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零の継承者たち -天子の揺籃ルネ-  作者: あず
天子の揺籃ルネ
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第三章 天子の揺籃ルネ③

〈ヒューン、カッ!〉


 突然、小石がクレスのこめかみに届く。

 涼しい顔で小石を投げられた方向を見たが、そこにいる全員が鋭く蔑んだ視線でクレスを見ている。

 クレスの余裕綽々な態度を見て、不満を垂れる者が絶えず公開処刑をせがむのだ。

 この理不尽な光景に、あの赤子のホワイトライオンを隣に据えた高貴な少女が立ち上がり、混迷する闘技場を鎮圧させる言葉を放つ。


「この戦い、例に見ない圧勝だ! 皆が見たであろう雄姿、この者に称賛を与えよ!」


 少女の発言で一瞬にして黙る会場。

 しかしすぐに会場は拍手で溢れる。 

 ただあまりに不本意な内容から、不満な感情が表れた子供のような、小さな拍手だが。

 この勝敗に納得できない思いと、高貴な少女に対する妬み僻みは如実に表れていて、お口はチャックしたままの威圧的な雰囲気に包まれる中、様々な思惑が渦のように会場内で広がる。


 しかしそんな不穏な空気に呑まれる様子もなく、圧倒的権力を持つのだろう少女は、他の貴族が持たない不思議な気品を纏っている。

 そんな他を凌駕する雰囲気から、このルネの創設者の孫か、ひ孫の代と考えられる。

 この場で唯一話の通じる相手、と言ったところだろうか。

 そんなまだまだあどけなさが残る顔つきで、クレス釈放の手配を強行する少女。


「そこのお前! この圧勝、気に入ったぞ! 我が専属護衛として招き雇いたい!」


 大きなどよめきが起こる渦中でも姫らしき少女の判断は、考えは、表情すら揺るがない。

 きっと黒い感情でも蠢いてるのだろう渋々続く叩く拍手は、更に乾いた静かなもの。


「信じて良いのか? この子供を……?」


 クレスの心は複雑だ。

 姫と思えぬ覇気を全面に押し出して、自信に満ちた表情はクレスに確信を与えるも、ライオン親子を散々な扱いへ指揮した張本人であることが邪魔をして、気持ちが前に行かない。

 またこの国のクレスの身分は最下位の奴隷。運良く使用人としてルネに入国したとしても、貴族に言い訳など通る輩ではない。

 いくら実力があろうと才能があろうと、簡単にそれなりの位が与えられては、貴族の威厳から考えて気持ちのいい話ではない。


 だからこそしけた拍手であの謎の姫の動向を窺っている。

 愚民が直接高貴な身分に仕えるなど、あってはならない事例は絶対に作りたくはない。

 そんな腸が煮えくり返る思いとは裏腹に、なぜか偉そうなこの小娘に対して、面を向って反論一つできる者はどこにもいない。


 そんな事情が全く読めないままのクレスの前に、会場を囲う重い岩の扉が開き、高貴な少女へ繋がる階段が現れる。

 早く来いと言わんばかりの勅旨(ちょくし)の下、渋々少女の待つ観覧席へ向かう。

 近づく度に少女の傍にいるホワイトライオンの表情は険しくなり、小さい身体でありったけの威嚇を向けるが、少女はそれを「これッ!」と宥められてすぐに大人しくなる。

 よく躾けられた、赤子とはいえ賢いホワイトライオンのようだ。


「歓迎しよう、私はアディルメル。アディと呼べ。この国の女王だ、畏まる必要はないぞ」


「あ、あぁ……、じょ、女王ぉッ?」


 明らかにクレスと変わらない、いや、それ以上に幼い印象の少女の正体には流石に驚く。

 そんな驚愕するクレスに、またもホワイトライオンが威嚇を始める。

 まだまだ猫のように小さな赤子だ。それでもこの女王改め、アディを守るために必死なのが良く伝わる。

 しかしまだクレスもこの女王陛下に対して良い印象は一ミリもない。


「うむ、お前はランディが気になるのだな。あのような辛い場面を見せては致し方ない」


『一体誰の一存で子ライオンが親を失ったと思ってんだよ』

 愛着を持ってランディを撫でたアディに本音を聞かれないよう、ぼそりと呟く。


 傍若無人の言葉がピタリと嵌まるこの女王陛下に、クレスの不信感は募るばかりだ。

 豪華に着飾った少女が、巨大な権力を手にするには早すぎる年齢と目視で暴力的に訴えるのだから、いかに上手く世を渡って幸運に転んだのか、是非ご教授頂きたい皮肉が口から出そうにもなるほど。


 女王陛下に無礼な感情を展開するクレスに対して、女王陛下がそっと微笑みを向けたかと思えば、クレスの顔を覗き込み、斜め下からいきなり胸ぐらを掴むと、印象とはかけ離れた牽制でクレスを驚かせる。そっとアディがクレスの耳元に近づくと真意を突いた。


『お前、〈04〉であろう? 何の目的でここへ来た? 正直に吐けッ!』


 貴族らから見ればクレスに敬意を見せるような態度の中で、まさかこうも高圧的に物事を追求するタイプとは思わず、そのギャップにクレスは一瞬たじたじになるが、ただならぬ雰囲気を纏い、全てを見透かすような強い目力で威嚇を続けるアディに負けじと物申す。


『ハッ、表の顔と裏の顔、随分上手く使い分けてることで?』


『世を渡る術も分からぬ青二才が。知った口で人を語るのは浅い、浅いのだよ』


 まるでクレスが見たものを否定するように発言するアディ。

 しかしふんぞり返った貴族どもに、こんな残酷な娯楽を与える意味が理解できるものでなければ、分かりたくもない話。


『てめぇ、人に人生語りたければ、まずアンタの行いを悔い改めてからにしろよ』


『貴様など地獄の支配人の許で永遠にぬくぬくと暮らせばいいものを……。その様子から見て追い出された口か? 現実世界は地獄のように甘くないぞッ!』


 支配人とクレスしか知り得ない情報を、明け透けに話すアディ。

 反論しようにも二人は今、注目の的であり、険悪な仲違いを見せるのはお互いのためにならない。

 アディはそれを見越して、このような大胆な行動にワザとでたのだ。

 そんなアディは掴んだ胸ぐらを丁寧に押し返すと、闘技場に向かってあり余る自信を振り撒き発言する。


「聞け、皆の衆! この若者は我に忠誠を誓った! 今後のルネの発展を盛大に祝おうぞ! 宴はまだまだ続くぞ、皆、心して楽しもうぞッ!」


 はち切れんばかりの声援と熱狂。

 間違いないのはクレスに対しての歓声ではなく、この闘技場の再開に対して心躍らせている。

 誰が見ようが幼さの残る女王陛下の言葉に、観客全員の興奮が昇る。


 金と名声、娯楽とスリル、快楽と刺激。

 その全てが揃う恐らくたった一代で築かれた天子の揺籃ルネに、心から虜となった観客達は大金をはたいてこの非現実を大いに楽しみ尽くす。

 この場の貴族達の本心に女王陛下の存在が必要などと微塵にも思っていない。

 それでもこの腐った人間達を繋ぎ留める何か、地位以外の何かをアディが握っているのかもしれないのだ。


「女王陛下、否、アディ様! 私のような卑賤な者に慈悲深きお言葉、恐悦至極に存じます!」


 ここに来て後退する判断などない。

 ならばこの際、詰まらないプライドは捨てて、クレスはアディに忠誠を誓う言葉で会場のボルテージを上げる。


「うむ、よく言った。未来ある若者よ、早速任務を与えよう。ランディの世話を頼む!」


「ハッ……、は、ハイぃ? ランディ?」


「そうだ、このホワイトライオンの赤子の名だッ!」


 おどおどしいまま顔面蒼白になりながらランディと目を合わせるクレス。

 未だ怒り収まらないまま威嚇し続けているランディに、息も止まりそうな程の申し訳なさで平常心を保てない。


「あ、あの……、不釣り合いが過ぎると思いません?」


「そうか? よく似合っておると思うが? それにこやつは基本、誰にも懐かなくてな、お前なら全うできる役目だと判断したまでだが?」


「お、俺には懐いてませんッ!」


「懐いておる。ほれ、よく見てみよ」


「ガルル……ッ!」


「やはり懐いているぞ。そう照れるでない、ほれ、抱いてみよ」


 なんの邪も感じさせないアディの発言に、返す言葉がなくなったクレス。ずいっと、終始不満顔のランディを持ち上げて、クレスに抱っこさせようとグイグイ押す。


「ほれ、私の目に狂いはなかったな。ランディ、小僧をあの部屋に案内するのだ」


 微妙な表情のクレスと目を合わすランディは、一瞬ため息を吐いたかのように同じく微妙な表情がスンとした表情に変わり地面に降りて、大人しくクレスを誘導してくれる。


〈わぁぁあぁああぁぁあぁぁあぁあああああッ!〉


 ランディについて行くクレスの背中に震え伝わるような、熱気ある大きな歓声に包まれたことから、またあの愚かな殺戮が始まったことを伝えてくれる。

 クレスにはこの残虐な光景を涼しい顔で見ることなどできそうにない。

 なにより振り向くこともなく、一心不乱にランディについて行くクレスがいるのだから。


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