第五章 思惑渦巻く、魅惑の国②
「なぁ、クレスとか言う女王陛下のお気に入り、奴隷の範疇軽く超えてないか? あの働きぶりは異常すぎて、バケモン染みて怖いくらいのな」
「分かるぞ。たった一人で森の維持管理や景観まで整えたんだろ? 上部はそう広くない建物だが森は別物だ。あの広さを一ヶ月そこそこで管理下に置けるのは、化物としか思えない」
「俺達の仕事が減るのは歓迎だが、美味しいところまで頂戴しているなら、些か頂けない」
「だよな、俺らだって一生懸命仕事してんだ、金の方も対等に扱ってもらわないと……」
「まぁ、化物は化物同士気が合うんだろ? 大体、女王陛下はルネ建設の功績を得ただけの成り上がりって立場だろ? 俺達はその卑しい身分にわざわざ厳しい審査と選考の上で選出された高貴なお貴族様なんだぜ? 一体どっちが苦汁を嘗めてると思っているんだよ」
身勝手な発言を吐くだけ吐いても、数少ない兵士達の傲慢な態度とあり余る愚痴は止まることを知らない。
アディはルネの運営からその他雑務を含めて、殆どを一人で対処している。
ただ建て前と世間体を考えて、兵士や使用人を複数人雇っているか、その人材の出所は毎日大量に届く書簡の、つまり貴族の中から厳しく選出された実態がある。
アディが所望した条件とその破格の見返りに多くの貴族が飛びついて、数ある貴族から選び抜かれたという謎のプライドが邪魔をしつつ、働きぶりはお粗末でありながら口だけは達者に動かすことは可能なようだ。
ただ貴族の憧れであるルネで働いた経歴は、今後の人生を薔薇色にする一番の近道。
その上で功績を上げれば、約束された人生が待っているというもの。
「あぁ、俺らにも爆発的な能力さえあれば国の一つや二つ築けたというのに。世の中、本当に不公平だよな?」
アディの敏腕さとクレスの有能さを身近に浴びて、自身の能力の限界を嘆く思いが武器を握りしめる行為に繋がる。
そんな惨めな運命に共感するように深く相槌を打つもう一人の兵士。
「毎日平穏の中で何不自由なく暮らせることが、なにより有難いことだとは思わないのか?」
お互いの声色ではない唐突の意見が、二人の兵士の安い共感を遮った。
聞き覚えある声色から、慌てふためく兵士達の背筋を一瞬で伸ばす。
「給料は働きに応じて支払われているはずだろ? 大して文献も読まず、大した訓練もせず、雑務すらも手伝わず。アンタらは怠けることでしか頭も身体が反応しないのか?」
「な、何をッ!」
『ま、まてッ、少し抑えろッ!』
一瞬で頭に血が昇る一人の兵士に、小声で制止させるもう一人の兵士。
『コイツは女王陛下のお気に入りだ。何を告げ口されるか分かったもんじゃねぇ』
どうしても怒りが収まらない兵士に、必死に自身達の立場の危うさを伝える。
「あ、あの、申し訳ございません。我々、平和過ぎて思わず戯言を口に出してしまった始末です。本当にただの戯言です、どうか、どうかお気になさらず!」
まだ幼さが残るクレスに対して、言い訳を、しかも敬語で言わなくてはならない事態に納得が行かず、高いだけのプライドを酷く傷つける。
なによりクレスは元奴隷で最低層の身分だったのだ。
出自からして位が違うからこそ、兵士達とクレスの溝をより深く掘り続けるだけのマイナスな関係。
「……今回は聞かなかったことにする。だがまた同じ過ちをすれば分かっているだろうな?」
「は、はい! 寛大なご慈悲、ありがとうございます!」
間抜けな兵士が見えなくなるまで見届けた後、クレスの口から出たのは、大きな溜め息。
「まったく、本性丸出しなんだよな……」
クレスは地獄で反抗心が強いくせに強者に何一つ進言できず、コソコソとしか文句垂れるだけしかできない者を数多く見てきた故に、ある程度の耐性はあるものの、押さえつけるのは地獄の支配人の役目だったけに、言葉選びの難しさだけには慣れてない様子。
「それにしてもアディの目的があまりに不可解すぎるな。何か、隠している可能性は高い」
地位確保のための建国までは理解できても、弱者を貶めるだけの闘技場を用意したこと。
そこに違和感を持つ。
せめて闘技場には強者を、使用人に弱者を雇えば、大義名分はもちろんのことアディを正当に評価する国もあっただろう。
人間が愚かなのは当然として、その中でもとりわけ扱いが難しい、傲慢で粘着質な者が多い貴族の肩を持つのはどうしても理解しがたい。
この国は観光業だけで栄えている一流の資産家や貴族のたまり場で、高級宿泊施設には壮大なお茶会、つまりはサロンが毎日のように行われている。
そこは一種の会社組織のように、地位がその場の役職となり、権限も階級順に、貴族が事細かく決めた息の詰まる催しだ。
「あの地獄のような場を通らないと駄目なのか……」
実はこの一ヶ月の期間の中で、アディに連れられて一度中間層を見たことはあるが、高級宿泊所は上流階級がこぞって集まるだけあり、多くのメイドを携えて移動しているのが日常だ。
「なぜ金魚の糞にように連なる行為が羨ましい要素になるんだ?」
ゾロゾロとメイドを従えている姿は、ただただクレスには滑稽にしか見えない。
ただ上流階級が世話役を大勢連れて来るのなら、ルネの使用人が極少数なのは納得できる。
なんせ専属料理人まで連れてくるほどの拘りようなのだから。
クレスは幼少期を地獄で過ごしていただけあり、様々な角度から感情を吐き出す人間を見てきた。
大体の場合、地獄にこそ葛藤は少なく、どうにもならない運命に駆け引きなんて殆ど存在しなかった。
それがルネに来てからは、表ではゴマを擦って逐一相手の機嫌を伺いつつ、裏では他人の不満を漏らす者の多さには心底驚くばかりの現実を目の当たりに。
特に目についたのは、アディやクレスに対する陰湿な陰口と悪口で共感を得て、その悪口の果てに、同じ貴族として信頼を高め合うために群がる生体と思い知らされたのだから。
「明らかに害が少ないと考えたから、俺達がターゲットに矛先が向いたのだろうが」
まだ中間層に来て間がないこの段階でゲッソリしているクレスだが、中間層は外観からは想像できないほど規模が大きく、またアディの城のように天井も高く、宮殿をイメージさせるような洗練されたデザインのお洒落な洞窟だ。
個性ある造りで、貴族からも好評を得ている。
そんな暗雲漂う高級宿泊施設へ、重役を任されたクレスは調査を開始した。




