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零の継承者たち -天子の揺籃ルネ-  作者: あず
天子の揺籃ルネ
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第七章 女王陛下としての選択②

〈わぁあぁあぁぁあぁああぁぁあああぁッ!〉


 会場のボルテージは最高潮に達して、新たに費やされた奴隷が屈強な男に無防備なままじわじわとダメージを与えられ、散々玩具にされた挙句、弱り、絶命していく過程を見る日常。


 絶望や恐怖に支配された表情や行動が滑稽であればあるほど、貴族達の歓喜を呼び、その絶叫から闘技場は地割れの如く、実際にミシミシと音が聞こえそうなほど響き渡っている。

 これはほぼ毎週行われる、貴族の心と時間を満たすだけの無意味な殺戮。


「相変わらず、正気の沙汰じゃないな」


 特等席に座るアディの隣で、ランディの世話役兼アディの護衛として一番の側近として地位に就いたクレス。

 覚悟を決めているのか目を逸らすことはしないが、常に眉間に皺を寄せたままだ。

 ただランディだけは、何も分からぬまま無邪気にアディの膝でじゃれついている。


「アディ、この奴隷達は誰が斡旋している? アンタじゃないだろ。いるんだろ、黒幕が」


「……この闘技場は元々、純粋な力比べを楽しむ場だった。開催させた理由は私の側近として役立つ実力者を引き抜きたかったのだが、八百長、裏金、違法賭博を経て、金を得た兵士や使用人に、それに加担した貴族の権力によって今のルネを作ったと言っても過言ではない」


「ならば誰を標的にすればいい?」


「こんな腐った制度を率先して作った者はいる。金と権力に魂を売った執事のバネットだ。奴は貴族社会や周辺諸国に顔が広く、涜職(とくしょく)の横行で大量の奴隷を獲得する伝手も早々に繋げた。どうせお前もつまらぬ罪状でルネに来た口だろう?」


 まるでその場で見ていたかように、クレスがルネへ来た経緯を当てるアディ。


「そ、そんな事実上の権力者、会った試しがないぞ。役職的に必ず会うはずのものだと……」


「奴は中間施設の宿泊所に入り浸っている。執事なんて言葉は自由に動くための肩書だ。貴族にゴマを擦っては、金を懐に入れる喜びを覚えた、終始、私利私欲に走る真に腐った奴よ」


「なぜ、女王陛下であるアディより執事のバネットの方に権限がある?」


 アディの話だけで腸が煮えくり返りそうだが、逆にアディに対しての疑問も浮上する。


「私は王としての責務と雑務を一手に請け負った。ただ外交にまで手を回せず、外交が得意分野の、この国で最も古参のバネットに引き継がせた故に奴は今もこの地位にいる」


「そ、そんな危険人物よく雇ったな……」


「見る目が無いのは認めるが、最初から悪人だったわけではないのだよ。当初は本当によく働いてくれたものだが、奴は貴族との交流を深めるばかりで、いつの間にか確執ができたのだ」


「ア、アンタ一体どれだけお人好しなんだ? アディは女王陛下、国のトップなんだろ? なんか、もっとこう、偉そうに意見したり、踏ん反り返ったって良い立場だろ?」


「そうもいかん。国の象徴という役柄に就いているだけで、実質的な権力としては低いものだ」


「なんでそう……、本物の実力者だろ、アディはッ!」


「それでも世の中が私を許さないのだよ」


「世の中なんてモグラ叩きも同然だ。実力に心優しさまで兼ね備えたから、その隙を狙われた、だろ?」


「……優しい? 私が優しいと?」


「それ以外にアンタをどう表現すれば良いってんだよ」


 人の汚い部分ばかり見てきたアディの、いつの間にか諦めていた初心の心と大きな夢が再び開花する。

 ただ真摯にアディを見て来たクレスがそう断言してくれるのだから。


「……フッ、そうなのか、そう見えるのか。ならば行動に出るしかあるまい」


 クレスの素直で率直な言葉は何かアディの古傷でも癒してくれるのだろうか。

 実際アディも何かと億劫になっていたのは事実で、そこをクレスに深く突かれたことから何かに吹っ切れたような笑みを作ると、次の瞬間には澄んだ瞳を鋭い眼つきに変えて、隅に隠れていた強い心を引き出すためにゆっくり前進する。


「な、なんだ? 何をするんだ? ア、アディ、……?」


「私は私と決別する必要がある。それはきっとエレンツェの意志にも繋がる気がするのだよ」


 哀愁漂わせるような表情を加えて、クレスをもう一度見て笑う仕草がちぐはぐでやや滑稽。


「エレンツェの意志だって? だ、だからアディ、あんた何を考えてッ!」


 ランディを丁寧に()けて、深く腰を下ろしていた玉座から立ち上がると、強固なまでに決心を固める。

 本当に守りたい者のために、地位を活用することの大切さを噛み締めながら。


〈わぁぁあぁあぁあぁぁあッ!〉


 闘技場のボルテージが一気に上がった。

 明らかに一方的で無情な暴力が殺人に変わる時、観客は総立ちでその瞬間を期待する。


「この戦い、今すぐ中止せよッッ!」


 断末魔を期待して多くの者が息を飲んだこの瞬間、アディの予想外な発言で一転、場が一瞬で硬直する。

 この場にいる全員の目線をアディ一点に引きつけて、今まで見て見ぬふりした傍観者としての大罪と向き合うために、確かな想いを、本音を初めて言葉にしたのだ。


「この戦いに正当性はなく、明らかな虐待と殺人に値する非人道的な行為! 本来高貴な身分とは弱き者を(すく)うための位である。これ以上見て見ぬふりはできぬ。よって、今日を持ってこの闘技場は閉鎖とするッ! 気に入らない者は今すぐ荷を纏めて祖国に帰られよッ!」


 観客席は混乱から大いにざわつき、アディに向かってコソコソと罵倒合戦が始まる。


『毎週この席で参加しておきながら、今更罪悪感が湧いたとでも? 偽善にもほどがある』


『私どもが一体どれほど援助したと思っているのか』


『きっとあの奴隷に絆されたのですわ。所詮は成り上がり風情で代わりないということ』


『散々私腹を肥やした自身は棚に上げて、我々だけを悪者にするなんて典型的な偽善者よ』


『元はどこの馬の骨かも分からないような、下劣な身分と噂で聞きましたわよ』


『たかが創立者。結局、経営の方はおざなりだった言うこと』


 遠くからひそひそと話す内容こそ聞き取れるものではないが、目の動きや目線からアディへの不躾な軽蔑心がありありと出ているのが分かる。


「もう一度言おう! このアディルメルの名において、この闘技場は閉鎖とする!」


 この場にいる貴族達の軽蔑を込めた白く冷たい目が、アディ一人に注がれる。


「気に入らない者は今すぐここを去られよッ! それが私にできる最善だ!」


「ア、アディ……」


 闘技場閉鎖はクレスも望んだこととは言え、このような形を望んだわけではない。


「三度は言わんッ! 今後は各自の判断に任す! 以上だッ」


 山盛りの書類を闘技場内にばら撒く過程まで加えて、闘技場から退くことへの覚悟を見せる。

 発言を終えて、颯爽と特等席から離れたアディ。その後を慌ててクレスが続く。


「クレス、お前は負傷者の手当てに出向いてくれ。ルネには常設の医者がいないのだ」


「そ、それより、そんなことよりアンタの方が! アンタの方がッ!」


《……を、女王陛下に……、を! 女王陛下に死をッ! 女王陛下に死をッ!》


 最初こそ上手く聞き取れなかった言葉は、観客席全員の意志を主張するようにアディの処分を願うもの。


 なんの後ろ盾を持たないアディを失脚させることは、そう難しいことではない。

 ただ貴族達にとっての正解を、より優位になる選択を与えてくれた存在として、腹黒い思考を巡らしながら、表向きアディを(こころよ)く受け入れたように見せていただけの話。

 今回初めての失態で多くの怒りを買い、非情な一致団結はアディの存在を追い詰める。


「ア、アディ逃げよう。ここにいては危険だ!」


「駄目だ、エレンツェが囚われたままだ。なにより私は創設者。逃げるわけにはいかない」


「なら俺も一緒だッ! 二人なら何かいい方法が浮かぶかも知れないッ」


〈カッシャンッッ!〉


 観覧席を抜けた扉を通る瞬間、兵士二人が剣を抜いて交差させるとアディの進行を防いだ。


「俺達もお貴族様らと同意だ。悪く思うなよ、お前たちの詰めの甘さを心底恨め」


 真後ろではアディの極刑を望む盛大なコールが続いている。

 そんな絶対絶命の中でもアディに後悔は一握りもなく、冷静さも失わないまま口を開く。


「この国は私、アディルメルがいなければ衰退の一途を辿るだけだ。お前たちは何も気づかないまま今すぐ死ぬか、後に後悔しながら死ぬか、好きな方を選ばせようぞ」


 アディの強い目力に兵士らの判断が鈍る。

 アディは一代でこのルネを築き上げた人物、一介の兵士とでは明らかに格が違うのだから。


「はっはっはっ、流石はアディルメル様。突拍子もない発言で驚かせたかと思えば、血を見ることも厭わない、己の手を汚すことにも躊躇ない、そんな野蛮な女王陛下は他にいますかね?」


「……バネット」


 アディの言葉でクレスは執事バネットをチラリと見る。

 見目は細身の初老の男だ。

 ただ余程己に自信があるのか、勝気な態度でアディに近づく。


「貴女様さまはまだまだこの国の発展に必要です。しかしこうもじゃじゃ馬では……」


「いつの世も上に立つ者は跳ねっ返りの方が上手く行くものだ。決断力と行動力が無ければ何も生み出すことはできない。お前ならそれを一番理解していると思うのだが?」


「今までのように大人しく仕事をしていれば良いものを。……外野に絆されたのですね」


 そう発言すると平然としてたはずのバネットは、初めて見るクレスに因縁をつけて酷く睨む。

 つい先ほどまでは空気のような扱いだっただけに、クレスの不快感はより高く上昇する。


「正当性が微塵も感じられない闘技場など、近い将来、貴族と共に撲滅するのが運命だろう」


「貴女さまさえ傀儡のままならば、この国は更に大きく発展できるのですよ。今からでも遅くないです、観客達に命乞いと心からの謝罪を捧げて我々に忠誠を誓いなさい」


 バネットはアディを籠の中で飼う鳥も同然の宣言を、罪悪感の欠片もなく平然と勧める。


「私の判断に後悔はない。よってそのような気味の悪い発言に従う義理もない。大体、私を必要としていながら、なぜ偉そうに上から目線の発言できる? 恥ずかしくはないのか?」


 あまりに身勝手な発言の数々に、アディはバネットの鼻をへし折る発言で対抗。


「何をおっしゃいますか、貴女さまは永遠に有効利用され続ける存在。我々に使ってくれるだけ有難く思うのが筋でしょう。まったく、それ以外貴女様には何の価値もないと言うのに……」


「あ、アンタ、さっきから倫理観が微塵もない発言ばかりしている認識はあるのか?」


 あまりに無茶苦茶な言い分に、たまらずクレスが会話に割り入る。


「奴隷風情がぁ、私に意見するなッッ!」


 クレスを見下した激昂は、バネットの目が大きく見開くほどの嫌悪に満ち満ちている。


「こやつは私の臣下だッ! 侮蔑(ぶべつ)は決して許さぬッ! 撤回しろッ!」


 クレスが怒りの意見を述べる前に、アディが罵声を浴びせた。


「ふっ、類は友を呼ぶとも言うがまさかここまで愚かとは……」


「その愚かな者を頼りに生きているのは一体誰だと言うのだ?」


「貴族は下々を顎で使うのが通例であり、神に与えられた特権と考えておりますよ」


「……だからこそ、エレンツェを捕らえたと?」


「ああ、あの跳ねっ返り、生意気さも口答えも貴女さまにそっくりですよ。流石アディルメルさまの許で成り上がっただけの、品も高貴さも感じられない生意気な小娘ですな」


 アディへの失礼な言葉選びも散々に、執事バネットはここぞばかりに攻撃する。


「エレンツェに本来の身分を隠させたのは私だ。英雄グラーム・アゼレッダの子孫などと銘打てば、どんな好奇な目で見られるか……。特に噂好きは貴族の十八番だろうに」


「プッ、」


 エレンツェの出自に、想像するだけで面白おかしいらしく、アディを馬鹿にしたように笑う。


「容疑者はあの英雄グラーム・アゼレッダの子孫なものですか。《聖女エダン》の証言も得ていますよ。『エレンツェなんて子を産んだことなど無い』と……」


 余程確信を得たのか、声を荒げるバネットはアディをクレスと共に大いに見下した。


「バネットよ、お前はいつからルネの長者になったと履き違えておるのだ? この国の国事は全て私の基盤で定められたものと理解しているはずだ。悪徳の限りを尽くし、良心の呵責は存在せず、人の道理に背いてまで、一体何がお前をそこまで非道にさせるのだ?」


 このルネでのアディの重要性と貴重性が大きく浮き彫りとなる。

 バネットはそれが許せない。


「ハ、ハハッ、やはり卑しい出自同士、慣れ合うのがお得意なようだ。……女王陛下の書斎にお連れしろ」


「は、は? こ、……公開処刑では、ないのですか?」


 バネットの意外な命令に戸惑うばかりに、思わず本音が出た兵士ら。

 会場のボルテージはまだ高まった状態で、公開処刑を望む声を無視するバネットの真意が見えてこないのだろう。


「書斎にお連れしろと言っているッ! ……まったく、底辺貴族がッ」


 アディに対する怒りが収まらないのか大声を出すも、兵士に対する暴言は小声でボソリと吐きながら、不満を漏らす貴族が揃う闘技場にバネットは姿を現す。

 実にさわやな満面の笑顔で。


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