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復讐とは、ただ怒りに任せて剣を振るうことではない。
それは緻密に組み上げられた芸術であり、敵が最も誇りとしているものを、最も残酷なタイミングで、最も無様な形で叩き壊す工程を指す。
そして俺にとって、その工程を「最高の素材」であるリヴィアと共に進める時間は、これまでの退屈な人生で得られなかった極上の娯楽だった。
「リヴィア、まずは食事だ。話はそれからでいい」
大公邸のバルコニー。公国を一望できるこの場所で、俺は彼女の前に「マルドガモの頬肉」を煮込んだ特製スープと、魔力を活性化させる「七色果実」のサラダを並べさせた。
どれも一個で平民の月の生活が安泰がするような代物だが、俺にとっては庭の雑草も同然だ。リヴィアの顔色が良くなるなら、伝説の魔獣だろうが神の供物だろうが、俺がこの手で手に入れてやる。
「……毎日、こんな贅沢なものを食べさせられては、心が腐ってしまいそうだわ」
リヴィアは呆れたように溜息をつきながらも、行儀良くスプーンを動かしている。
三日前は泥にまみれ、死を待つだけだった体が、今は見違えるほど瑞々しい。白磁のような肌、そして何より、銀色の睫毛の隙間から覗く、あの「凍てつくような殺意」を宿した瞳。
その瞳がスープの湯気に少しだけ緩む瞬間、俺の胸は言いようのない充足感で満たされる。
「いいんだ。君はこれから、あの愚かなバルザムとセレナの前に『奇跡』として現れなければならない。幽霊のような姿では、復讐の威力が半減するからな」
「わかっているわ。……でも、ゼクス。この服も、少しやりすぎではないかしら?」
彼女が身に纏っているのは、俺が昨日、公国一番の仕立屋を寝室に迎え、完成するまで帰さないと宣言して作らせた、特注の部屋着だ。
最高級の「エルフ蚕の糸」で織られた生地は、彼女の動きに合わせて月光のように揺らめき、そのしなやかな肢体を優雅に包み込んでいる。
「いや、足りないくらいだ。宴用の本番は、もっと君の『毒』を引き立てるものにする」
俺は彼女の向かいに座り、自分の分として用意されたコーヒーを一口飲んだ。
さて、朝の栄養補給が終われば、次は「戦」の準備だ。
「リヴィア。君の魔力、今の状態を見せてみろ」
彼女の動きが止まる。
バルザムたちに嵌められた際、彼女は「魔力封じの枷」を嵌められ、無理やり魔力を枯渇させられた。その反動で魂は傷ついている。
リヴィアがゆっくりと右手を差し出す。俺はその細い手首を掴み、自分の魔力を少しずつ流し込んだ。
「っ……あ……」
彼女が小さく声を漏らす。俺の魔力は、公国でも類を見ないほど密度が高い。普通の者なら耐えきれずに意識を失うだろうが、彼女は奥歯を噛み締め、俺の視線を真っ直ぐに跳ね返した。
「……相変わらず、……乱暴な魔力ね」
「そう言うな。君の魂を最短で修復するには、俺の『魔力』で洗浄するのが一番効率がいいんだ」
俺はわざと、彼女の手首を親指で優しくなぞった。
復讐に燃える彼女の肌は、驚くほど熱い。その熱が俺の指先から全身に伝わり、冷え切っていた俺の情熱を再燃させる。
修復の過程で、彼女の魂の中に潜んでいた「呪印」の残滓を焼き切る。バルザムの無能な魔導師たちが刻んだであろうそれは、俺の敵ではなかった。
「……ふう。これで、以前よりも威力が上がるはずだ。リヴィア、君はもともと氷属性の適性があったな?」
「ええ。でも、もう昔のような『綺麗な氷』は出せない気がするわ」
彼女が空中に指を走らせると、そこには透き通るような青ではなく、どす黒く濁った、しかし鋭利な「黒氷」の棘が形成された。
一触即発の冷気。触れるものすべてを腐食させ、凍土へと変える呪いの氷。
「最高だ。君の憎悪が魔力に変質したんだろう。その氷で、あの宴の会場を墓場に変えてやるといい」
俺は心底愉快に笑い、彼女の頭を撫でた。
リヴィアは少しだけ面食らったような顔をして、「褒められるようなことじゃないわ」と呟いた。
だが、その耳たぶがわずかに赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。
────
昼過ぎ。
大公邸のホールには、公国中の商会から取り寄せた宝飾品と生地が山積みになっていた。
リヴィアに「宴用のドレス」を選ばせるためだ。
「ゼクス閣下……これらすべてを揃えるのに我が商会の在庫が空になりましたぞ……」
商会長が額の汗を拭いながら控えているが、俺は一瞥もくれない。
「どれもリヴィアには地味すぎる。もっとこう、彼女の復讐心に寄り添うような……死を連想させつつも、目が眩むほど美しいものはないのか?」
「死を連想させ、かつ美しい……? さ、左様でございますな……。では、こちらの『冥府の蝶の翅』で織られた漆黒の薄絹などはいかがでしょうか?」
俺はそれを見て、ようやく頷いた。
深い闇のような黒。だが、光の加減で毒々しい紫や銀色に輝くその布地は、今のリヴィアに相応しい。
「リヴィア、これにしよう。デザインは俺が指定する。……胸元は大胆に開け、背中は肩甲骨のラインが出るまで。そこからフェクシリア(死を司る女神)の鎌のような鋭い刺繍を入れさせよう」
「……待って。そんな格好、恥ずかしくて歩けないわ」
「いいや、歩ける。君の美しさにバルザムが目を奪われ、その瞬間に君が彼を『ゴミ』を見るような目で見下す。その視線こそが、最高の復讐になるんだ」
俺はリヴィアの肩を抱き寄せ、耳元で囁く。
「君の体にも、美貌も、すべては復讐のための武器だ。……もちろん、その武器を手入れし、管理するのは俺の役目だが」
「……本当に、あなたという人は……。私の復讐を利用して、自分勝手に楽しんでいるだけじゃないの?」
「その通りだ。否定はしない。だがリヴィア、俺に愛でられ、甘やかされることで、君の刃はより鋭くなる。……違うか?」
リヴィアは唇を噛み、俺の胸を軽く叩いた。
「……悔しいけれど、その通りだわ。あなたの用意した食事も、魔力の洗浄も、……このドレスの提案も。すべてが、私を強くしてくれるのがわかるもの」
「ならいい。さあ、次はダンスの練習だ」
「ダンス? そんな暇があるなら、復讐計画の作戦を練るわ」
「甘いな。宴とは戦場だ。音楽に合わせて優雅に踊りながら、敵の陣営を切り崩し、味方を増やす。そしてバルザムの前で、俺と君がいかに親密であるか、君がいかに優雅で心に余裕があるか、それを見せつける。……それこそが、奴の自尊心をズタズタにするための最も有効な最初の攻撃だ」
俺は強引に彼女の手を取り、広大なホールの中心へと導いた。
楽団の代わりに、俺の魔力で奏でる自動演奏の旋律。
リヴィアは戸惑いながらも、俺のリードに従ってステップを踏み始める。
かつて王太子の婚約者として教育を受けてきた彼女のダンスは、完璧だった。
だが、今の彼女の動きには、以前にはなかった「野性味」と「鋭さ」が混じっている。
俺の体に触れる彼女の手のひら。密着する腰のライン。
彼女がステップを踏むたびに、彼女の長い銀髪が俺の腕に絡みつく。
「……ゼクス。近すぎるわ」
「ダンスとはこういうものだ。もっと俺の目を見ろ、リヴィア。……そうだ、その目だ。殺意と困惑が混ざり合った、その美しい瞳を俺にだけ向けろ」
俺は彼女を強く引き寄せた。
彼女の吐息が俺の鎖骨に当たる。
心臓が早鐘を打っているのは、ダンスのせいだけではないだろう。
「……あなたは、私がバルザムを殺した後、どうするつもり? 用済みになった私を、またあの泥の中に捨てるの?」
ダンスの旋律が止まる。
俺は彼女を抱きとめたまま、その薄い唇を自分の指でなぞった。
「捨てる? まさか。君を拾ったあの日から、俺の退屈な世界は君を中心に回り始めた。復讐が終わったら、今度は君を『幸せ』で埋め尽くすという、もっと壮大な退屈しのぎが待っているんだ」
「幸せ……? 私のような女に?」
「ああ。君が一生かかっても使い切れないほどの愛を、俺が注ぎ込んでやる。……だからリヴィア、安心して暴れてこい。宴の日、君が望むなら、俺が世界のすべてを止めてやる」
リヴィアは驚いたように目を見開いた。
そして、自嘲気味に、けれど初めて少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。
「……本当に、救いようのない変態さんね。……でも、悪くないわ。あなたのその狂気に、乗ってあげる」
その夜。
俺は自室で、密偵から届いた「バルザムとセレナの不正」に関する膨大な資料を精査していた。
公金横領、他国のスパイとの内通、そしてリヴィアを陥れるために使った偽造証拠の原本。
これら一枚一枚が、奴らの首を括るためのロープになる。
だが、それだけでは足りない。
俺は、羊皮紙にさらなる「仕掛け」を書き記していく。
宴の会場。バルザムが最も得意とする「光魔法」の演出。その瞬間に、すべての光を奪い、リヴィアの「黒氷」が咲き誇る舞台を作るための術式。
本気とは、こういうものだ。
金も、権力も、魔法も、知略も。
すべては一人の女の、復讐に忙しく、そしてたまらなく可愛い姿を愛でるためにある。
……さて、バルザム。せいぜい今のうちに、偽りの王座を楽しんでおけ。来週、お前の世界は、俺の最愛の婚約者によって終わりを迎えることになる。
リヴィア、復讐に狂う君は本当に可愛く美しい。……だが、俺だけに甘える君は、もっと可愛いんだろうな。……楽しみだ。
準備は整った。
あとは、舞台の幕が上がるのを待つだけだ。
王国全土を震撼させる、史上最も甘美な復讐劇が待ち遠しい。




