第一章 旅立ちのイーステン 1-12 汚名
~前回のあらすじ~
レインとアモイの決闘の直後、王国の部隊がコロシアムを強襲する。
レインはナナリーを守る為奮戦するが、乗騎を破壊され窮地に陥る。
だが、ナナリーがレインに渡した指輪からエル・ギガンティアが出現し、
彼の窮地を救う。
王国の部隊の襲撃は失敗し、彼らは撤退を余儀なくされた。
イーステンの北西にある港町サンディ。
この近海に一隻の大きな艦が停泊していた。
この艦は王国軍所属の特殊任務艦であった。
王国と帝国が10年前の戦争停戦時に結んだ条約の中に、南の大陸への干渉に
付いての条文があった。
その内容には、南の大陸の都市に対して軍隊を駐留させない、また軍による
都市への攻撃を禁止するといった内容が書かれていた。
これは南の大陸へ戦火を広げない為、遺跡から発掘される遺物の獲得競争を
激化させないようにしたいという帝国からの提案であったのだ。
結果、南の大陸への王国と帝国の影響力が薄まり、自由な統治形態が形成
されていく事になった。
だが王国内では、帝国と言う存在に対し軍拡を進めるべきという貴族も多く、
この条文は結ばれた後に批判の対象になっていた。
王国は条文の抜け道として、南の大陸の近海に大型艦を派遣して拠点とし、
そこから部隊を派遣して活動すると言う回りくどい事をしているのだった。
そして、サンディ近海に浮かぶこの艦には、先日イーステンで行われた決闘を
襲撃したケアンズの部隊が帰還して来ていた。
この艦を統括している、ニーレン・ベルギアは帰還した彼らから作戦の報告を
受けていた。
「馬鹿が! 失敗しましたで済む問題か!」
艦内の指令室でベルギアは声を荒げる。
彼の前には報告の為に訪れたケアンズとハミルトンが控えていた。
ベルギアは彼らから作戦失敗という報を聞き激怒していたのだった。
「しかもギガンティアを2機も失っただと!
娘一人確保するだけの任務だったはずだ。
何をやっているのだ貴様らは」
ベルギアは物凄い剣幕で怒鳴り散らす。
彼は北の大陸の南端にあるナッシュビル領の将軍。
本国よりサウスガーデンの調査任務を受け、派遣されていた。
今回上層部から申し渡された任務は、
「遺跡から発見された少女がいれば、身柄を拘束して王国へ連れ帰る事」
と言う内容だった。
帝国のある作戦を阻止するために必要と言う名目だったが、対象の人物の素性
や具体的な内容はぼかされており、ベルギア自身もそれを不満に思っていた。
だが任務に就いて早々、ギルドナイトへ潜入していたハミルトンから少女に
ついての情報がもたらされ、ベルギアは即座に対応に当たる事になった。
町への作戦行動は問題になる可能性がある為、都市の外で彼女に関係する決闘
が行われると言う話があった事は、まさに千載一遇のチャンスでもあったのだ。
あくまで都市には手を出していない、という詭弁を振りかざせるからである。
決闘ではギガンティアが用いられる為、万が一抵抗があった場合を考え、彼は
4機もの機体を送り込み万全の体制を取った、筈だった。
だが、結果は知っての通りである。
ベルギアにとって南の大陸への派遣は面倒な仕事という認識でしかなく、手早く
任務を果たして王国への帰還する事を考えていた。
それ故に万全を期して送り出した部下の失敗には我慢ならなかったのだ。
ベルギアの怒りを前にして、ケアンズは苦い顔をしながら言葉を返す。
「失敗という結果については弁解のし様もありません。
ですが、経過は報告したはずです。
いきなり相手がエル・ギガンティアを持ち出して来るなど…」
「相手が機体を変えたというだけの話であろう。
敵の数が増えたたわけでもあるまい。
失敗は貴様の落ち度であろうが」
ケアンズは痛い所を突かれ、反論できない。
苦い表情を浮かべるケアンズを他所に、ベルギアの叱責が続く。
「それよりも、報告にあったとハミルトンの話はどういう事だ?
ギルドナイトの足止めに終始していたとあったが、そもそも決闘に参加した
ギルドナイトはこちらの協力者ではなかったのか?
貴様が話を付けられると言うから部隊へ加わる事を許したのだぞ。
話が違うではないか」
ケアンズと共に報告を行っていたハミルトンは申し訳なさそうに俯く。
「申し訳ありません。相手は心変わりしたようで…」
「そんな掌返しをする輩など切り捨てんか!
貴様は王国の正義を守る騎士なのだぞ! 未熟者が!」
言う事を聞かないのであれば斬り捨てろという暴論。
だが、結果何も成せていないのはハミルトンにも十分わかっている。
それ故言葉を返すことが出来ない。
何も言い返せないハミルトンを見て、ベルギアは軽蔑するように言い放った。
「…やはり、腰抜けハミルトンの異名は本当だったようだな」
その言葉を聞いて、ハミルトンはピクリと反応する。
それでも表情は変えず、ただ拳を握るだけだった。
その姿を見たケインズが反論する。
「閣下! そのような噂を…」
「ふん。
何も成せず、全力で戦ったかも疑わしい者にはふさわしい称号ではないか」
「退却を指示したのは私です。
彼は作戦中大きな被害も出さずに戦い抜いたのです。
それに彼は4年半も密偵の任に着き、今回の情報も掴んだのも彼です。
十分に仕事をしているではありませんか」
ベルギアは反論するケアンズを睨みつけて言う。
「では、全ての責任は貴様にあるというのだな、ケアンズ」
ベルギアの言葉にハミルトンはハッとして、何か言おうとしたが、ケアンズは
躊躇せずに答えた。
「はい。
…その上で汚名返上の機会を頂けないでしょうか」
「なに?」
「残ったギガンティアで追撃部隊を組ませて下さい。
私が率いて、目標を追います」
「一度失敗した貴様にまかせろと? 寝言を言うな」
「確かに戦力の多くを失わせてしまいました。
だからこそ、この艦は一度本国へ戻るべきです。
ですが私が任務を継続していれば、任務自体は失敗ではありません。
補給に帰還しても面目は立つはずです」
ケアンズはベルギアが本国に戻りたがっているのは知っていた。
自分が責任を被る事で本国へ戻る口実を提案したのだ。
彼は話を続ける。
「部下が名誉回復の為に作戦を継続を望み、閣下がそれ汲んで戦力を預けた
となれば、閣下の懐の広さには誰も異議を唱えないでしょう。
全責任は私が負います」
「うむ…」
「どうか、何卒もう一度機会を下さい」
ケアンズは深々と頭を下げる。
その姿にハミルトンもつられて頭を下げる。
ベルギアは二人の姿を見て、少し考えた後答えた。
「…わかった。
だが、わしの顔に再び泥を塗るような事があれば許さんぞ」
「命に代えても」
「貴様の覚悟に答えるとしよう。
編成は貴様に任せる。直ちに準備をしろ」
「はっ」
ケアンズとハミルトンは頭を上げると敬礼をして指令室を後にする。
「隊長… 申し訳ありません」
ハミルトンはケアンズに申し訳なさそうに謝る。
聞きたくない悪評から話を逸らしてくれた事についての感謝もあった。
ケアンズは気にするようなそぶりも無く答える。
「お前が責任を感じる事はない。
あの戦いで一番仕事をこなしたのはお前だ、ハミルトン」
「しかし、ギルドナイトを抑えられなかったのは事実です」
「それはこちらの想定が甘かったのだ。
内通者に絶対の信用など置けるわけでもあるまい…
それに、目標を連れ去られた私に責任があるのは事実だ。
出現したイレギュラーに気を取られ過ぎた。
目標の確保を優先すべきだったのだ」
ハミルトンはケアンズの心境を察した。
彼も悔しいのだ。
どこの馬の骨ともわからないサルベージャーに翻弄され、作戦を失敗したという
事実は、騎士としては耐え難いものがあるのだろう。
ハミルトンはケアンズの前に移動すると頭を下げた。
「…隊長、次の任務は私も同行させて下さい」
いきなり頭を下げて来たハミルトンにケアンズは驚く。
ハミルトンは長い間潜入任務に就いていた。
本国に戻りたい思いはベルギア以上だと思っていたからだ。
ケアンズは頭を下げるハミルトンに諭すように言った。
「この艦は一度本国へ戻る事になる。
お前は長期の潜入任務をやっと終えたのだ。
本国へ戻って休むべきだろう」
ハミルトンは顔を上げると言った。
「いえ、戻れません。今戻はまだ…」
ハミルトンの表情には葛藤の様なものが感じられた。
ケアンズはベルギアの言葉を思い出す。
腰抜けハミルトン。
その異名は、彼が10年前の戦争「メセタセントラルの戦い」において、別動隊から
一人だけ生きて帰った事から付けられた蔑称だった。
彼は第二遊撃部隊の壊滅を本隊へ伝える為、伝令役として一人戦場から撤退し、
逃げ延びて本体へ合流を果たした。
無事役目を果たした彼ではあったが、本隊も敗れ戦いが敗北に終わると、王国では
責任の所在を問う声が上がり、そのなすりつけ合いが始まった。
その中で、一人無傷で敗走して来たハミルトンはやり玉に挙げられ、味方を見捨て
て逃げ帰った男という汚名を着せられる事になったのだ。
彼はそれを長い間引きずる事になった。
長く続く騎士の家系に生まれた彼にとって、それはとても不名誉な称号だった。
彼は汚名返上の為に多くの仕事をこなし、誰もが嫌がる潜入任務にも志願して
重要な情報まで掴んで来たのだ。
ケアンズはハミルトンの境遇を知っていた。
周囲が彼を蔑むのも不当な評価だという事も分かっている。
だが、事はそんなに単純ではないのだ。
皆が理解のある人間であるのなら、そもそもこんな事態にはならない。
周囲の評価を覆すには、やはり何かを成したという実績が必要なのだ。
「いいのか。
この任務は重要だと言われてはいるが、未だに詳細が開示されない怪しい物だ。
上手く任務を達成したとしても、表で評価はされないかもしれないぞ」
「判っています。
…ですが、これは己の為でもあるのです」
ハミルトンの決意はかわらないようだった。
ケアンズはその眼を見ながら頷く。
「わかった。
パトナも負傷しているし、お前が付いて来てくれるなら助かる」
「おまかせ下さい。必ず役に立って見せます」
ケアンズはほほ笑みながらハミルトンの肩を叩く。
二人は決意を新たにし、早速作戦会議を開くために人を集めに走った。
彼らは騎士だ。国の為に戦う兵だ。
だがこれから行う作戦は、彼らが名誉を回復するの為の戦いだ。
善悪とかではない、彼らの意地と言えるものだった。




