第二章 ダレスと古の記憶 2-3 違和感
~前回までのあらすじ~
イーステンでは、ギルドナイトのカイドウとアマギがナナリー達の素性を調査
するために彼らを追って町を出発していた。
そんな中、ナナリー達は捕らえた盗賊を引き渡す為にダレスの町へ寄っていた。
ナナリー達の乗るキャリアーはダレスに到着した。
ダレスは小さな町で道は狭く、大型のキャリアーは町へ入れない。
ドモンはキャリアーを一旦町の傍にあるガレージへと預ける事にした。
ガレージとは町の行政府が運営するいわば移動手段の一時預り所である。
キャリアーで移動する事が多いこの大陸では、町の傍にこのような停泊拠点である
ガレージが設営されている。
キャリアーと共に様々な荷物も集まる為、各町の行政はかなり力を入れてガレージ
を警備している。
もし盗難があったり、野盗に襲撃されたりすれば町の信頼が失墜するからだ。
ドモンはガレージで手続きを行い、彼らのキャリアーも無事受け入れが完了した。
彼はそれと同時にガレージの事務局を通して野盗の件をギルドナイトへ連絡を取っ
てもらう事が出来た。
「さて、やっと落ち着いたな。
ギルドナイトを待たなきゃいかんが、宿もどうにかしないとな」
「連中の引き渡しは俺がやっておこう。一人いれば手続きは問題ないだろう」
「そうだな、頼むよ。俺達は宿を探して来る。
キャリアーに寝泊りでもいいが、町に居る時くらいはな」
「宿が決まったら、私が迎えに来ますね」
ナナリーはレインを見てほほ笑む。
留守番をかって出たレインをキャリアーに残し、三人は荷物を持って町の繁華街へ
宿を探しに出た。
ドモンは町の宿で二部屋を借り、手続きが終わったレインと合流すると、4人は町
の酒場で久しぶりに人の喧騒を味わいながら食事を楽しむ事が出来た。
そして翌日。
宿に連絡があり、ドモンとレインは昨日引き渡した野盗の件でギルドから呼び出し
を受けていた。
「俺と旦那は聴取で役場へ行ってくる。
お昼は二人で済ませてくれ。
町を歩く時は人気の無い所には行くなよ。必ず二人で行動する様にするんだ」
「判ってるよ。
ナナリーはあたしに任せておけって。バッチリ守ってみせるよ」
二人を残し、ドモンとレインは役場へ向かった。
残された二人は部屋に戻ると、ドモン達が帰るまでの過ごし方を相談し始めた。
「折角だし、町でも見て回るか。
まあ、小さい町だからそんな凄い物はないかもしれないけどな」
「中心街の広場にすごく大きな噴水が見えましたよ。
何か食べるついでに見に行きましょう」
「いいかもな。とりあえず広場へ行ってみるか」
二人は町へと繰り出す。
ダレスの町は小さいけれど綺麗な街並みだった。
辺境の地という事で人通りはそれなりだが、落ち着いた平和な雰囲気があった。
古い建物も多いせいか、何とも言えない風情があった。
ナナリーは街並みを楽しそうに見回す。
「いい町ですね。自然も多い気がします」
「そうだな。
ここへ来るまで荒野ばっかりだったから余計にそう思うのかもな」
「町の人が自然を大切にしているからですかね?」
「そうかもしれないけど、確かダレスは豊富な水源があるんじゃなかったかな。
大災害の影響で植物が育ちにくい場所も多いらしいからな。
水のある所に自然と町が出来る、なんて話を聞いたな」
「そういえば、イーステンの町の郊外にも森がありましたね。
自然のある所に皆集まるんですね」
「まあ、荒野に住みたい奴もいないって事だろうな」
町を散策し、雑談を楽しむ二人。
彼女たちは古い町並みを堪能しながら裏手の通りに入った。
人気の無い通り。
その通りを進むうちに、ライラはなんとなく嫌な雰囲気を感じた。
彼女が戻ろうと後ろを振り向いた時だった。
怪しげな男が一人、ナナリーの後ろに近づいていた。
「ナナリー!」
ライラが声を上げるとナナリーは後ろの男に気づき、慌ててライラに駆け寄る。
すると、反対方向からも別の男が近づいて来た。
「ライラさん…」
「ナナリー、離れるなよ」
いかにもな雰囲気の男達にライラ達は警戒する。
男達はライラ達を挟むようにゆっくりと近づいてくる。
その時、通りの入口の方から別の声が響いて来た。
「お前達! 何をしている!」
男達が声の方を見ると、綺麗な身なりの男が立っていた。
「ちっ…」
男達は舌打ちすると、ナナリー達の脇をすり抜け路地の奥へ消えて行った。
入り口に居た男が彼女達の元へ駆け寄って来た。
「君達、大丈夫だったかい?
女の子二人で路地裏をうろついちゃいけないよ」
ライラはその男に目をやる。
何というか、いかにも善良そうな男だ。
年は三十位だろうか。身なりは整っていて清潔感がある。
彼女は男が被っている帽子に目を止める。
「あんた、ギルドナイトか? 助かったよ」
「正確には違うね。
嘱託で町の警備を請け負っている者さ」
「危ない所を助けていただき、ありがとうございます」
ナナリーは礼儀正しく頭を下げる。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。それが仕事なんでね。
ともかくここから離れよう」
ナナリー達は男と共に路地から離れた。
男は開けた人通りの多い道へ二人を連れて行くと、通りの出店で飲み物を注文して
二人に渡した。
「落ち着いたかい?」
にこやかに飲み物を手渡して来る男をライラは少し眺めていたが、お辞儀をすると
素直に受け取った。
「悪いね。飲み物まで」
「気にしないでくれ。
改めて。ペイン・エスペランスだ。
町の警備をしている者だ。ランスと呼んでくれ」
「あたしはライラ。この娘はナナリー」
ナナリーはペコリとお辞儀をする。
ライラはランスを眺めながら質問をする。
「さっきみたいな連中は良く出るのか?」
不躾なライラの質問に、ランスは少し困惑したように答えた。
「よく出ると言うほどじゃないと思うが…
最近、何人かの行方不明者がいるんだ。
もしかしたら彼らも関係しているかもしれない」
ライラはどうも気に食わない事があるのか、きつめの言葉で答える。
「あんたにこんな事言うのは失礼だとは思うが、ちゃんと捕まえてくれよ。
町もおちおち歩けやしない」
「耳が痛いよ。だけど仕方ないさ。
こうやって私みたいに外部の人間も雇わないといけない程、警備に人手が
足りていないのさ」
その言葉を聞いた時、ライラはハッとしてランスを見つめる。
何か気になるのか、彼を観察する様に眺める。
そして何事もなかった様に視線を落とすと、少し申し訳なさそうに言った。
「そっか。あんた達も大変なんだな。
言い方が悪かったよ。すまない」
「気にしないでくれ」
それからナナリー達はランスと雑談を交える。
自分達の旅の事などをランスに話した。
ランスは聞き上手なのか、ライラとの話が弾む。
先ほどまで少し不満を持っていた様に見えたライラも笑顔で話を続ける。
「へえ、キャリアーで旅を」
「その途中で野盗を捕まえてね。そいつらを届けに来たのさ」
「君がかい?」
「まさか。
腕のいい護衛がいるんだよ。凄腕だぜ」
「レインさんは凄いんですよ」
ナナリーはニコニコしながら話に割って入る。
無邪気に話す彼女にランスは笑顔を向ける。
「なるほどなあ…
もっと話を聞いていたいけど、そろそろ仕事しないとね。もう行くよ」
「世話になった。ありがとう」
「お気をつけて」
「君らもね。
そうそう、その通りを真っすぐ行って町の門を出た所に私の詰め所がある。
何かあったらいつでもおいで」
ランスは手を振りながら去って行った。
その姿をライラはじっと見つめる。
何か名残惜しそうな、そんな雰囲気を出しながら彼女はそのまま動かない。
ナナリーは固まったままのライラを不審に思って声を掛ける。
「ライラさん、どうしたんですか」
ライラはその声にハッとすると、ナナリーの方を見る。
「え…」
「さっきからぼーっとしてどうしたんですか」
「いや、何でもないさ。宿へ戻ろう」
そう言うとライラは先ほどの態度を誤魔化す様に先を急ぐ。
(何だろう。あんなライラさんはめずらしいな)
ナナリーはそう思いながらも口にはせず、後を追う。
宿への道中、ライラの口数は少なかった。
ナナリーはライラの様子がおかしいのを感じていた。
彼女はまるで何かを考え込み、周りの景色が目に映らないようなそんな
雰囲気を出していた。
ナナリーとライラがランスと出会ったその翌日。
ナナリー達4人は宿の食堂で朝食を取っていた。
ライラの様子は昨日程ではないが、やはり何かおかしかった。
ナナリーはそれについて彼女に尋ねようかどうか迷いながら様子を見ていた。
そんな中、ライラはドモンに今後の予定について尋ねた。
「なあおやじ、この町にはいつまで居る予定なんだ」
尋ねられたドモンは今日の予定を思い出しながら答える。
「ギルドの手続きが済んだら出発しようと思っている。
今日も何かギルドから呼び出しが来ててな。
食事が終わったらまた支部へ行かなきゃならん。
とりあえず今日明日はこのままかな。
何だ、気になる事でもあるのか」
「ああ… ちょっと。
まだ数日はいられるのか」
「必要なら伸ばしてもかまわないぞ。
数日発つのが遅れても問題ないだろう。
なあ、嬢ちゃん」
「え? ええ、そうですね…」
ナナリーは急に話を振られて戸惑う。
何となく様子がおかしいライラとナナリーをドモンは不審に思う。
「どうした。何かあったか」
「何にもないよ。なあ」
「あ、はい。そうですね…」
ライラに話を合わせたナナリーだったが、やはりライラの様子が気になって
ぎこちない返答になってしまう。
そんな二人の様子に、レインも何かを感じた様だった。
「どうした。何かあるなら相談してくれ」
真面目な顔をして尋ねてくるレインに対し、ライラは慌てて両手を振った。
「いや、旦那の手を借りなきゃいけない事なんてないさ。大丈夫。
旦那はおやじの手助けを頑張ってくれ」
「…そうか」
ライラの大げさな態度に違和感を感じながらも、レインは目を閉じてそう答える。
ドモンもレインもライラの様子がおかしい事は感じていた。
だが、彼女の触れないでほしいという態度も感じ取ったのか、二人はそれ以上突っ
込んで話をする事はしなかった。
ドモンとレインは食事が終わるとサルベージャーギルドへ向けて出かけて行った。
またもや宿にはナナリーとライラの二人が残された。
ナナリーは考え事をしているライラに話かける。
「ライラさん、今日はどうしましょうか」
探りを入れるように話しかけたナナリーに対して、ライラは少し考える様子を見せ
た後、ためらいがちに口を開いた。
「ナナリー。悪いけど留守番していてくれないか。
…行きたい所があるんだ」
何か悩むような雰囲気の口調。
ナナリーはそんなライラの態度が心配になった。
彼女の言葉にナナリーはきっぱりと答える。
「嫌です!」
ライラはナナリーの力強い返事に驚いて彼女を見る。
ナナリーはライラの目を見ながら言う。
「二人で行動しろってドモンさんに言われました。
だから、私はライラさんに付いて行きます。
どこへ行くつもりなんですか?」
ライラは少し沈黙した後答えた。
「あの人の所だよ」
「あの人?」
「昨日会った… ランスって人のとこ…」
ナナリーはライラの言葉とその姿に驚く。
何と言うか、こんな力ないライラを見るのは初めてだった。
理由は分からないけれど、悩み一つがこれほどに人を変えるのか、そう思える程に
ライラの態度はいつもと違って見えた。
ナナリーは思考を巡らせる。
一体、何がライラを悩ませているのか。
あのランスと言う人に会いに行くのがそんなに悩ましい事なのか。
ぐるぐると廻った思考の中に、彼女は一つの結論を見つける。
(もしかして、これって…)
ナナリーはどきどきし始めた。
(まさか… 恋!?
一目惚れですか! ライラさんに限って…)
ナナリーは少し失礼な想像をしながらも葛藤した。
想像がぐるぐると頭を巡る。
(これって、私付いて行かない方が良いのかな。
でも、もしライラさんが昨日みたいに危険な目にあったら…
それに二人で行動しろって言われているし。
別に傍で見ていたいってわけじゃなくて、
単純に心配してるんであって、
別に…)
「ナナリー?」
「あ、はい」
ナナリーは声を掛けられて我に返る。
そしてライラを見つめて言った。
「ランスさんの所に行くなら私も付いて行きます。
でも、私は居ないものだと思って気にしないで下さい!」
何となく前のめりなナナリーにライラは困惑する。
「なんだよ、それ…」
ライラがため息を付きながらつぶやいた。
ナナリーは興味と心配が混ざった質問を投げかける。
「あの、どうしてあの人に会いに行きたいんですか?」
「答えないとダメかな」
「ダメじゃないですけど…」
ライラはまた沈黙した後、ナナリーから視線を逸らして答えた。
「あたし、あの人を知っていると思う」
ナナリーはその言葉を聞いて愕然とする。
彼女のピンク色に染まりつつある脳内でまた一つの結論が出される。
(それって、愛を向ける人が、「あなたを前から知っている気がする」
って言うやつじゃないですかー!)
恋愛疑惑を深めるナナリーにライラは言う。
「あの人はあたしの事を覚えていない。
だから、思い出させてやりたいんだ」
その言葉にナナリーは決心する。
これは見届けるしかない。
邪魔者と言われようとも、特等席で恋の瞬間を見れるかもしれない。
大切な人への配慮より、彼女の興味が勝った瞬間だった。
その後、二人は宿を出た。
ライラはナナリーが付いてくるのを不思議と嫌がらなかった。
ナナリーはこれ幸いとライラに付いて行く。
彼女たちは、ランスが言っていた詰め所へ向かう。
町の門の外にある、小さな小屋。
彼女たちが到着した頃ランスは不在だったが、しばらく経つと彼は町中の巡回を
終えたランスが詰め所へ戻って来た。
彼は小屋の門の前に居る二人に気づき近寄って来た。
「おや、君たちは昨日の… どうしたんだい?」
「こんにちわ。ランスさん」
ナナリーはにこやかに挨拶をする。
ライラはちょっといつもの調子と違う声で言う。
「あのさ、また会いたくて来ちゃったんだけど… いいかな」
ランスはにこやかに笑うと詰め所へ二人を招き入れた。
町はずれにある詰め所は警備を担当する者に貸し出される場所で、今はランス
しか使っていないらしい。
彼は小屋の真ん中のテーブルに二人を付かせるとに紅茶を淹れてくれた。
お疲れ様から始まり、ライラは楽しそうに雑談を始めた。
ナナリーはそれを邪魔しないように傍で二人の会話を眺める。
ライラの態度はいつも通りになっていた。
いつもの様な明るい感じで話を進める。
ランスとライラの話は弾み、ナナリーは殆どしゃべらず二人の横に座ったまま
その話を聞きながら二人の姿を眺めていた。
ナナリーは宿でのライラの調子を見ていたので少し心配だったが、いつもの調子に
戻ったライラを見てその心配も消えつつあった。
この調子なら大丈夫かな、と彼女は少し安心した。
だがふと、彼女は違和感に気づく。
ライラのいつも通りに見えたその態度の中にある違和感。
何かがいつもと違う。
そして、彼女は気づく。
ライラの目。
それはとても愛しい者を見るような目では無かった。
何かを見定めるような。探るような視線。
それは、明らかに 敵 を見る目だった。




