3 レイシア、旅立つ
拳を掲げたまま、私はゆっくりとオリヴィア先生の方に振り返った。
「私、聖女というよりもはや武神では……?」
「おや、そちらの方がしっくり来ますね。今のレイシア様が魔力を込めて腕を振れば数十頭の魔獣を薙ぎ払い、魔力で皆を包めば強固な結界となるのですから。そして、〈ヒールワイド〉を使用すれば兵は延々と戦い続けることができます」
「……本当に戦争のための兵器みたいですね」
「はい、私の最高傑作です。いやー、レイシア様が城から追い出される時は陰から見ていてひやひやしました。怒り任せに魔力をふるえばメリンダ様は死んでいたのですから」
いやいや、あの時はまだ何も貰っていなかったから特典は発動していなかったはず。
と口にすると先生は首を横に振った。
「そのボロ服を貰ったでしょう。下心があったり自分の利を考えていても、少しでも善意が含まれていればあなたの特典は発動します」
「判定基準がゆるい……。うっかりしているとすぐ発動しそうだ……。とにかく物を貰えばいい感じですね」
「まあ、ボロ服は悪意の方が強かったようなので特典補強はさほどでもありませんでしたが。しかし、レイシア様は先ほども言ったように通常でもそれなりの使い手。特典なしでも魔力を込めたグーで殴ればメリンダ様の首は飛びますよ。そして今の状態だったら、背後の城ごとふっ飛びました」
オリヴィア先生はほがらかな雰囲気でそう言ったが、聞いていたメリンダ様は青ざめて地面に膝をつく。どうやら普段から距離を取っていた彼女は、私(傑作兵器)の性能を知らなかったらしい。
一方で、私も力が抜けたように地面に膝をついていた。
……このブラック王国め、私の人生を何だと思っているんだ……。
すると、エドワード様が私の肩にそっと手を添えて語りかけてきた。
「お気を確かに、レイシア様の生活も今日をもって変わります。私達兄弟は父上に退位を迫る決意を固めました。私が新たな王になります」
「それはつまり、私はもう修練をしなくていいということですか?」
「もちろんです、これからは自由にお好きなことをなさってください。ただ、王国が危機の折りは少しお力を貸していただけると助かります」
「そうですね、兄弟を助けるのは普通のことですし、それくらいなら」
私の言葉に兄達や姉達の顔が一斉に輝いた。
ブラック王国でも一応は私の母国だし、町の皆の怪我を治療して感じたこともあった。大きな戦争が起こると大勢の人が傷つき、その後何年も苦しむ人達がいる。私が助勢することでその数が減るならやるべきだと思う。結果的にだけど、私にはその力が備わっているんだから。
これからは新たな国王様の下でホワイト王国になりそうだしね。とエドワード様に目を向けると彼は急にもじもじとし出す。
「その、これは完全に別件なのですが……、レイシア様、よろしければ私の妻になってくださいませんか?」
「…………、……え? エドワード様、私のことがお好きだったのですか?」
「これまで幾度も気持ちを伝えてきたつもりなのですが……。ただ、私とは年齢差がありますので、お嫌ではないかと」
度々お菓子を差し入れてくれていたのはそういうことだったのか。もっと直接言ってくれないと分からないよ。いや、私がにぶいのか?
エドワード様は私より十歳上だけど、別にその年の差は気にならない。私だって中身は合計三十路だし。だけど突然すぎて自分の気持ちが分からないというか、結婚というものに今一つピンと来ないというか……。
もしかして私、恋愛経験値が低いのだろうか? 中身は三十路なのに。
悩みに耽る私の表情から思考を読んだのか、オリヴィア先生が「ゼロ歳から十五歳を繰り返しているだけだからではないですか」と案外的を射ていそうなことを言った。
まあ、つまりはそういうことらしい。
「すみません、エドワード様、あなたが嫌とかではなく、私はまだ結婚については考えられません。せっかく自由になれたので、今はもう少し外の世界を見て回りたい気持ちの方が強いといいますか」
「私がお嫌ではないということは、まだ望みはあるということですね。私の配慮が足りませんでした。転生以来ずっと城の中だったのですから。まずは外の空気を存分にお吸いください」
「ありがとうございます。あ、たまに戻ってきますし、王国が危ない時は必ず駆けつけますので」
私達の話を聞いていたオリヴィア先生が大きなため息をついた。
「レイシア様の力があれば王国はもっと領土を広げられるのに。もったいない……」
この人は自分の作品である私を広く自慢することしか考えていない気がする。
彼女は残念そうにもう一度ため息をついた後に、視線を往来の向こうへとやった。
「ちょうどいいお方が来られましたよ」
促されて私もそちらに目を向けると、通常より倍ほど大きな馬車が私達のいる所へと進んでくる。やがて目の前で停車すると側面の扉が開いた。
中から現れたのは、あの腰痛持ちのおじいさんだった。
「レイシア様、お待たせしましたのじゃ」
彼の姿を見て最初に驚きの声を発したのは意外にもエドワード様で、すぐにその下へと駆け寄る。
「公爵様、なぜここに……。腰がとてもまっすぐになっておられますが、いったい何が、……ああ、なるほど、そういうことですか」
「ですじゃ。ふむ、王子様王女様方も揃っておいでとは、どのような話になったのかお聞かせいただいても?」
エドワード様がおじいさんと話している間に、私も事情を知ってそうなオリヴィア先生に尋ねることにした。
「あのおじいさん、公爵様だったんですか?」
「ええ、ゴドウィン様です。元々は旅の商人をなさっていたのですが、この王国に腰を据えたのち、一代で王国最大の商会を築き上げられました。王家に匹敵する財力をお持ちで、公爵の爵位も授与されていますね。王国一の権力者ですよ」
旅の商人から一国の最高権力者に……。成り上がり方が半端ない。
衝撃の人生に私が衝撃を受けているうちにおじいさん、ゴドウィン様とエドワード様の話は済んだらしい。二人で私の前へやって来た。
「国王様の退位についてはわしも協力することにしましたぞ。まあうまく事を運びますのでレイシア様は何の心配もございません」
「……王国一の権力者と後継者全員に迫られては、国王様もなす術なしですね」
「ですのでレイシア様、気兼ねなくお旅立ちください。わしのこの馬車を差し上げましょう」
そう言ってゴドウィン様は乗ってきた馬車に私をいざなう。
中を覗いた私はその内装に目を奪われた。大きな馬車だけに中もかなり広く、調理スペースに寝具、本棚まで備えつけられている。まるでキャンピングカーだ。
あっけに取られている私を見て、ゴドウィン様は嬉しそうに微笑む。
「これはわしが趣味で作っていた馬車なのですじゃ。魔法具の調理器具類に魔法具の大容量収納箱など設備も充実しておりますぞ」
「ものすごくお金がかけられていますね……。なのに、私がいただいてしまってもよろしいのですか?」
尋ねるとゴドウィン様は感慨深げに馬車を眺めた。
「いつかはこいつでもう一度旅を、と思っておりましたがな。腰は治ってももう年ですし、王国の経済も支えにゃなりませんからのう。レイシア様にお使いいただければ本望なのですじゃ」
分かりました、公爵様の夢も乗せて旅に出ます。
次いで私がエドワード様に視線を向けると彼は頷きを返してきた。
「お気をつけて、レイシア様。旅を楽しんでください」
「ありがとうございます。結婚についてはあなたが三十路になる前に何とかご返答しますね」
それから、まだ私を拝み続けている人々の方に振り向くと彼らは一斉に声を揃えて。
「「「「本当にありがとうございました! いってらっしゃいませ、物乞い聖女様!」」」」
確かにそういう特殊能力だけど、普通に聖女様と呼んで……。
うん、とりあえず……、このボロ服、着替えさせてもらってもいいですか?




