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第一章 旅立ちのイーステン  1-5 罠

~前回のあらすじ~

遺跡の中で助けられたナナリーはレイン達サルベージャーに保護されていた。

だが、ギルドナイトのアモイは遺跡への不法侵入を盾に彼女を拘束する。

レインとドモンはある決意を固める。

ナナリーが支部に拘束されてから2日。

ここギルドナイトイーステン支部の個室でトリトマ・アモイは暇そうにしていた。


街は平和だ。

イーステンの街はそれほど大きくない辺境の街だ。

港町や物流の拠点でもない。

それでも近くには遺跡があり、そこからアンバー結晶を回収する労働者や遺跡を

探すサルベージャーが集まっていたが、小競り合いが起こる事はあってもギルド

ナイトが出る程の案件は余りない。

遺跡も簡単に見つかるわけではなく、調査も初回でなければギルドナイトが同行

する決まりもない。


つまり、この街にいるギルドナイトは暇なのだ。

だが、アモイにとってはそれで良かった。

彼にとってギルドナイトという仕事はステータスを得るための物だ。

人に役に立ちたいとか平和を保ちたいという志、騎士の様な精神は他人に任せて

おけばよい。彼はそう思っている。


それよりも彼の今の関心毎は拘束したナナリーの事である。

彼女をアモイが何故拘束したのか、それはずばり金の為である。

近隣にある街サンディにいる元同僚、アデア・ダイレンは王国の諜報員であり、

アモイはその男にギルドナイトや遺跡発掘の情報を売っていたのだ。

王国と帝国はメセタセントラルの戦いの後結ばれた条約により、南の大陸へ軍を

駐留させる事が禁止されていた。

これは南の遺跡の発掘権を大国が独占しないようにしようという帝国の提案で、

それは今も守られている。

だが、水面下では両国共にあらゆる場所に間者を潜り込ませているのが現状だ。


噂は千里を走ると言うが、この世界の通信事情はかなり悪い。

電波による長距離通信は大災害の影響でまともに機能しない。

また、災害から復興した都市は離れた距離で点々と存在して、都市間の交通や

通信は歪なままで整備が行き届いていない。

電子的な通信で直接やり取りできるのは都市内に限られていることが殆どだ。

故に都市を跨いでやり取りするには、人を行き来させるか書簡でやり取りする

のが一般的だった。

ナナリーの確保はダイレンからの指示であった。

アモイはナナリーを確保した件を書簡にしてサンディへ送っていた。

だが返事はまだない。

アモイは昔ダイレンから送られた依頼の内容を思い出す。


-もし、遺跡の中で女性が確保、救助されたという話があったら連絡せよ-


以前に受け取った指令の内容にこの一文があったからこそ、アモイは連絡を送り

指示通りにナナリーを拘束したのである。

そもそも何のため彼女を確保するのか、アモイは知らない。

金になるからやるというだけである。

だから、アモイとしてはナナリーの拘束はあまり長引かせたくなかった。

とっとと引き渡し、問題はあちらに押し付けるのが最善だ。

あの情に厚いと言われるドモンや何を考えているかわからないレインが騒ぎ出す

前に事を終わらせたかったのである。


アモイにとって、ナナリーがその後どうなろうと関心はなかったのだ。

哀れみや同情など反吐が出る。

子供だから非力な女性だからという理由で助けようという精神は彼が最も嫌いな

事だった。

他人に頼るな。自分の身は自分で守るべし。

それが彼の信条だ。

そう、他人は心の底で何を考えているかなんてわからない。

そんなものに頼るな、彼はそうやって生きてきたのだ


ふと扉がノックされ、ガチャリと音を立てて開く。


「失礼します」


入って来たのは、支部長の秘書をしている、シズカ・アマギだった。

数か月前にギルド本部から派遣されて来た若い女性だ。

肩ほどの短めの髪で眼鏡をかけ、ギルド職員用の制服に身を包んだ彼女は

いかにも真面目そうな佇まいだ。

背は低めで二十歳前にしか見えないが、どうやらもっと年上らしい。

優秀なようだが、落ち着いていて素っ気ない。

アモイはどうもこういった真面目系の人間はあまり好みではなかった。


彼女はだらしなくソファーに座るアモイの元へ近づいてくると、手に持っている

物を差し出した。


「お手紙です」


「おう」


アモイはぶっきらぼうに答えてそれを受け取る。

残念ながら業務関連の連絡通知だけで、ダイレンからの手紙はなかった。


「では失礼します」


立ち去ろうとするシズカをアモイは呼び止めた。


「他に何かないか?」


「他に…ですか?」


「ああ、例えばこないだ聴取したドモンの奴らがまた来ていたりとか」


「ええ、ドモン様は今日もいらっしゃっいました。

 あの方は発掘品の取引でギルドにも度々来られますから。

 先日はあのナナリーとか言う子の事で受付に食いついていましたが、

 本日は何も言って来なかったようですね」


「そうか」


アモイはそう答えて終わりにしたつもりだったが、何か視線を感じた。

目を向けると、シズカがじっとアモイを見つめていた。


「何だよ」


「いえ」


その素っ気ない反応にアモイは少し苛立ちを覚えた。


「何か言いたいことがあれば言えよ」


「では二つ」


「二つもあんのかよ…」


「一つ目は、その態度です。

 私には構いませんが、他の方の前では望ましくありません。

 せめて人に会うときは礼儀正しくするのが良いかと」


「うるさい奴だな。二つ目はなんだ」


「噂になっておられますよ」


「噂?」


「ええ、アモイ様がアシュランド様の恋人を無理やり手籠めにしたと」


アモイは吹き出しそうになり、慌てて上体を起こす。


「は? 何の冗談だ!」


そう叫んだアモイは、ふとナナリーの事を思い出す。


「まさか… あの小娘のことか?」


「そうでしょうね」


「待て待て、あれは業務で拘束しただけだぞ。

 なんでそんな話になっているんだ?」


「酒場の方で大変噂になっているそうですよ。

 若い騎士が見つけた恋人をギルドナイトが無理やり奪ったと」


「なんだそれは… ふざけてるのか」


「そう申されましても。あくまで噂ですから」


「お前はその話、どこで聞いたんだ」


「町内に出た時に。

 小さな町で話題が少ないですからね。

 そう言った話はすぐ広まるのでしょうね。

 あの娘の事、支部長も気にしているようですよ」


「…支部長は何と言ってる」


「いつまで拘束するつもりかとは聞かれました。

 私は報告書以上の事は存じませんので、詳細はアモイ様に聞けばよいの

 ではと答えましたが」


アモイはまずい事になったと思った。

事が大きくなると面倒なことになる。


「もう失礼してもよろしいでしょうか?」


「…ああ」


悩むアモイを置いてシズカは部屋を出て行く。


アモイにとって他人の評価はどうでも良いことだ。

噂など放っておけばよい。

ただ噂が広がり、自分に注目が集まれば色々動きづらくなる。

頻繁にやり取りしている手紙に不信感を持たれれば、その内容を確認される

かもしれない。

かといって、王国と繋がっている相手との交渉を今更無かった事にも出来ない。

急ぎあの娘を引き渡さねばならない。


(一体何のつもりだ… 単なる嫌がらせか?

 回りくどいことしやがって。

 余計な事を考えないように釘を差しておくか…)


アモイはソファーからゆっくりと立ち上がると身なりを整え、町に繰り出した。

目指すは支部と同じ通りにある酒場である。

そこは酒場を名乗っているが、町営の職業斡旋所でもある。

昼間は労働者が職を求め、夜は酒場として情報交換の場にもなるという場所だ。

アモイは酒場に足を踏み入れる。


日はもう落ち、労働者やサルベージャーでごった返している。

店員が案内の為近づいて来たが、アモイは寄るなとジェスチャーをする。

店員はそんなアモイを見て、怪訝そうな顔をして離れていく。

店員もギルドナイトであるアモイの顔は知っている。

彼の態度を仕事で来店したと認識したのだろう。

アモイは入り口から店内をぐるりと見回す。

そして、店の隅で一人酒を飲む男を見つけ近づいていく。

アモイは男の横に立つと声を掛けた。


「いい度胸だな。レイン・アシュランド」


その机に座っていたのは、レインだった。

彼は一人で酒を飲んでいたようだ。

アモイをちらりと見ると手に持っていたグラスを傾けた。

そしてぼそりと呟くように言った。


「何か用か? ギルドナイト」


アモイは空いているレインの向かいの席に座る。


「何か用か、じゃねえよ。噂流したのはお前だな」


「俺はてっきり無視を決め込むかと思ったのだがな」


肯定と取れる返答。

その見透かされたような態度に、アモイは少し苛ついた。


「そうだな。チンケな噂なんて放っておけばいい。

 だが、この商売は舐められると終わりなんでな。

 喧嘩を売るつもりなら買わないとな」


アモイは挑発的な笑みを浮かべながらレインを見つめる。

レインは表情も変えずにその様子を見ていたが、今度は力強い声で言った。


「そうか、なら買うんだな」


レインはグラスを置くと立ち上がり、机を叩いた。


「トリトマ・アモイ、貴様に決闘を申し込む」


酒場にレインの声が響き渡る。

騒いでいた酒場が静まり返り、周囲の視線がレイン達に集まる。

アモイは意外な言葉に驚いて一瞬固まる。


「ナナリーの拘束は不当だ。

 決闘で俺が勝ったら彼女を解放しろ」


いきなりの要求にアモイは戸惑ったが、冷静さを取り戻し言葉を返そうとした。

だが、噂を聞いて二人のやり取りを窺っていた酒場の客達が決闘の二文字を聞いて

駆け寄って来た。


「決闘? 決闘すんのか兄ちゃん! ギガンティア同士のか!?」


「恋人取られたって本当だったのかよ? 取り返そうってのかい」


「賭場は? 賭場も開くんだよな?」


決闘という話を聞いて周囲の酔っ払いが集まって来る。

二人の周囲にはあっという間に多くの人が集り、囲まれた。


「勿論やるよな、ギルドのあんちゃん。腑抜けてねえよなぁ!?」


集まった客の一人がアモイに絡む。

周りが勝手に話を盛り上げていき、当人達を他所に勝手に熱が上がっていく。

酔っ払いがなれなれしくアモイの肩を掴む。


「まさか、受けねえなんて言わねえよなぁ!」


うっとおしい、アモイは心底そう思った。

だが、彼はその瞬間、理解した。


嵌められた。


アモイとしては、ドモンかレインに軽く脅しを入れて大人しくさせるつもりで

接触しただけだった。

だが、レインは決闘という手段を元々使うつもりでこちらを誘きだしたのだ。

噂を流し、周囲を煽り、しびれを切らした自分を誘い出す。

その上で公衆の面前で決闘を申し込み、受けざる負えない空気を作り上げる。

なぜおかしな噂を流したのか、アモイはその理由も考えずに敵の仕掛けた罠に

足を踏み入れてしまったのだ。


ギガンティア同士の決闘は特別な意味を持つ。

戦場でなければそう見れるものではない為、ギルドや町に担がれて大抵お祭り

騒ぎにされてしまう。

アモイはそんなものに巻き込まれたくはなかった。

そもそもアモイにとって、見知って間もない娘を決闘までして取り返そうと

するレインの真意が分からなかった。


(こいつ、まさか本気であの小娘に惚れたのか…)


嫁を奪った。

そんな噂があながち嘘ではない可能性も考えてしまう。

もし事実なら、アモイにとってそれはさらに理解不能な話だった。


「…正気か、貴様」


「あれは俺が遺跡から持ち帰ったものだ。慣習からして俺に所有権がある。

 貴様にそれを取り上げる権限はない」


一泊入れてからレインは叫ぶ。


「あれは俺の物だ!」


きっぱりと言い放ったレインを周りの野次馬がはやし立てる。


「良く言った! いいぞ! 妬けるねえ!」」


「そうだそうだ! ギルドの横暴を許すな!」


「いつもいちゃもん付けて発掘品を取りあげようとするんじゃねえ!」


「でも遺物扱いって、それでいいのか?」


周りがはやし立てる中、アモイは立ち上がり叫んだ。


「断る!」


その声が酒場に響き渡る。

周りを囲んでいた連中から大ブーイングが巻き起こる。


「なにー! 受けろよへっぽこ野郎!」


「つまんねーぞ! 空気読みやがれ!」


「腰抜け!」


「あんちゃん、XXXXついてんのかーっ」


罵声を浴びさせられ、アモイは肩を震わせていたが、周りを見回して叫ぶ。


「あの娘は正当な要請があって拘束している!

 それに、俺に決闘を受けるメリットなんざ何もない!

 俺が雰囲気に流されて受けるとでも思ったか、馬鹿め!」


アモイは正面からレインを睨みつける。

アモイはレインと話をしていたはずだったが、彼の敵は既に周囲の空気に

変わっていた。

周囲を味方に付けたと言えは聞こえはいいが、これは私刑だ。

集団の圧で意見を通そうとする最低なやり口だ。


そして、それを先導したしたのはこいつ。

レイン・アシュランド。

相変わらず何を考えているか良く分からない奴だ。

だがこいつの本質は、手段を選ばない狡猾な男なのだとアモイは認識した。

少女を取り返すとか周りは言っているが、本当にそうか?

きっとこいつはそんな慈愛に満ちた人間じゃない。

何か別の理由があるのかもしれない。

アモイはそう思った。


レインを睨みつけるアモイ。

レインもアモイを見つめていたが、ふと目を閉じて言った。


「決闘を受けるメリットか。

 それもそうだな。

 では俺が負けたら、俺の所有しているギガンティアの所有権をお前にやろう」


「は?」


「俺の乗っているギガンティアをお前にくれてやる、と言った」


アモイは愕然とした。

レインの本気を見たからだ。

ギガンティアはよほどの幸運か大金が無ければ個人所有は出来ない。

それを賭けると言い始めたのだ。

アモイは益々レインの考えが分からなくなった。


「なんなんだお前、どうしてそこまで…」


困惑するアモイをよそにレインは冷静に話を続ける。


「これでお前にも十分メリットがあるはずだ。

 それに負けたとしても、元々逮捕の理由が曖昧な彼女を解放する事にそれほど

 問題はないはずだ。

 ギルドに大したリスクがあるわけではないだろう」


アモイの煮え切らない態度に、レインは掛け金を吊り上げる形で対応して来た。

それを聞いていた周りの野次馬たちがさらに盛り上る


「受けろ!兄ちゃん、これで受けなきゃ嘘だろうが!」


「ちくしょー こんなうまい話俺が乗りてえ。俺にもギガンティアがあればなあ」


「とっとと受けろー! ギルドナイトー!」


レインの宣言を聞いてさらに周囲が盛り上がる。

周囲の反応を見て、アモイは逆に冷静になった。

いくら何でもおかしい。

少女を救う事よりも、アモイ自身を決闘で潰すことが目的ではないかと勘繰る。

それでもそんな意味のない事をするだろうか。

この男がそこまで自分を憎んでいるとも思えない。

思考をしても答えは出ない。

アモイはとりあえずこの場を収めることを優先に考えた。


「そうかい。アンタがそこまで少女趣味だとは思わなかったよ。

 いいんだな。

 こちらはあの少女の解放、お前はギガンティアの所有権を掛けると」


「構わない」


オオオッ! 

周囲から歓声が上がる。


「決まりだ! 決闘だーっ!」


「掛けもあるよな。種銭用意しねえと…」


酒場は大盛り上がりだ。

皆レインの周りに集まって声を掛ける


「ギルドに喧嘩売るなんざ、肝がすわってんなぁ」


「機体を賭けるなんて、お前そんなに自信あんのかよ」


レインは再び席に座ると何事もなかったようにグラスを傾ける。

それを横目にアモイは何も語らず酒場を出て行く。

アモイは出口で振り返り、ちらりとレインの方を見る。


(調子に乗りやがって。

 貴様の思い通りに事が運ぶと思うな!)


アモイは不機嫌そうに支部へ戻っていく。


こうして酒場で起きた決闘申請の話は町中に広がっていった。

そしてその噂は、やがて拘束されているナナリーの元へも届く事になった。

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