5 レイシア、金の亡者になる
私は薄暗くて生暖かい場所にいた。
生物としての本能がビシバシ警告を発してくる。一刻も早くここから出ろ、と。
現在の私がどういう状況にあるのか説明すると、上から魔竜ギルゴノスにかぶりつかれ、上半身がすっぽりその口の中に収まっている感じだ。
確かに生物としては危機的な状態にあるんだけど、私は全くの無傷だった。
体を覆う魔力がしっかりと守ってくれている。魔竜の方は何とか噛み砕こうと顎をガシガシ動かしてくるものの、言葉通り全然歯が立たないらしい。あ、牙が欠けた。
特典強化を禁じられた時は正直不安だったけど、本当に大丈夫みたいだね。でも、ちょっと待って。
私は両手で魔竜の口をガパッと押し開ける。馬車の御者台にいるオリヴィア先生の方に振り向いた。
「どうして特典を使っちゃ駄目なんです?」
「相手方が逃げてしまうんですよ。その通常魔力なら、どうにか倒せると戦ってくれますから」
ふーむ、言われてみればギルゴノスからはこの期に及んで「頑張れば食べられるはず!」という意思が伝わってくる。牙が欠けても諦めないその根性は称賛に値するけど、こっちも食べられてあげるわけにはいかない。
魔竜の口から逃れた私は、距離を取って体勢を立て直す。
前世を通じて暴力沙汰とは無縁だった私が選んだ反撃手段は、以前に雲に穴を空けた時と同様だった。拳に魔力を集中させ、突き出すと同時に発射。
魔力波動パンチ!
遠距離から放たれた魔力の塊がギルゴノスの腹部を直撃。雲に穴を空けた時の威力には遠く及ばないものの、魔竜の巨体を後方へと吹き飛ばした。
復活してこないかと警戒して見つめていると、なんと全身が塵へと変わっていく。後には煌く宝石だけが残されていた。
戦利品を拾い上げると説明を求める視線でオリヴィア先生を見た。
「それは魔石です。魔獣の魔力が結晶化したもので、高値で取引されています」
「高値ってどれくらいですか?」
「その魔石なら二十万リトくらいでしょうか」
「に、二十万! あんなに簡単に倒せる魔獣がそんな大金に!」
「ワンパンで簡単に倒せたのはレイシア様だからですよ。ギルゴノスは騎士五人ほどでかからなければならない魔獣ですから。あの大きさですし」
なるほど、この世界では腕力があればあっさりお金が稼げるのか……。ワンパンで二十万……。
馬車に戻った私は即座に魔力感知を再開させた。
「……先生、もう一頭ギルゴノスを狩りにいきましょうか」
「一度物乞いに転落しただけあって金に意地汚くなっていますね」
「お金の大切さを知ったと言ってください。私を強く育ててくれて感謝します、先生」
「あなたのような人を現金な人間と言うのですよ」
はい、現金がいかに大事か、私は物乞いをして学びました。
結局ギルゴノスは却下されたものの、他の種族の魔獣を観察がてら狩りにいくということで手を打った。
竜以外にも普通の獣をベースに巨大化させたような魔獣が多数存在し、私とオリヴィア先生の感知で魔狼種や魔猪種などを次々に発見。いずれもワンパンで倒すことができた。
――手の中の宝石達を眺めながら、私は笑いを抑えることができずにいた。
この魔石だけで合計百万リトくらいあるらしい。一時間ほど魔力波動パンチを数発撃っただけで百万。時給百万。もう笑いが止まらない。
冷めた目で私を見ていたオリヴィア先生が馬車を停止させた。
「もう暗くなってきたのでこの辺りで野宿します。夕食にしましょう」
そう言って彼女が収納箱から取り出してきたのはパンとハムだった。それらをボンボンと二人の間に置き、「さあ、食べますよ」と。
「いやいや、もっと色々な食材がありましたよね? せっかくだから調理してきちんとキャンプしましょうよ」
「きちんとキャンプ、とは何なんですか?」
アウトドアを楽しむという文化はこの世界ではあまり根付いていないみたいだ。ゴドウィン様なら理解してくれたかもしれないけど。
旅好きの公爵様が作ったこの馬車は、外でも快適に過ごせるように機能が充実している。
私は馬車の下に収められていた折り畳みのテーブルと椅子を取り出して設置。炎を発する魔法具、火炎板を発動させてたき火を作った。馬車の中にも調理スペースがあるんだけど、今回はこのたき火を利用して外で料理をする。
たき火にかけた鍋でジャガイモ、ニンジン、タマネギ、豚肉を煮込んでいく。この具材ならカレーにしたいところだけど、あいにく収納箱にルウは入っていなかったのでスープにすることに。
収納箱にはルウはなくとも、驚いたことに粉末だしがあった。どうやらゴドウィン様が東方から取り寄せたらしい。粉末だしとは言わばうま味成分の塊。あらゆる料理に活用可能だ。
とりあえず鍋にだしと塩、オリーブオイルとローリエなどのハーブを投入。これでそのうち美味しいスープができ上がる。
さらに、オリヴィア先生が丸のまま食べようとしていたパンとハムを使ってサンドイッチを作っていく。
何か生野菜はないかと収納箱を覗いていてキューリを見つけた。
なお、この魔法の大容量収納箱は中が別次元になっているようで、相当な量の物が入るし、収納中は時間も停止している模様。なので、野菜や肉は新鮮なままだし、入れた時の温度がそのまま維持されるという優れ物みたい。
それで、取り出したキューリだけど、スライスしたこれに粉末だしと塩をもみこんだ。これでご飯が進む浅漬けの完成。今日はパンなのでハムと一緒に挟んでマヨネーズをかける。ハムキューリサンドができ上がった。
頃合よくスープも仕上がったので、夕食を始めることに。
とテーブルにお皿類を並べていて、目を丸くしているオリヴィア先生に気付いた。
「レイシア様、まさかこんなに料理ができたなんて……」
「前世の私は母子家庭だったので自然と覚えたんです。それに」
それに、前世の私はキャンプ漫画の影響でそれに憧れていた。高校に入ったら絶対にソロキャンデビューしようと入念に準備もしたりして。
……結局、デビューの日に浮き足だった私は事故に遭って他界したんだけど。前世のお母さん、そそっかしい娘でごめんなさい。
――月が空に上り、周囲はすっかり夜の闇に覆われていた。
ぼんやりとたき火を眺めながらオリヴィア先生はお酒のグラスを傾ける。一つ息を吐いた後に、誰に話しかけるでもなく呟きはじめた。
「……私はこれまで、レイシア様を利用して自分が出世することしか考えていませんでした。きっと見えない何かに追われていたんですね」
……この人、なんか人生を振り返り出した。
たき火には癒し効果があってキャンパーの中にはこれにはまる人もいるって聞くけど、こういうことだったのか。
先生はおつまみ用に私が焼いてあげた豚肉にフォークを突き刺した。口に運んだ後にもう一口お酒を飲む。
「この肉、すごく柔らかいですね。しかも、やけに味わい深い」
「低温でじっくり火を通しましたから。味わい深いのは粉末だしをすりこんでうまみをプラスしたからです。あとは塩と胡椒しかしていませんよ」
私の解説を聞いたオリヴィア先生は頷きを返し、グラスの中の氷をカランと鳴らした。
「美味しいご飯が食べられますし、収納箱のおかげで冷たいお酒だって飲める。こういう暮らしも案外悪くはないのかもしれませんね。私もレイシア様と一緒に旅に出てもいいでしょうか?」
「お断りします。先生、もう帰ってください」
彼女は少しすねたような表情を見せた後に、残っていたお酒を一気に飲み干した。
「帰りますよ、私にはエドワード様がお約束くださった軍事顧問のポストが待っているのですから」
いつの間にそんな約束を……。しっかり私を利用して出世したってことか。
椅子から立ち上がったオリヴィア先生は何かを渡そうと手を差し出してきた。
受け取ったそれをたき火の明かりで確認する。
「これって、ブレスレット?」
「私の一族が代々受け継いできた魔法具で、守りの魔法が宿っています。持っていきなさい」
「え、そんな大事な物を私に?」
「……あなたは、私の娘にも準ずる存在で、それを譲るのもやぶさかではないということです」
先生は顔を隠すように背けながら少しおかしな言い回しで答えていた。
……どうやら、ただ出世のために私を指導していたわけでもないらしい。お昼のアメ玉と違い、今度はしっかりと善意が込められているのが分かった。大切にしますね、先生。
早速手首にブレスレットを装着させる私を眺めつつ、オリヴィア先生はため息を一つ。
「世界には今日戦った魔獣より遥かに強い個体がゴロゴロいます。レイシア様も旅を続ければ特典強化を使わざるをえない時が必ず来るでしょう」
「え、ゴロゴロ? 怖いな……」
「ですので、私から最後に金言を授けます」
「じゃあ、せっかくなのでいただきます。何でしょう?」
「常に物をくれる仲間を作りなさい」
あ、それはとても重要ですよね……。
翌朝、最後の講習を終えたオリヴィア先生は王都へと戻っていき、いよいよ私の旅が始まった。
「旅立ち編」完結といったところです。
(明日からも投稿します)
しかし、今後の路線については少し迷うところです。
バトルもので行くか、キャンプもので行くか。
レイシアの能力上バトルは必須なのですが、合間に自然描写を交えたキャンプの様子も書いてみたい気がします。読んでいてほっこりする感じに。
その前に物をくれる旅のパートナーですね。
別に人である必要はない気もします。もふもふしていてもいいでしょうか?




