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桜は吹雪く  作者: 霜揺 あい
第一章

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9/11

第九話 紅葉

紅葉は褒められるのが大好きな子だった。

そのきっかけは自分でも覚えていないが、ほんの少しの出来事がきっかけだったと思う。


私は産まれた時から記憶力が良く、特に褒められたことや、逆に怒られたことを人よりも余計に覚えてしまうことが多くあった。だから褒められた時の嬉しさは長く続き、怒られた時の悲しみや悔しさも長く引きずる。そのせいで、私は常に完璧でいたいといつの間にか思うようになっていた。


幼稚園までは父、母、私の3人で楽しく生活していた。私は父と母のことが大好きだった。

それが変わってしまったのは中学2年の春、始業式が終わって家に帰ってきた夕方のことだった。


「お母さん!頼んでたノート買ってきてくれた?」

「あーごめんね!忘れてた」

「えー。明日の歴史の授業で使いたかったんだけどな」

「んー、どうしても欲しい?」

「うん。めっちゃ欲しい」

「わかったよ。ちょうど100均で買わないといけないものがあったから、ついでに買って来るね」

「私が行ってこようか?」

「紅葉は勉強してていいよ」

「わかった」


この時、私が買いに行っていれば運命は変わっただろうか。いや、どちらにせよ時間の問題だったのだろう。


100均は家から歩いて5分ほどの距離にある。

しかし、母が買いに行ってから1時間くらい経っても帰ってこなかった。その日、父は仕事が遅くなると言っていたので、家にいるのは私一人だった。


しばらくして心配になり母に電話をかけたが出なかった。


それからさらに1時間ほど経った頃、ようやく母が帰ってきた。


「遅かったね。何かあったの?」


そう聞きながら母の顔を見た。

その瞬間、全身に衝撃が走った。

母の顔は、まさにすべてに絶望したような表情だった。


「……え?大丈夫?本当に何かあったの?」

「どうして……。なんで?いや、わけわかんない」


母は意味の分からない言葉を何度も繰り返していた。

母はそのまま寝室に向かい、寝てしまった。

心配だったが、今は何も聞くべきではないと思った。

仕方なく一人でご飯を食べながら父の帰りを待った。

だが、その日から父が帰ってくることはなかった。

朝になると、母は何事もなかったかのように仕事へ行った。

机の上には、頼んでいたノートがぽつんと置いてあった。

私は察した。父と何かあったのだと。


その日は普段通り過ごそうとしたが、真相が気になって授業にまったく集中できなかった。

その日の帰り道、私の足は気づけば駅に向かっていた。

正直、どこでもよかった。あの家から、その真実から遠ざかることさえできれば。

改札を抜け、3番線のホームに降りたとき、ちょうど電車が来たのでそれに乗ることにした。

帰れなくなるのは困るので、2駅行ったところで降りた。

その駅は、小さな商業施設が併設されているような駅だった。


私は南口から出て、暗い街へと歩き出した。

しばらく歩くと、川に行き着いた。何か幽霊でも出そうな不気味な雰囲気だったが、近くを電車が走っていたので少しはマシだった。


しばらく川沿いを歩いていると、古い神社のある公園を見つけた。普通は「公園付きの神社」と言うのだろうが、ここは逆だった。小さな公園の中に、大きな桜の木と鳥居と社殿がぽつんと佇んでいるような奇妙な場所だった。ベンチがあったので、そこに腰掛けて少し考えることにした。


父と母に何があったのだろう。それとも、私の思い過ごしなのだろうか。

そんなことを考えていたら、川沿いの道路に黒い軽自動車が止まった。中から若い男が二人降りてきて、こちらに向かって公園に入ってきた。今すぐ逃げようと思った。だが、足がすくんで動かなかった。


「おい姉ちゃん、中学生か?こんな時間に一人でこんな人気のないところにいたら危ないよ(笑)」

「すいません。帰ります」


立ち上がろうとする素振りを見せた瞬間、手首を強く掴まれた。振り払おうとしたが、中学生の私の力では無意味だった。


「ちょっと遊ぼうよー」

「ちょっと!やめてください!」

「逆らうなよ(笑)。ほら、ちょっとだけ!」

「やめてください!!」


私は必死に、強く押し返した。


「何すんだてめぇ!」


もう一人の男が私を激しく突き飛ばした。


私は勢いあまって、ベンチの角に頭を強くぶつけてしまった。


意識が遠のいていく中、狼狽える男たちの声と、私と同じくらいの年齢に見える男の子が何かを叫んでいるのが聞こえた気がした。


次に目を覚ましたとき、そこは病院のベッドの上だった。横には、パイプ椅子に座って眠っている母の姿があった。


「ごめん、お母さん」


私の声で目を覚ました瞬間、母は私の頬を強く叩いた。

その時の母は、今までの母とはまったく違う顔をしていた。

何かを捨てて、何かを得たようなそんな顔だった。

今しかないと思い聞いた。


「お父さんは?」

「あの人は浮気をしていたの。もう関わることもないから、気にしなくていいわ」


衝撃というよりは諦めに近いものを感じた。

それでも詳しく知りたい気持ちがあったので、説明を求めた。


「会社の同僚と手を繋いで歩いているところを、昨日見つけたのよ。問い詰めたら、改まって白状したわ。最低な男だった。ただそれだけ」

「お父さんとは、もう会えないの?」

「会ってはいけないからね。」


これまでに感じたことのないような、強い圧力を感じた。


「今日一日、弁護士事務所に行っていたのよ。そしたら警察から電話がかかってきて……。あなたが居なくなったら、お母さんはどうすればいいのよ。お願いだから、危険なことはもうしないで」

「ごめん、お母さん。もうしないよ」


その後、医師の診察や警察の事情聴取など、いろいろな手続きを経て家に帰ったのは午前0時を過ぎた頃だった。


警察の話によると、私に暴力を振るった2人組はその後逃走したものの、車のナンバープレートが判明していたため、2キロほど離れたマンションの駐車場で見つかり、逮捕されたらしい。その情報を提供してくれたのは、私が気絶する直前に見た中学生くらいの男の子だったのだろう。その子にお礼を言いたかったが、警察からは相手の情報を教えてもらうことはできなかった。


次の日から、母は私の行動を強く制限するようになった。


スマホにGPSアプリを入れられたり、厳しい門限を決められたりと、あり得ないほど自由を奪われた。正直、反抗したかった。けれど、自分が警察沙汰の迷惑をかけたという後ろめたさもあり、しばらくは従うことにした。


そして、高校1年の春。高校に入学したばかりの頃。

何気ない会話の流れで、友達に母のことについて話した。友達の反応は、当然ながら私に対する心配と哀れみだった。


自分自身、その生活に慣れつつあったのだが、友達から改めて指摘されたことで、自分の母親の異質さを強く実感するようになった。


その日の夜、私は母にその不満をぶつけた。

しかし、母は私の言葉をすべて冷たく聞き流した。


その日から、私の本格的な反抗期が始まった。

読んでくれてありがとうございました!!

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