第四十五話 祖父の声
小学校時代の話。
休日の昼頃、自宅の便所で用を足していたら、祖父の呼ぶ声がした。
返事をして廊下に出たが、誰の姿もない。
祖父はフットワークが軽く、常に動き回るタイプの人間なので、先に目的地(大抵は庭かリビング)に向かったのだろうと思った。
しかし何処にもいないため、キッチンで作業中の母に祖父を見なかったか訊いたところ、
「何言ってんの、おじいちゃん今、北海道でしょ?」と返された。
ここでようやく、祖父は数日前から北海道旅行に行っていたことを思い出した。
自他共に認める“おじいちゃん子”で、出発する祖父を涙目で見送るほどの私が失念するはずもないのだが、呼び声があまりに自然だったせいか、気づくのが遅れた。
怖くはない。しかし奇妙な事態だ。
不思議がる私に、両親は「家がおじいちゃんの声を覚えていたのかもしれないな」だとか、「おじいちゃん、あんたのこと思い出してたのかもね」といったスピリチュアルなコメントを投げた。二人とも理系なのだが、こういった領域の話が大好きなため、どうしても解釈がオカルトめくのであった。
そんなものかと思った直後、今度は「よもや祖父の身に何かあったのではあるまいか」という不安が押し寄せた。連絡をして安否を確認してくれと母にせがむも、「せっかく旅を楽しんでいるおじいちゃんを煩わせるな」とたしなめられた。
そわそわしながら過ごすうちに何事もなく祖父が帰宅し、私の心配は杞憂に終わった。土産話が一段落したタイミングで件の話を聞かせると、祖父も面白がっていたが、特段思い当たることはなかったそうだ。
今年、祖父の十三回忌がある。懐かしい記憶が蘇ったのは、節目ゆえだろうか。
いまだに、空耳でもいいからまたあの声が聞きたいと思うことがある。




