第九章 英雄グラーム・アゼレッダという人物②
「そうだね、どこから話そうか。そうだ、今も英雄と謳われるグラーム・アゼレッダ誕生とその背景から遡るのがいいかな」
当時、アゼレッダ王国の情勢は決して良いとは言えない状況下にあった。
「時のアゼレッダ国王による政治は何もかもがお座なりで、まず、王としての素質が足りないかったと断言できる。だと言うのに、国王がその椅子に座り続けられたのは、周囲の家臣による煽てがあったからだと言われている。……もちろん、密かに噂された話だけどね」
それにより、アゼレッダ国王が家臣の傀儡となるにはそう時間は掛からなかった。
「本来アゼレッダ王国は広大な土地と豊富な作物にも恵まれた、表土豊かな国だった。しかし無能な王の即位後、この国の資産をたった数年で食いつぶし、挙句借金まで作るほどの有様まで見せた。当然この事実、絶対に民衆には知られてはいけない内容だ」
「ならばなぜガルガは詳細を知っている? また水面下の噂か?」
「私はこの後に起こる戦争の数少ない当事者だったんだよ」
ガルガの、なんとも切ない表情でクレスの疑問に答えた後、話を続ける。
「あの潤沢な国庫を喰い尽くしたとなれば、民衆が異変を知るのは時間の問題になる。焦る王と家臣の間で、ある悪魔の囁きを呟いた者が出てきた。そう、隣国グラームに罪の全てを擦り付けてはどうか、とかね」
「……にわかには、信じられない話だな」
呆れを通り越した驚きで、この話が真実かも疑わしいほどに。
「クレス君がそう思うのも仕方ない。私もただの嘘であって欲しいと願ったほどだからね」
場が静まり返る中、更なる驚きの計画の全容がガルガの口から語り掛けられる。
悪魔の所業のようなあくどい計画に、グラームはどう巻き込まれてしまったのか。
「グラームを標的としたのは、元々職人肌を持つ民が大半で、国民がグラーム髄所に点在し、納品された多くの品物は主にアゼレッダの商人を仲介していたんだ。アゼレッダの家臣達はそこに目をつけ、グラームの民が適正価格を偽り、数倍の高値で売りつけたと世に公表した」
「それは目利きが見れば一目瞭然だと思うが……」
「もちろん首をひねる者もいたが、大体の者は国王の言葉を信じたよ。なによりあの空の国庫を公開して、危機感と不安を煽って、民衆の判断を鈍らせたんだ」
「大ぼらを吹き続けて真実に持っていたのかよッ」
「グラームが標的になった経緯には、複雑な情報取集が困難な者が大多数であること。元々グラームとアゼレッダでは民衆の思想も方針も大いに異なり、決して良好とは言えない関係だったのが決め手だったんだ。相違の関係がアゼレッダに有効に働いた」
隣国同士、互いに親交も積極的に行うも関係は改善されず、そんな事情も味方につけたアゼレッダ国王の宣言が加われば、国民がどちらの言い分を信じるかなど分かり切った話。
「グラームに関する黒い噂を民衆に触れさせれば、日頃の鬱憤に噂の内容にも尾びれがついて、後に引けないほどの嘘が膨張した。アゼレッダに迫る貧困に不安を駆られて、怒りの全てがグラームの民に流れるのは、もう避けられない状況だった」
当然、グラームの民は寝耳に水だろう。
「そんな勢いの中、アゼレッダ国王による戦争開戦の合図が下る。訳も分からず窮地に陥れられた小国グラームは、当然話し合いを要望。でもアゼレッダ国民の限界を超えた怒りと反感は凄まじく、誤解を解くための接触に応じるどころか、非人道的行為の末、次々処分されたさ」
もちろんこの扱いに黙っていられるほど、グラームの民はお人好しではない。
「グラームの民は開戦を真っ向から受け立ちつつ、行動を非難すると同時に、このような暴挙に走った経緯も極秘の調査も進められた。アゼレッダ国民の目を覚ましてもらうためのね」
しかしこの甘さが後にグラームの行く末を決定づける、地獄の導きそのものだった。
「真実に近づく度、到底有り得ないアゼレッダの重鎮による悪行の数々の証拠を集めるも、あまりに理由が飛び抜け過ぎて、アゼレッダ国民に説明しても真実と受け入れられないどころか、火に油を注ぐ行為にグラームに対する憎しみや殺意をより一層駆り立てたものだった」
つまり、何をしようが、何を行おうが、完全に手遅れだったということ。
「結果、会合の猶予すら作らず、アゼレッダは奇襲攻撃を仕掛けてきたんだ」
それは国民の心に燻った、強い憤りを発散させるための戦争。
「アゼレッダが黒幕であり元凶なのか。まぁ、しっくりはするが……」
ガルガの話から、自身が無銭飲食だけで巧妙に奴隷に仕立て上げられて、ルネへ連行させて闘技場に縺れ込もうとした背景を思うと、アゼレッダは闇が多すぎる。
「……ガルガよ、クレスは水を買う上で金貨を偽物と言い包められて、ルネに来た口だ」
何かしら含みを込めて、アディはガルガに意見する。
「き、金貨ですか? クレス君、まだその金貨とやらを持ってるかい?」
「あぁ、……」
「ガルガは鍛冶屋だ。貴金属には殊更詳しいぞ」
偽物と言われても捨てる暇なく移動させられて、捨てる選択も思いつかないほど忙しくてまだ体内に内蔵していた金貨。そんな金貨をただ見せただけでガルガの表情はすぐに固まる。
「こ、これは……、まず本物だよ。……うん、間違いないかな。しかもかなり質のいい……、」
「マジかッ?」
悔しさで頭を抱えて、クレスは当時の失態を深く反省する。
「世間知らずが招いた失敗と開き直って、これからは気を付けるべきだね」
「……世の中、そんな甘い思想では生きていけんぞ」
アディはすました顔でお茶をスーッと優雅に飲み、クレスの失態に追い打ちを掛ける。
「と、とにかく話を戻そうかッ。そうだね、例えば英雄グラーム・アゼレッダの誕生とか……、」
アディをジト目で見るクレスをこちらに呼び戻して、ガルガは話の続きに話題を戻す。
「じゃあまず聞きたい。ガルガ、アンタはその頃から生き続けている不老長寿か?」
謎が謎を呼ぶことで、クレスの疑問は増え続ける。
間違いないのは、全員もれなく嘘塗れだということ。
「ハハハッ、そうだね、僕は確かに不老長寿には恵まれた数字無しさ」
「……そ、そのさ、数字持ちとか数字無しとか、一体どういう意味だ?」
「数字持ちは序列高位のことだよ。君のように〈序列九位〉までは特別な祝福を受けている」
真っ新なクレスの首元を指差しながら、ニコリと笑うガルガ。まだ会って間もないクレスには、数字が浮き出ていないというのに、的確な箇所を当てたことで少々警戒心を煽る。
「クレス君、私たち数字無しには君たちのような飛び抜けた能力はない。だからたくさん死んでたくさん地獄を廻った。それだけに記憶の片隅で赤ん坊の頃から君を知っている者は多い」
「私たち、だって?」
「……良いところを突くね。そうさ、元来グラームは私たち序列下位が身を潜めるための場所であり、皆の心の拠り所でもあったんだ。でも先の戦争で僕以外、死んでしまったからね」
ガルガの衝撃の告白から、流石のクレスも次の言葉を発せない。
「クレスよグラーム・アゼレッダとエレンツェとランディの関係も聞いた方がいいぞ」
一息お茶を嗜んだ後、アディはクレスの生気を蘇らせる。
「……あぁ、英雄グラーム・アゼレッダね。単刀直入に言おう、彼はアイリーンであり、最初から最後までアゼレッダ王国による巧妙な捏造と陰謀と、すべて自作自演と私は考えているよ」
「そ、それなら、エレンツェとランディは?」
「関係ならとても濃いものさ。なんせエレンツェちゃんとランディ君は〈二代目聖女エダン〉の産み落としだからね。まったく、何の因果なのか……」
時に真剣だったり、唐突に哀愁漂わせたり。
グラームとアゼレッダの間で起こった怒涛の記憶は、きっと様々な感情が一気に押し寄せて、今でも整理困難な精神状態なのが見て取れる。
「エレンツェとランディはアンタらの血を受け継いだ、妖精じゃないのか?」
「そうだったら良かったんだけどね。だけどそんな簡単な問題ではなくて」
「ど、どういう問題だ?」
地獄の中の常識にいたクレスが、現実の常識を吸収すべく、前のめりに問題を追及する。
妖精と言う立場は聞く限りあまりに分が悪い立場。
だからこそこの地獄のような仕組みを知っている、率先して協力してくれる仲間がいないとは考えにくいと感じたのだろう。
そんなクレスの真剣さを見て、ガルガがアディの表情を確認した後、真実を話す
「僕たちは基本、《精子を器に形を作り出す》が、稀に《卵子を器に形を作り出す》ことが可能な個体ができるようなんだ。ただ当然どちらも祖父母や曾祖父母の立場でね」
「つまりエレンツェとランディは祖父母を介して生まれたということなのか? ならば〈初代聖女エダン〉は俺らの、仲間の可能性が高いということになるのか?」
「恐らく。グラーム・アゼレッダの置き土産は、何かに特出した同胞と考えておかしくない」
エレンツェとランディの存在は、明らかにガルガとは一線を画す存在に位置しているように見える。
通常一つの身体に二つの意志が宿ること自体が、まずあり得ない現象なのだから。
「隔世遺伝を介してなら、人間のDNAを完全に取り除いた状態のはずなんだけどね。だからこそエレンツェちゃんとランディ君の違いには初めて会った時、舌を巻いたものさ」
ランディを〈清潔〉として扱い、エレンツェを〈不潔〉と扱うように、足りない度量の穴埋めとして、人間のDNAを注ぎ込んだのではとガルガは推測しているようだ。
しかしDNAを二分化で振り分けるほどの反応を見せた割には、エレンツェとランディは上手く共存できていた。
多く人間の血を受け入れたとは思えないほど、エレンツェの意志と思想に人間特有の歪みは存在せず、同胞として何の遜色もなく、一本筋通った性格まで持っているのだから。
「まあ、そんな異例ずくめの二人の謎は、どういう伝手でアイリーンが〈初代聖女エダン〉を見つけて、聖女まで仕立て上げたのか。そして〈初代聖女エダン〉はどこへ行ったのか、だね」
「相当な年月を掛けて練られた計画的な犯行なんだな……」
「我々同胞がそう簡単に交わるとは思えないから、あまり考えたくはないが、拷問の末の強制と考えてもおかしくない。そうなれば今もアゼレッダ城に幽閉されている可能性も……」
ガルガの衝撃の発言は、この場の空気を一気に凍らせる。
しかしそうでなければ、何もかも辻褄が合わない話なのだから。
「そ、その、なんだ? アイリーンって奴は無茶苦茶恐ろしい人物だな……」
クレスの発言は、先ほどとは違う意味で場が静まり返る。
アディとガルガは心底思うのだ、『自身の出生を知れば、発狂もので間違いない』と。
まだ見ぬアイリーンに対して、すでに苦手意識を持つクレス。
赤子だったクレスに気付ける要素はなく、地獄の支配人も教えた様子もなく、アディらの反応も致し方ないだろう。
「とにかく今、私たちにはその難敵、アイリーンの計画を止める義務が生じている」
「計画を止める義務? エレンツェが永久に存在を消してしまえるなら、そのアイリーンって言う奴自体も亡き者にできるだろ? なぜ計画を拭ぎ止める程度なんだ?」
「それは相手が普通の人間だった場合の判断だよ。アイリーンの無限の生命力を軽んじてはいけない。近い将来、君も実感することだろう。……いやと言うほどにね」
アイリーンのその凶悪性と特異性を知らないクレスは、至って自然な反応を示す。
ただまだ何も分からないクレスも、初見のガルガの優しそうな雰囲気から、強い怒りと憤りで険しい表情になった瞬間を見逃さなかった。
話が終わって物腰の柔らかいガルガに戻ることで、ガルガの心にどれほどの闇を抱えているのかを、察知できないようなクレスではない。
「そうだ、商品でも見ていくかい? 話が長引いてゆっくり鑑賞する時間はないが……」
「ああ! 是非見たいし、物によっては買い取りたいしな! 金ならたっぷりあるぜ!」
ガルガの案内に素直に喜んでついて行くクレスを見守るアディ。
「周期的にはまだ小僧というのに、背伸びをしおって……」
実はクレスはこの三人の中では間違いなく一番の年長でもある。
ただそれは人の形を手に入れた早さであって、赤子から子供、思春期になるまで膨大な時間を費やしたのがクレスだ。
それほど長く誰かの世話になる必要があり、泣くことだけが仕事の幼少期を過ごしていた頃、アディたちはこの世の地獄を嫌と言うほど目にしてきただろう。
しつこく纏わりつく負の感情に阻まれて、たった一日を過ごすだけの時間は永遠のような感覚で、絶望そのものだったはず。
ただ地獄には支配人が、同胞がいた。
流石に詳しい記憶は残らないものでも、断片的な記憶や感覚はいくつか残すことは可能。
それは通常、生き物が持つ本能や感覚が研ぎ澄まされて進化したもので、異端たちはあくまで断片的な記憶を連れて、現実世界に戻ることができる事例がいくつか存在する。
「……奴はまだ幼かった。しかし引き込まれそうな無垢な瞳は一番星でも見ているようで、辛い気持ちが一時飛んで行くほどの衝撃と同時に、大きな希望が見えたものだな」
哀愁漂わせながら、なんてことのない手のひらを見つめると、自身の無力さに改めて気づかされるたようで、アディの記憶にぼんやり残ったクレスとの交流は、とても暖かなものであると同時に、多くの同胞を救ってくれる、重要な一人だとすでに確信を抱いている。
「こうも私の心を癒してくれる。お前は絶対に必要な存在なのだ、同胞のためにも、この星のためにも……」




