9 レイシア、回し蹴る
その後、広場には収まりきらないほどの人が続々とやって来たので、軍の兵士達に交通整理をしてもらい、どうにか順に〈ヒールワイド〉をかけていった。
小さな町でもそれなりに住民がいて、人口は五千人ほどとのこと。魔獣の襲撃で亡くなった人も大勢いるらしい。私があと半日早く町に着いていたらと思うけど、時間は戻せない。
なのでせめて、今いる人達は助けてあげたいし、守ってあげたかった。
ところで、右腕を失っていた兵士の男性は名前をマークスさんといい、実はきちんとした王国の騎士だった模様。
「町に駐屯する軍の指揮権を預かっています」
しかもどうやら結構な偉いさんだった。おそらくまだ二十代半ばで、その若さから勝手に一般兵と思いこんでいた私はとりあえず彼に謝罪する。
「まさかここのトップの方だったとは……、すみません」
「はははは、軍といっても小規模ですし、私はよく新兵と間違われるので気にしないでください」
とマークスさんは気さくに笑って許してくれた。
部下や町の人達からもすごく慕われているであろうことが、その雰囲気から伝わってくる。本当に人当たりがよく、彼は私の頼みも快諾。
「えーと、こんな感じで合ってますか?」
「そうですそうです、聖女様はとても筋がいいですよ。きっと素質があります」
私は現在、軍の訓練場にてマークスさんから回し蹴りを教わっていた。
彼は格闘術の心得があるそうで、私がどうしてもこの技を覚えたいと言うと伝授してくれる流れに。
グルングルンと回転しながら蹴りを繰り出すこと数十回。徐々にしっくりくる感覚が掴めてきている。あと少しで自分のものにできるはずだ。
回転する私を横で見守っているマークスさんが懐中時計を見た。
「聖女様、強化の時間はどれくらい残っていますか?」
「たぶんあと十分ほどですね。その間に来てくれるといいのですが」
私達が待っているのは今朝町を襲った魔獣、ニムナーダだった。
魔獣という生物は一度目を付けた標的を執拗に狙うらしい。だから、ニムナーダの群れは必ず再びこの町を襲いにくる。マークスさんの話では、あちらはほぼ無傷なので相当早くに戻ってくるのでは、ということだ。
「ですが、それが今日なのか明日になるのかは私もはっきりとは……」
「大丈夫ですよ、強化が切れても一頭あたりパンチを四発打ちこめば倒せるので」
「そう、ですか……。案外、簡単なのですね……」
襲撃が明日になるなら問題はない。その頃には私の魔力は完全回復しているだろうから。
……そう、今の私は魔力が枯渇しかかっている。調子に乗って怪我を負った全ての人、人数にしておそらく千人近くを治療してしまったがゆえに。
やって来るであろうニムナーダは四頭か五頭。それだけの数を相手にするにはあまりに心許ない。この解決策として考えたのが回し蹴りを利用した技だ。
……来るならあと十分以内に、来ないならもう明日にしてほしい。いや、やっぱり明日がいいかも。魔力が尽きかけているのに加え、回転しすぎたことも手伝ってちょっと気持ち悪くなってきた……。
「ニムナーダの群れが現れました!」
慌てた様子で訓練場に駆けこんできた兵士が無情にもそう告げた。
回転をピタリと止めた私に、マークスさんが不安そうな視線を向けてくる。
「聖女様……」
「……ご心配なく。やれます。私に任せてください」
私の返答は彼を一層不安にさせてしまったみたいだけど、こうなったらもう本当にやるしかない。大丈夫、すでに私は技を自分のものにした。
訓練場を出ると再度の魔獣襲来に辺りは大混乱だった。逃げ惑う人々の間を縫って私とマークスさんは町の外を目指す。
町のゲートでは兵士達が最大の警戒態勢を敷いていた。見つめる先には巨大な双頭の豹が四頭。あちらも闘争心を漲らせてこちらを窺っている。
一人で軍の前に出た私は魔力を右脚に集中。
……残りの魔力から連発はできない。この一撃で決着をつける!
魔力波動回し蹴り!
脚を振り抜くと同時に溜めていた魔力を解放。ニムナーダの群れに向けて横一閃に魔力の大波が発射された。
私が放った渾身の波動はまず豹の魔獣達を飲みこむ。その体を瞬時に塵へと変えた。
勢いが全く衰えない波動はまっすぐ草原を進み、先にあった木々の上半分を消滅させる。さらに遠く見える山脈にまで到達。山頂を削り取って空の彼方に消えていった。
背後で見ていた兵士達が呆然とするあまり持っていた剣や盾を落とす。マークスさんも同様で、やがて彼は声を絞り出すように呟いた。
「聖女様、やりすぎでは……?」
……意気込んでいた分、大変な破壊力になった。残っていた魔力も今のに全部注ぎこんじゃったし。
そして、これは非常にまずい状況になったと言える。なぜなら……。
空中を泳いでいた双頭の豹がシュタッと地面に着地した。
……一頭だけジャンプして波動を回避していたんだよね。
どうしよう、魔力が高まっていても魔力自体がないんじゃ戦えない……。いや、戦う以前の問題だ。身を守る魔力すらないから私の命が危ない……!
体の力も入らずその場に膝をつく私に、ニムナーダは今にも飛びかかる姿勢。
マークスさんや兵士の皆が慌てて私の前に出た次の瞬間だった。
地面を蹴ろうとしていた豹の体がガクンと傾く。
よく見ると前脚も後脚もなぜか土の中に埋まってしまっていた。そのまま魔獣は地中へと引きずりこまれていく。
「……マークスさん、あそこって底なし沼とかですか?」
「いえ、そんなはずは……」
軍の皆と首を傾げていると、町の方から一人の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。
彼女は私達に向かってまず深々と頭を下げる。
「余計なお世話かと思ったのですが、あの猫さんには一旦埋まってもらいました」
この子、私と同い年くらいに見えるけど、ずいぶんとおっとりした雰囲気だな。それに一旦埋まってもらったって……。
程なく彼女は「あ」と声を上げる。
その視線の先を辿ると、ニムナーダが沈んだ所から魔石がニョキッと生えてきた。
「猫さんは力尽きてしまいました……」
間違いない、この子はおっとりした性格だ。




