第七章 女王陛下としての選択③
「まったく、いくらなんでも出しゃばり過ぎだぞ、クレス」
「しかし、あ、あんな滅茶苦茶な話あってたまるか!」
アディの書斎にてクレスは説教を聞かされるが、逆に喰らいついた。
「……この国には私が必要不可欠なのだ。その事実を知るバネット、もといアイリーンが安易に私を処刑に処す判断など、一ミリも最善にならないと身に染みて理解しておるわ」
「な、なら、これからどうするんだよ」
「一時的にルネから離脱するに決まっておろう」
「そうか、離脱……、り、りだつぅぅう?」
この難題の答えが強行手段と知ってクレスは思わず叫ぶが、アディによって口を塞がれる。
「そう大きな声を出すでない。国外、〈アゼレッダ〉にお前に会わせたい仲間がいるのだ。元々会わせるつもりだった故、事前に書簡は届けている。着けばすぐに対応して貰えるはずだ」
「し、しかし、エレンツェはどうなる? 大体さっきは逃げないと言っただろ?」
「私はこの国の根幹を揺るがした。女王陛下という位の絶対性を伝えたいバネット達と、私の必要性の無さを主張する貴族達との間にひと悶着あるだろう。バネットに統制する力はない。なにより相手は客だ、あれこれ耳障りの良い言葉で取り繕うだけに死ぬ気で必死になるはず」
「だから、エレンツェはどうなる!」
「……半日だ。混迷する今、私の位が揺らいだ今、この国を離れられる最初で最後の時間だ」
スンと、芯の通った力強い瞳でアディはクレスを見る。
それはどう見てもエレンツェを諦めた表情には見えない。
「わ、分かった。アンタの言いたいことは、大体……」
「分かればよい。ランディは留守番だ、生体の気配を完全に消すわけにもいかんのだよ」
少し悲しそうな表情でランディを優しく撫でた後、アディは重苦しいドレスだけを脱ぐと、断崖絶壁を一望できる大きな窓を開放、身を乗り出して飛び込む体勢を整えた。
「飛び込む気なのか?」
「渦中の我々が正門から堂々と出て行くわけにはいかんだろう。これは極秘任務なのだよ? お前も早くこい、場合によっては一秒たりとも無駄にはできないからな」
アディの言葉で覚悟を決めるも、何も知らない純粋な笑顔のまま尻尾を振ってランディはクレスを見ている。
その笑顔に申し訳なさそうな顔で、クレスはランディを優しく撫でた。
「悪いな、すぐ帰るから少し留守番していてエエェェえええええぇッ……ぇぇぇ……ぇっ?」
ランディとしばしの別れを伝えている最中、その時間すら惜しいとでも言うように、アディはクレスの服を豪快に掴むと、怯む様子もなく、断崖絶壁を共に飛び降りる。
〈ザッバァァアアアアアンッッ!〉
「プッハッ! お、おい、いくらなんでもこれはないだろッ!」
「そう騒ぐでない。手段を選ぶ時間が無いのだ、さあ、急ぐぞッ」
一番近い海岸へ辿り着くと、水浸しのアディは、すぐ傍の木に事前に吊り下げていた洋服を探る。
早々と町娘のような姿に変貌すると息つく間もなく、早足で先を進み、この間、体内に内蔵していた洋服に着替えたクレスが後に続く。
静かな森を少し歩くと、草木で隠され守られている天然の小さなトンネルを潜れば、見るからに神聖な空間、つまりは異空間に辿り着いた。
そこには巨大な大木が一本、丸々と肥えた存在がクレスの心情を掴んだ。
「ここは?」
「当時私がルネ建設の際に使用したもので、くり抜いたり砕いたりした岩を安全な場所に瞬間移動させるために用意したものだ。またいつか必要になると踏んで残して置いたのだ。様々な場所に対応させたために、好きな所へ指定できる利点も当時のまま残している」
「……本当にアディ一人であのルネを創り上げたんだな」
思わず関心するが、同時に哀愁も感じ取る。
あれだけの素晴らしい建物を一人で建設して、一人で重労働もこなしたアディの苦労を思えば、好き勝手の限りを尽くす人間達に揉まれたアディの心労は計り知れないものだろう。
「さあ、クレス乗れ。アゼレッダへ参るぞ」
大木の幹に大きな穴が開き、トロッコ列車のような乗り物に緩やかな坂道の線路が遠く続いている。
周囲は暗く、唯一闇を照らすのは乗り物の手元にあるガラスをかぶせた蝋燭のみ。
「早く乗れ。アゼレッダなら五分と掛からないが、善は急げと言うだろう」
「わ、分かった」
少々遠慮気味に、だが時間が迫っているのは分かることから悩むのは一瞬で、即座に乗り込んだ瞬間に発進させた。
風は起こらず、そんな沈黙の移動にクレスがある疑問を問う。
「本当に、エレンツェは無傷か? ランディも置いてきたが……、本当に安全なのか?」
アディの発言に絶対という確信がクレスの中ではどうしても芽生えない。
国の存続が危ぶまれる、あれだけの騒動を起こした後なのだ。
もし混乱に生じて女王陛下が逃げ出したなどの発覚と公表があれば、アディの立場は完全に地に落ちるだけに。
「お前に火の粉は飛ばんだろう。気にするだけ無駄だ」
「アンタだけじゃないんだ、エレンツェとランディの命だって係わる話だろ?」
「お前自身のこれからを心配しろ。我々の行く末は我々で決める」
「エレンツェとランディはアンタの道具でも玩具でもない。命の尊さと重さは常に平等だ」
「お前の発言は正論だろうが、同時に理想論でもある。本当に命は平等なのか?」
アディの発言はクレスを疑心暗鬼にさせる。
しかしその不快な発言に返す言葉が見つからない。
まるでアディの言う、命の平等が理想論でしかない事実を認めるかのように。
「……そうだな、我々の出会いを少し話そう。少しはお前のその怒りの抑制にもなるかもな」
思い出すことも苦痛なのか、悲しい表情を見せるとアディの中の記憶を呟き出した。




