2 レイシア、転生特典を知る
――程なく、町の往来はもう大変な騒ぎになった。
物乞いの聖女が重傷の人々を次々に治療しているという噂が噂を呼び、あちこちから人が集まってくる。
そうして物乞い聖女、私は周囲を取り囲む住民達から拝まれていた。
……王国の最高機密である聖女の存在を、思いっ切り公にしてしまった。とりあえず、このボロ服を着替えさせてほしい。せめて普通の聖女として公にさせて。
そんな暇などなく、治療を求める人がひっきりなしに私の前に現れて〈ヒール〉を連発する事態になった。
うーん、やっぱり私の〈ヒール〉で手も足も生えるし、動かなくなったそれらも機能を取り戻す。いったいどうなっているんだろう、これは。
「……私の〈ヒール〉は何かおかしい」
「いいえ、おかしいのは〈ヒール〉ではなく、あなたの魔力です」
突然の返答に振り返ると、そこに眼鏡をかけたスラリとした体型の女性、オリヴィア先生が立っていた。思わず私は彼女から一歩距離を取る。
「……オリヴィア先生、修練に私を連れ戻しにきたんですか? か、帰りませんよ」
「レイシア様、気付いておられませんでしたか。私はずっとあなたを尾行していたのですよ」
「え……、ずっとって、どこからですか?」
「メリンダ様があなたの部屋を訪れ、彼女に連れられてそこを出たところからです」
「最初からじゃないですか!」
オリヴィア先生はやれやれといった感じで私の全身を眺め、それからフッと小さく笑った。
明らかに今、何しょうもない罠に引っかかってボロ服着せられているんですか、と思いましたよね……。いっそ口に出してください。
ため息を一つついた後に、私は話を本題に戻すことにした。
「おかしいのは私の魔力だというのは、どういうことです?」
「ふむ、レイシア様もそろそろ仕上がってきたのでもう真実を話してもいいでしょう。そう思ってあなたが城から追放されるのを見送ったわけですしね。発端は五年前、魔獣との戦争の直後。私が国王様からあなたの育成を託された時に遡ります」
要約すると、オリヴィア先生は代々王国を陰から支える戦闘一族の末裔で、その彼女に国王様は私を次なる危機に対処できる聖女に育て上げるよう命じた。
そこでオリヴィア先生はまず私の力を見定めようと様々な検査を実施。その過程で、私が持つ特殊能力に気付いたという。それを最大限に活用すべく、余計な魔法は一切教えずにひたすら魔力を鍛えさせたらしい。
「レイシア様が実践なさっていたのは私の一族に伝わる修練術。五年間続けたことで、通常でもそれなりの魔法の使い手になりました。ですが、これはあくまでも下地作りにすぎません。あなたの真価はその特殊能力を発揮した時にあります」
「だからそれ、何なんです? 自分ではよく分からないんですが」
「いいえ、気付いているはずですよ。まあいいです、教えてあげましょう。レイシア様の特殊能力とは、人から物を貰うとその善意によって魔力が爆発的に高まる、というものです。おそらく聖女としての転生特典でしょう」
「え! 私にそんな奇怪な能力が!」
……言われてみれば心当たりは大いにある。これまでいつも何か物を貰った時に力が湧いてくる感覚があった。あれは魔力が高まっていたのか。
私が過去を振り返っている間に、オリヴィア先生は誇らしげに胸を張っていた。
「特典発動中の今のあなたはすでに歴史上のあらゆる聖女を凌ぐ魔力になっています。つまり、聖女史上最強の聖女! 私の自信作にして最高傑作なのです!」
……なんか、聖女というよりまるで戦闘兵器のような扱いでは? そもそも魔獣との戦争に備えるためという出発点からしておかしい。先生もだけど国王様もかなり思考回路がブラックだ、一度きちんと文句を言ってやりたい。
私とオリヴィア先生が話をしている間に、奇跡の〈ヒール〉を待つ人々は続々と増えつつあった。私達のいる大通りはもう見渡す限り人で埋め尽くされている。
「とりあえず皆の治療が先か……。それで結局、私の〈ヒール〉が強力なのは特典発動中で魔力が高まっているからなんですね、先生」
「ええ、物乞いで結構な善意を貰ったようなので相当高まっています。今のレイシア様の〈ヒール〉は人間の肉体なら、息がある状態であればどれほどの重傷でも完治させることが可能なはず。上位の治癒魔法など必要ないでしょう?」
「まあ確かに……」
と近場の人に〈ヒール〉をかけようとする私をオリヴィア先生が制止。
「ちまちまやっていないで〈ヒールワイド〉を使ってください。こういう時のための範囲魔法なんですから。これくらいの人数ならまとめて治療できますよ」
数百人くらいいそうだけど、先生がそう言うならいけるんだろう、〈ヒールワイド〉!
魔法を発動すると大通りにひしめき合う人々全体を光が覆った。
すぐにあちこちから歓喜の声が上がる。奇跡の治癒を求めてやって来ていた人達は手足が生えたり病気が完治し、付き添いでやって来ていた人達は一段と健康になったようだ。
全員で喜び合った後に、揃って私を拝みはじめた。
「ふふふふふ、どうです? これが私の育てた聖女レイシア様の力です」
再び誇らしげに胸を張るオリヴィア先生に、私の中にもやもやした思いが湧き上がる。
だがその時、聞き覚えのある人物の声が聞こえてきた。
「レイシア様! どうか城にお戻りを!」
人垣をかき分けて第一王子のエドワード様とその側近達がこちらへ向かってくる。後方には他の王子王女達の姿も見て取ることができた。
王族一行が私の所に到着すると、まずエドワード様が前に進み出る。
「話は全てメリンダから聞きました。レイシア様、妹の愚行、長兄としてお詫びいたします」
彼が視線をやった先から兄姉に取り囲まれたメリンダ様が姿を現す。みっちり叱られたらしく、彼女は大号泣していた。
「……う、うう、レイシア様、本当に、すみませんでした……」
涙でボロボロになった顔でメリンダ様が謝ると、もう一度エドワード様が私の前へ。
「メリンダは私達兄姉をレイシア様に取られてしまったような気持ちになって、あなたを妬んでいたようです。レイシア様は全国民のために辛い修練を重ねておられるので、おいたわりするのは当然のことだと言い聞かせました。どうかこの子を許してあげてください」
と彼も一緒に頭を下げてきた。
やっぱり、エドワード様はかなりまともな人だ。そんな風にきちんと謝罪されると私も怒りを振りかざすわけにはいかないよね……。
「分かりました、頭を上げてください、エドワード様。一時はメリンダ様を殴ってやりたいくらいに思っていましたが、もうその怒りも収まりました」
この私の話を聞いていたオリヴィア先生が、動揺したようにガタンと体勢を崩す。
「……あ、危なかった。危うく大惨事になるところでした……」
どういうことか尋ねると彼女は「まだお分かりではないようですね、ご自分の力が」と再び解説を始めた。
「先ほど、レイシア様には余計な魔法は教えていないと言ったでしょう。つまり、特典が発動した状態なら〈ヒール〉と〈ヒールワイド〉以外は一切必要ないのです。なぜなら、攻撃魔法も防御魔法も今のあなたの魔力なら全て代替可能ですので。手っ取り早く実感していただきましょう。今回だけ本気の魔力を引き出すことを許可します」
私は先生から言われるままに魔力を引き出す。次に拳を握り締め、天に向かって突き上げるように指示された。
よく分からないものの、「頑張るぞ、おー」といった感じで拳を上へ。
ズドンッ!
この瞬間、上空を覆っていた厚い雲が吹き飛び、真ん中にぽっかりと大きな穴が空いた。そこから溢れた太陽の光が王都の上に降り注ぐ。
……拳圧で空が割れた!(本当は魔力でだけど!)前世のアニメでこんなシーン見たことある!




