わんばかりの彼女。
彼女の正体が自分の想像通りだったとしても、何故カップの睡眠薬の事まで気づい
ているのか。
彼女達を眠らせて運び出そうという算段がなぜバレているのか。
それが分からずランスは混乱する。
言葉を返せず沈黙するランスに、ライラは不思議な発言をする。
「あんたのお仲間は、来ないよ」
「えっ…」
予想外の言葉。
それは彼女が、ここへ来る手筈の仲間達の事を知っているという事だ。
そう、何故か彼女は全て知った上でここへ来ている。
ランスはその事実に戸惑い、彼女を見つめたまま何も答える事が出来ない。
「そろそろ惚けるのもやめなよ。
路地であんたに会った時、変だと思ったんだよ。
不審者が出ているのに何で追いかけないのかなって。
仲間なんだもん、そりゃあ捕まえられないよな」
「な…何を言っているんだい…」
「自作自演で信用させ、自分のテリトリーへ誘導して攫う。
町中でやるよりよっぽど合理的だもんな。
あんたが悪人だとわかっていれば、簡単にわかる事さ」
ランスは目の前にいる女に恐怖を感じた。
何故全てバレているのか。
彼にとってそれが全く分からなかったからだ。
それでも彼は思考を切り替える。
全て知らないふりをすればよい。
そう、この女にバレていたとしても何も問題はない。
証拠など何もないはずなのだ。
彼女の妄想の一言で片づけられる。
だが、目の前の女の正体を、目的をはっきりさせたいというランスの深層心理が、
決して発してはならない言葉を口からこぼしてしまう。
「お前は… 何者なんだ…」
「自己紹介はしただろ」
ライラはランスの目をじっと見つめる。
彼女の視線がランスの心を抉り、かき乱す。
「私はライラ。
ライラック・クリスターだよ。
お前が殺したロラン・クリスターとエリカ・クリスターの娘だよ。
…バーベイン・デンバー」
ランスは言葉を失う。
自分の本当の名前をハッキリ呼ばれたからだ。
間違いない。
目の前にいる女は間違いなく12年前に殺し損ねた少女。あの男の娘だ。
過去に自分が起こした事件の亡霊が、今不敵な笑みを浮かべながら目の前にいる。
忘れかけていた罪が、目を覚まし牙を突き立てて来たのだ。
「…知らん。知らんぞ、そんな人達は…」
ランスもとい、デンバーはあくまで白を切ろうとする。
ライラは彼を睨みつけ追及を続ける。
「そりゃそうだよな。白をきるよな。昔の事だもんな。
証拠がなけりゃあたしの妄想だって事で終われるもんな。
けど、今やっている犯罪は別だよな」
「何の事だ… わからないよ。人違いだよ。
何を言い出すんだ、酷いなあ…」
デンバーは焦りながらもあくまで他人を装う。
そう、証拠など何もないのだ。
自分がバーベイン・デンバーだと決めつける証拠などここにはない。
カップの睡眠薬だってどうとでもなる。
拉致の事もこいつが仲間を捕えられるとは到底思えない。
ハッタリだ。
彼女は自分を自白させるために脅しているに過ぎない。
そんなデンバーに対して、ライラは決定的な言葉を発した。
「じゃあさ、その左手にはめている指輪、見せてもらえないかな」
「…!」
彼は確かに腕輪をしている。
赤い宝石をあしらった、美しい装飾の指輪。
人々はその価値を知らないはずの、大事な指輪…
固まっているデンバーに対し、ライラは畳みかけるように言った。
「誰も知らないだろうとこれ見よがしに持ち歩いて、墓穴を掘ったな。
そいつが無きゃ、あたしもあんたがデンバーだと証明する物は何もないからな。
けどな、あたしは昔、父から一度見せてもらっているんだ。
エル・ギガンティア、スカーレットセージのアーティファクトを」
デンバーは反射的に左手を右手で隠す。
だがその行動は、彼女の指摘の正しさを証明してしまっていた。
「見た事も無い綺麗な装飾だったからな。
幼い私でもしっかりと覚えていたさ。
それは犯人に強奪されたと、ギルドにも記録が残っているはずだ!
さあ、見せて見ろよランス。
いや、バーベイン・デンバー!
父から奪ったその指輪を!」
デンバーはいきなり立ち上がり、懐から銃を取り出しライラに向ける。
同時にライラも椅子から立ち上がり、彼と距離を取った。
「ライラさん!」
通路の影から二人を見ていたナナリーは駆け出すとライラを庇うように立つ。
その手には綺麗な装飾の付いた短剣が、鞘が付いたまま握られていた。
刃も抜かずに短剣を構えるナナリーを馬鹿する様にデンバーは笑う。
「おやおや、かわいいナイトの登場だ。全部聞いていたのかい?」
「ええ。
でもあなたの過去の悪行も、そして今人攫いの片棒を担いでいる事も、最初
から全部知っています」
ナナリーの言葉にデンバーは意外そうな顔をする。
「ほう…
知らなければこの女だけ始末すれば良かったんだが。
知っているなら君も同じ様にするしかない」
ライラがナナリーとデンバーの会話に割って入る。
「一つ聞かせろ。
あんたは父の研究仲間だったんだろう。
何故父を殺した。
エル・ギガンティアが欲しかったのか」
「そうだよ。
お前の父親がいけないのさ
これを解体するなんて言うからさ…
仕方がない、そうさ、仕方がなかったのさ」
「仕方がないだなんて…」
ナナリーはその言葉を受け止められない。
理解できず、そして納得が行かず、ただ悲しそうにデンバーを見つめる。
だが、デンバーは彼女とは対照的に目を見開き興奮しながら語り始める。
「エル・ギガンティアはな、人類の宝なんだよ。
わずかに残った古代文明の遺産の中でも希少な物だ。
なのにあの馬鹿は、研究の為に解体するとか言い出しやがった。
この秘宝中の秘宝を、壊すと言いやがったんだぞ!
何が研究だ。
どうせ生半可な知識では解明など出来はしないのに。
独り占めした上に壊すと言いやがったんだ!
俺はな、その愚行を止めたのさ。
人類の宝を守ったんだ!」
自己弁護か、それともエル・ギガンティアに対する妄信か。
まるで何かに取り付かれたようにデンバーは持論を熱く披露する。
自分に酔っているか様な彼の口調に、ナナリーは改めて憤りを感じる。
「そんなの… 人を殺して良い理由になるもんですか!」
しかし、彼女のその一言がデンバーを激高させた。
「そんなの…だと! お前ごときに何が分かる!
物の価値も分からない小娘が! 偉そうに説教を垂れるな!」
デンバーはナナリーへ銃を向ける。
「貴様から死ね! 無知な小娘め!」
デンバーは躊躇なく引き金を引いた。
銃声が轟く。
だが、それと同時に銃弾が何か分厚い物に弾かれる音が辺りに響いた。
「何っ…」
銃を向けるデンバーを真っすぐ見つめるライラと、目を閉じているナナリー。
その前にはガラスの壁の様な物が一瞬浮かび上がって消えていく。
銃弾はそれにはじき返されていた。
デンバーは何が起こったのかわからず唖然とする。
「な、何だ今の…」
その一瞬の隙を見てライラがナナリーの手を引いて駆け出す。
小屋の扉を蹴破り、全力で外へ逃走する。
デンバーは我に返ると、慌てて彼女達を追って小屋の外に駆け出す。
だがそこには、彼の予想していない光景が待ち構えていた。
外には小屋を囲むように銃を構えるギルドナイトの集団が待ち構えていた。
その後ろにはワーカー、そしてギガンティアも控えていた。
町の戦力の大半を割いて、小屋は包囲されていたのだ。
いつの間にか敷かれていた包囲網にデンバーは呆然とする。
正面のワーカーには、ダレスのギルドナイト隊隊長、ヴォルガが乗っていた。
彼はデンバーに対し警告を発する。
「ペイン・エスペランス。いや、バーベイン・デンバー。
貴様は包囲されている。
武器を捨てて大人しく投降しろ。
貴様には殺人、誘拐、強盗の容疑が掛かっている。
貴様とライラ嬢の会話は全て筒抜けだ。
録音もされている。もはや言い逃れは出来ないぞ」
デンバーは慌てて小屋の中に駆け込み、窓から周囲を見渡す。
(あいつら… ギルドナイトとグルだったのか…)
デンバーはライラの素性には驚いたが、同時に馬鹿な奴だと思っていた。
仇討ちの事で頭が一杯で、単身乗り込んで来た愚か者だと思ったのだ。
だから、万が一あの女が何か言い出したとしても、始末して埋めてしまえば
それで終わると思っていた。
だが、奴は自分が今行っている拉致の事にも気づいていた。
それならば、ギルドナイトに通報するのは理にかなった話だ。
そして奴はギルドナイトに全てを話したのだ。
過去の出来事を、そして自分がエル・ギガンティアを持っているであろう事も。
そうでなければ、ギルドナイトがギガンティアまで持ち出して来る筈がない。
包囲されているという事は、付近で控えていた仲間も既に捕まった可能性が高い。
デンバーにとって絶望的な状況だった。
追い詰められたデンバーはゆっくりと左手に嵌められた指輪に視線を移す。
そしてゾッとするような邪悪な笑みを浮かべる。
「そうか… なら、見せてやるよ。
古代文明の力の結晶、エル・ギガンティアの姿を!」




