第十章 聖女エダンの憂鬱
「おぉ! すげぇ数……」
「ハハハッ、君は本当に良い反応するね。苦労して作った甲斐があるよ」
ガルガの貯蔵庫にて。
数多くの日用品の金物製品に紛れて、武器までわんさか出てくる。
しかしクレスは威力の高そうな武器には目もくれず、手にするのは日常使いに勝手の良い、しかも刃物でもなく、調理用品ばかりに興味を示すのだ。
「武器には興味がないのかい?」
「ああ、既存の武器に頼るのも良いが、様々な素材を加工することで新たな武器にならないかと……」
「素材を加工? 君はそんな特殊なこともできるのかい?」
大きく目を開いて驚くと共に、クレスの能力に純粋な関心と興味も示す。
「少しだけな。人の手で加工されてない金属からの錬成はまだ無理だ。制限が多すぎるんだよ。……ただ、さっきの金貨のような手にするのが初めての金属に関してはまだ試したことなくて分かんね」
この時代の鉄のフライパンを手に取り、入念に素材を確かめつつもガルガにクレス自身でも分かる範囲で能力を詳しく説明する。
「なるほど、やはり数字持ちは私たちと違うんだね。さっきから君には驚かされるばかりだよ」
「……その、数字持ちの話だが、アディもそうなのか?」
アディが待つ部屋の方向をチラリと見て、クレスはずっと知りたかったアディの地位をこっそりガルガに問う。
あのルネを完成させるほどの能力だ、数字持ちでも遜色はないはずなのだから。
「恐らく序列下位と……。あの有能さから見ても数字ありに見えるけどね。アディさまはなぜか自身の地位を話さない。何か理由があって黙っているんだと思っているよ」
流石のガルガもクレスと同じく、アディが待つ部屋の方向を一度見てこっそり答える。
「そ、そうか……」
クレスの期待は大きく崩れるが、だからと言ってアディへの感謝が消えるわけではない。
それでもクレスの動揺は大きなもので、どんな顔でアディと目を合わせるのか、酷く考え込んでしまうほど。
デリケートな話題だ、例えアディは気にしてなくともクレスが本人以上に気にする。
***
「コンコン。少々お邪魔しますね、アディルメル様?」
閉じたドアを開いた上で擬声語を含んで呼び掛けて、若干アディを小馬鹿にするような少々棘のある発音で、突然一人の女性が現れる。その服装からも高貴な雰囲気で溢れている。
「……フッ、高みの見物か? お前も随分と偉くなったものだな、エダン?」
「あら、アディルメル様ほどでも? 良いですよね、あの闘技場で優越感を感じて安全な所から高みの見物だなんて。本当、羨ましいわ。代わって下さらなぁ~い?」
「よく言う、」
まるでアディの今の地位が偶然の産物で、幸運だったからこそ手に入れたとでも言いたげな、ねちっこく嫉妬丸出しな発音でアディに詰るのは、噂の的となっている聖女エダンだ。
「あらあら? あらあらあらぁ? 一代であの〈天子の揺籃ルネ〉を築き上げた偉大なお方が、街外れの古臭い民家、しかも鍛冶屋でお茶を啜るなんて。まったく、興味が尽きませんわね! あっ、元々愚民出身だったのですから、その貧乏癖が抜けきらなかったのかしら?」
「嫌味を言わなければ、話すらまともにできないのか?」
まるで息を吸うように出てくる言葉すべてが気に障る発言だけでなく、常に顔をニタニタさせながら、アディをコケにするエダン。
「ところで、アディルメル様のお連れの殿方は? どこに? 今どこに?」
「……お前、一体いつから監視していた?」
すべてを把握した中で、エダンは均等に伸ばした綺麗な装飾を施した爪で、アディの首元から顎に掛けて丁寧に撫ぜる。
そんなエダンに、思わずアディの本音が漏れだす。
「相変わらず気持ちの悪い女だな。聖女などと、笑える冗談だったら良かったのにな」
「は、……はぁあぁああ? 私のどこが気持ち悪いってぇえぇええぇぇ?」
アディの言葉に激怒したエダンは、怒りの形相で唐突にアディの首を絞め出した。
「訂正……、しなッ……、さいよぉ……ッ!」
淀んだ殺気を纏いながら、本気でアディの首を絞めるエダン。
その形相は実に恐ろしい見た目を晒していて、迷いなくアディに明確な死を与えようとするもの。
「なッ? やめろ、何をしているッ!」
エダンの怒声と雄叫びを聞いて、姿を現したクレスはアディの状況に思わず大声が出る。
「あらら? あらあらあらぁ? やだぁ! 私ったらはしたない!」
「アディ、大丈……」
「まぁ、まぁまぁ! 素敵な殿方……。本当に……、素敵ね、素敵ッ、本当に素敵ッ!」
クレスの言葉と行動を抑制させて、クレスの全身、頭からつま先まで舐めるように見る。
「あ、アンタ何者だ? 痛い目見たくなかったらそこを退けよ!」
「やだぁん、その軽蔑のまなざしにもゾクゾクしちゃうわ!」
何を言っても効果が無いことで、余計にクレスの女への気持ち悪さがより際立つ。
『クレス君、この人が二代目聖女エダンだ』
呟くような声でボソッと一言、ガルガはクレスに助言を放つ。
この瞬間、エレンツェとランディを産んだ者であると知れたはいいが、見るからに明らかなエゴイストそのもの。
どう対応するのが正解か、難しいかじ取りをクレスに任された。
クレスにエダン個人に対しての敬いは一ミリも存在していない。
それもそうだ、エレンツェとランディを悲しみと絶望に暮れさせたのは、誰でもないこの人物で確定なのだから。
「身分はよく分かった。で? アンタは何用で?」
「私は貴方を助けに来たのよ。この女狐に上手く言い包められてないか、心配で心配で……」
エダンの発言で周囲の空気が瞬時に固まる。
「あ、あぁー……。女狐とは、アディのことで良いのか?」
「もちろんそうよ! 散々酷い目に遭ったでしょう? もう大丈夫よ、さぁ来てッ!」
エダンは手を掲げる合図で、扉の外に待機させていた屈強な男達を徴集する。
ただ玄関を取り囲んだ男達の目は虚ろで、無言のまま不自然な姿でエダンに従っている。
「エダン、まさかお前、精神搾取を使ったのか?」
「あら、アディルメル様知りませんの? 合法ですことよ?」
エダンの人を人と思わない悪事に思わず立ち上がり、酷く睨むアディ。
聖女エダンはその声明を利用して、悪事の限りを尽くす。
欲しいものを簡単に手に入れる手法があるのなら、使えるものは使って後は簡単にドブに捨てる。
それがこの女のスタイル。
「さぁ、クレス。私について来てくれるわよね?」
「……分かった、いいだろう。ただこの二人には手を出さないでくれ」
「クレスッ!」
クレスの選択に納得できないアディは、思わず席を立つ。
そんな動揺するアディの傍に駆け寄ったのはガルガ。
無言のまま安心を与える表情で、クレスに危険はないことをガルガが示し、心配の必要がないことをクレスが示す。
今回、初めて聖女エダン自らが動いたのだ。
つまりはエレンツェとランディの身にも危機が迫っていることを示す前兆のようなものと捉えても不思議はない。
状況を理解できても感情が納得できず、無理矢理心を押しつぶすことしかできないアディ。
そんなアディの様子に、勝負に勝ち誇ったような笑顔で見下すのがエダンだ。
「そうと決まればクレス、行きましょう? 残念でしたわね、アディルメル様?」
堂々とクレスを連れながら、意気揚々とこの場を去っていくエダン。
重苦しく息の詰まった空間は、一気に解放された。しかしアディに息つく暇などない。
「あのエダンが動いた。……エレンツェとランディの身に危害が及んでいるのかもしれない」
普段快楽に溺れるだけのエダンだけに、今回、出向くこと自体が単純にクレスに興味を示しただけとは思えず。
最悪、クレスとアディを引き放すことが目的だったとも考えられる。
「これはルネもアゼレッダも、国を揺るがす事態になり兼ねません。慎重に行動しなくては」
「奴らはなぜか私たちの想像の斜め先を行く。まるで監視されている気分だ」
「監視ですか、十分あり得ますね。これはあくまで推測の域を出ないのですが、何らかの条件を満たして我々の心を覗いている可能性は外せません」
「ああ、私はルネに戻る。ガルガはクレスを頼む。大丈夫だとは思うが、まだ小僧だからな」
「こちらのことはお任せください」
事態は大事へと加速して、すべて失う覚悟で、アデイは焦るようにルネへ帰路につく。
***
「で? 俺をこんな所に連れてきてどうする?」
クレスの前に聳え立つのは、ガルガの鍛冶屋に行く際に通過したあの教会だ。
近くからよく見れば年季の入った建物が最近、改修工事を終えた後のようで、まだ所々足場が残っている。
「んもぅ、クレスってばそんなに早く中に入りたいって言うの? どうしちゃおっかな?」
甘ったるい声色で、クレスを誘惑する気満々な聖女エダン。
クレスの腕に両手を絡ませ、エダン自慢の豊満な胸を押し付けて、女の特権をすべて使ってクレスを誘惑する。
「どうでもいいがこの礼拝堂には興味がある。今からでも入れるか?」
「入れるわよぉ~! 今すぐ入りましょうよぉ!」
上機嫌のエダンは、修繕の技術を見るためにゆっくり歩くクレスを急かすように、教会へ入り、こっそり頑丈な鍵を掛けた。
クレスとの蜜事を邪魔されたくない行動の表れと見て取れる。
天井の高い礼拝堂には剣を持った男性の像と、杖を持った女性の像が掲げられていた。
「なあ、この像は誰と誰のものだ?」
「これは英雄グラーム・アゼレッダと私の母である初代聖女エダンをモチーフにした像ですわ。本物を見たことのない庶民が作った妄想の産物で、似ているかどうかは神のみぞ知るって感じ?」
「アンタ、初代エダンがどんな人物が知ってるんだろ? 知っていることを教えて欲しい」
「あら、女性の前で別の女性の話をさせるなんて、非常識ですわよ」
「……その言い草、初代聖女エダンはまだ生きてるのか?」
クレスの言葉でエダンの笑顔がみるみる引きつる。
「そ、そんなことよりもぉ、これを飲んでくれる? きっと楽しい夜になると思うの!」
「うッ、……これ、酒入ってね? 俺まだ成人すらしてないんだが?」
少し嗅いだだけで分かる、度数の高い酒の匂いと、……なにかしら薬剤を混ぜた可能性。
「今日は無礼講よ。良い夢見させてあげるわ」
「……、ま、いいだろ」
差し出された酒を少し怪しんだだけで、無防備にも一気に飲み干すクレス。
それを唾を飲み込みながら、見つめるエダン。
興奮は最高潮に達しそうだ。
「クレス……、私を心から信じてくれるのね。いいわ、一緒に良い夢見ましょう!」
エダンに導かれて礼拝堂を抜けると、そこには教会の神聖さとは真反対のラグジュアリーな内装に、大きなベッドが一つ置かれている。
時代的にあまりに似つかわしいものばかりの中、クレスの容態は急激に悪くなり、エダンに誘われるままベッドに落ちる。
「クレス、じっくりゆっくり楽しみましょうね?」
意識が遠退くと同時に、身体中の血管が疼き、這いずり廻ってドクドク流れる感覚に支配されたクレス。
エダンにされるがまま、身を任せたクレスの意識はどんどん不確かになる。




