4 レイシア、頭から齧られる
王都を出発した私は、公爵様に貰った馬車で街道を走っていた。
馬を操る席、御者台に座る私の隣にはなぜかオリヴィア先生が座っている。私は横目でちらりとその顔を見た。
「どうして先生と一緒に旅をしているんですか……」
「だから説明したでしょう。実のところ、あなたはまだ未完成なので追加の講習を実施すると」
そう、そんな理由で私はまだこの鬼教官から逃れられずにいる。ようやく解放されて一人の自由な旅を満喫できると思ったのに……。
ため息をつく私にオリヴィア先生は眼鏡の奥から呆れたような眼差しを送ってくる。
「そもそもレイシア様、お一人で旅なんてできるのですか?」
「う……、やろうと思えばできますよ、たぶん」
「あなたが前に暮らしていた世界と違って、この世界の旅には様々な知識や技術が要求されるのです。なのに、あなたはこれまでひたすら魔力を錬った経験しかないでしょう」
「先生がひたすら魔力を錬らせていたんじゃないですか、私を人間兵器にするために」
オリヴィア先生は空を眺めながらしばし停止。数秒後、こちらに眩しいほどの笑顔を向けてきた。
「そのおかげで、安全に旅ができるようになったのですから、感謝してください。ほら、喋ってばかりいないで私の馬の扱いをしっかりと見て覚えてください。馬車も操れないのによく旅に出るとか言えましたね」
先生が言った通り、現在馬車の手綱を握っているのは彼女だった。
この馬車は通常より大きいだけに二頭の馬が引っ張っている。私が手綱を握っても、馬達は全く動かなかったんだよね。……確かに、私一人じゃ旅立つことすらできなかった。
馬車旅の合間、私達は他愛ない雑談も交わした。
「ところでレイシア様、実際のところエドワード様のことをどう思っておられるのですか?」
「どうって、エドワード様は良識のあるホワイトな方です」
「確かに、エドワード様は国民思いの良い国王になられるでしょう。ではなくて、男性としてですよ。結婚を申し込まれていたでしょうが」
「よ、よく分かりません……」
「……レイシア様、この旅で頑張って恋愛経験値も稼がないと」
……それはまあ、おいおいでいいかな。まだ魔獣とでも戦った方が楽な気がする。
この後も様々な雑談をしつつ、言いつけられた通り先生の操縦をしっかりと見学。さほど手綱を操っているようには見えないのに、二頭の馬はきちんと先生の意思に従って走っている。どうやったらこんな風にできるんだろう、と感心して見ていると馬車は急に針路を変えて街道を外れた。
「あれ、先生、どこに向かうんですか?」
「レイシア様はまだ未完成だと言ったでしょうが。実戦をこなしてもらいたいので、今から魔獣を探しにいきます。恋愛経験値を稼ぐより楽なのでしょう?」
なぜ私の心の声を……。そして、いきなり魔獣と戦わせるとか、やっぱりこの人は鬼教官だ……。
当然ながら私は乗り気になれるはずもなく、御者台の端で静かにしているとオリヴィア先生が「あなたもしっかり魔力感知を使って捜索してください」と。
何でも魔力を外側に広げることでレーダーのように他の魔力を見つけることができるらしい。それ以外にも魔力には色々な活用法があり、例えば目や耳に集中させることで視力や聴力を上げたりも可能なんだとか。
なるほど、ひたすら錬っているだけだった私は本当にまだまだ未完成なようだ。
ここはきちんと先生の言うことを聞いておこう。と魔力を周囲に巡らせて程なく、私のレーダーに異質な存在が引っかかる。
何あれ、あの怪物が魔獣なの……? なんか恐竜みたいだし、かなり大きいんだけど……。
……感知しなかったことにしよう。あんな危険そうなのはスルーだ。
御者台の端で沈黙を続ける私を、オリヴィア先生がじっと見つめてくる。
「魔獣、発見しましたよね? スルーは許しませんよ」
くっ、この人、本当にどうして手に取るように私の心が読めるんだろう。
私の意思に反して、馬車はまっすぐ魔獣に向かって草原を走った。
やがてこんもりした小さな森の前に到着。すぐに中から体長五メートルほどの竜が後脚の二足歩行で姿を現す。鋭い牙に爪、前世世界の肉食恐竜によく似ていた。
獰猛な怪物を見た二頭の馬が途端に怯えはじめる。ここで、オリヴィア先生がスッと手を差し出すと、馬達は落ち着きを取り戻した。
「今の、何ですか?」
「動物であっても魔力を有しています。私の魔力を触れさせて、あなた達は私達が必ず守るので安心してください、という意思を送りこんだのですよ。魔力には思考や感情が投影されていて、扱いに慣れてくれば他者のそれを読み取ったり、自分から送ったりできますから」
わあ素敵、じゃあ魔力を利用すれば動物ともお話しするように意思を通わせられるってことでしょ。……じゃなくて。
「それで今まで私の思っていることが手に取るように読めていたんですね! 馬達も意思通りに走ってくれるわけですよ!」
「あ……、ばれてしまいましたか。どうせ後で魔力を利用した思念のやり取りも教えるつもりでしたが。とにかくレイシア様の出番ですよ。あの魔獣を倒してください」
オリヴィア先生は私を急かして御者台から押し出す。それから、思い出したように注意事項を付け足した。
「その魔獣は魔竜種のギルゴノスといいます。サイズも相まってなかなか強い個体ですが、あなたならしっかりと魔力を纏えば大丈夫でしょう」
「……本当ですか? 死んだりしません?」
オリヴィア先生は手をひらひら振りながら、「あっちはあなたに傷一つ負わせることはできませんよ」と適当な感じで返してきたので、私の不安は一段と大きくなった。
「……一応、転生特典を発動させます。先生、何かください」
「心配性ですね。ほら、これでもあげます」
と彼女はポケットから取り出したアメ玉を投げ寄こしてきた。
「……全然魔力が高まった感じがしない。善意の欠片も込められてませんよね?」
「いいから今回は特典強化はなしで戦ってください」
くぅ、やっぱりスパルタだ。前世では恐竜映画でしか見たことのないこんな怪物、怖くて仕方ないけどやるしかない。さもないと先生は帰ってくれない。
覚悟を決めた私は魔力で体を覆ってそろりそろりとギルゴノスに近付いていく。
これに対して魔獣の方は初速から全力で突進を開始。
焦って足が竦む私に、オリヴィア先生は御者台から助言を送ってくる。
「魔力をしっかり活用すれば身体能力が上がります。その程度は簡単に避けられますよ。はい、走って!」
いやいや! だから私、今までそういう訓練はやったことないんですけど! ぶっつけ本番でやれってちょっと無茶では!
とりあえず突っこんでくる魔竜から逃れようと地面を強く蹴った。
次の瞬間、想像以上の急加速。あまりの速さにバランスを崩した私はベタンと大地に倒れこんだ。
私の不様な姿を見て先生がため息まじりに首を振る。
「やはりぶっつけ本番では無茶でしたか……」
ですよね!
幸いにも体を覆う魔力のおかげで転倒によるダメージはなく、私は即座に起き上がる。しかし、そこに上から黒い影がかぶさってきた。
視線を持ち上げると、ギルゴノスが大口を開けて今まさに私にかぶりつこうと。綺麗に並ぶ鋭い牙がとてもよく見えた。
いや――――っ! 頭から齧られるっ!
恐竜映画でこういう死に方するモブキャラ見たことある!(女性じゃあまりいないけど!)とか考えている場合じゃなかった! 早く避けないと間に合わ……!
ガブリッ。




