第十四章 もう一つの世界線②(ジュノ視点)
「ジュノ! ステラ!」
声の方向へ振り向けば、見慣れない少女を抱えてゆっくり近づいてるフレイを捉えた。
「フレイぃ? フレイぃ! フレイぃぃ!」
フレイの姿が見えたことで、私を急かしてバタつくステラを地面に下ろすと、フレイを求めて懸命に走り出した。
その姿を見てか、フレイも慌てるように駆け出した。
「ステラ! 良かった! 本当に良かったよ、ステラ!」
「フレイぃ!」
再会を喜ぶ二人は、嬉しさのあまり互いを抱き寄せる。
フレイはステラの無傷を確認すると、熱い抱擁で再び抱きしめている。
激情に駆られて、周りの様子が目に入らないほど、完全に二人の世界に入り浸っているように思う。
そんな二人の再会に安堵を覚えた私は、フレイの傍に居る少女に着目した。
常時フレイの様子を確認出来てなかったことから、少女を知るのも見るのもこれが初めて。
でも何かおかしいと思うほど、彼女は私から目線を逸らさない。
まるで何かにと取り憑かれたように、私を強い目力で集中して見つめられているのはよく分かる。
初対面とは思えないほどの凝視で見つめる少女は、眉間に皺を寄せたまま、喜び合うフレイとステラの横を通り過ぎると、一心不乱に私の所に詰め寄って来る。
この瞬間、私の中でパズルが解けた気がした。私は、【彼女】の正体を知っている、と。
『駄目よ、跪かないで! ……あの二人が不審に思うわ』
口には出さず、行動を先読みするような強い口調で心の言葉を発すると、彼女の行動を制止させた。
後ろの二人が未だ喜び合う様子をそれぞれもう一度確認して、肉体の持ち主である少女に憑依している【彼女】は、口に出したかった言葉を噤んで、改めて心で強く言い放った。
『陛下……、ご無事で!』
言葉はとても丁寧でも激情に駆られたような、そんな心からの想いが爆発した故の、感情をこの一言で全て表現したように思う。
フレイたちには気付かれないよう細心の注意を払いながら、私に対する思いの丈を、跪けない代わりに目線を下に下にと落として、敬意を表して。
『私は貴女の陛下ではないわ。貴女が仕えた陛下はもうこの世に存在しないのよ。既に消えた存在が今も恋しいなら、貴女も同じ所へ向かうべきだわ』
辛辣な言葉を浴びせるのは、少々気に病む。
どれほどの長期間、陛下と呼ばれた人物を切望していたか、私には手に取るように分かるから。
『陛下が陛下でないことは存じています。しかしもう一度、一目だけでも陛下にお会いしたかった。この望み叶えて頂いたこと、そして私には勿体無いお心気遣い、恐悦至極に存じます』
『貴女は、どうやって今の時代へ?』
『……申し訳御座いません。今、その理由を話す事が出来ないのです』
『そう、誰かの仕業ね。……大体、見当は付くけど』
『さようでございますか』
少し呆れてその該当人物を想像する。
顔を思い出す度、深いため息をつくほどに。
そんな私を見て、彼女は狼狽えつつも丁寧に話題を変えた。
『陛下、この身体の主体なるグアンを保護していただけませんか?』
『フレイと一緒にいた、その子を?』
『はい、グアンは本当に何の事情も知らせず、辛く厳しい環境へ私が落としました。この件に関しましては、全て私の一存です。最後の我儘、どうかお聞きくださいませ』
『それは良いけれど、貴女は安らかに落ち着けるの? 補助がいるなら無理せず頼りなさい』
『私は遠い昔に肉体も魂も消えた存在。決着は自身でつけますので、どうかお気になさらず』
『貴女、本当に律儀ね』
今回の戦況は一段落しても、これで今回の件の全てが解決するわけじゃない。
様々な事情と感情が混じり合ったことで、より難解な状況へと、現段階、導かれたのは間違いないから。
『そうだわ、貴女名前は? それくらい聞いても罰は当たらないわよね?』
『……名前など捨てました。私はあの方の忠実なしもべ、ただそれだけです』
『融通の利かない子は嫌いよ、もう少し柔軟に捉えた方が利口だと思うわ』
陛下と呼ばれる人とそっくりな私の言葉からか、一時停止した彼女の心。
徐々に上がる目線が私と合う度、大きな胸の高鳴りを、鼓動が強く叩いているのが分かる。
『私の、私の名は……』
「ジュノ! グアンと挨拶しているの? ステラにも紹介させてよ!」
突然のフレイの関心。
お互い十分無事を確かめたことで余裕が出来たと見る。
どうも向かい合うジュノとグアンが仲良く談話しているのだと、傍目には見えたのだろう。
『…………チッ!』
明らかな殺気を放って舌打ちする彼女。
私から見える彼女は、大層気に食わない、まさに毛嫌いする表情そのもので、フレイを心から疎ましく思うのが態度から滲み出ている。
そんなフレイから避けて逃げるように、彼女の意識は消えて無くなる瞬間を見た。
更に驚くことに彼女の意識が消えたと同時に、グアンの身体は細胞が分解されてか、忽然と姿まで消えてしまう。
一時騒然とするものの、足元を見れば、ある生物が忙しなくこの存在を知らせている。
「グアン! 君、蜘蛛さんだったんだね!」
黄色い砂漠に目立つ《紅眼の白銀の蜘蛛》が、少し驚いた様子で己の姿を確認している。
この際立つシルエットは、銀白の世界あっても特徴的な紅眼で存在を際立たせるもの。
「わぁ! きれいなクモさんだぁ~!」
真っ白な雪の上に紅く美しい宝石を乗せたような蜘蛛のグアンに、ステラも興味津々になる。
「ステラ、この子がグアンだよ。僕たちの新しいお友達なんだ!」
フレイが醸し出す朗らかな雰囲気の中、グアンは一人、何かを思い出したように焦っていた。
「どうしたの、グアン? ふむふむ……、えっ!」
グアンの訴えを聞いて、慌てて忙しなく走り出すのはフレイ。
来た道を戻り、しがないオアシスへまで舞い戻ったことから、理由の分からないままの私とステラもその後を追った。
「あぁ……、ああ………ッ!」
「どうしたっていうの? そんなに慌てて、そんなに落ち込むなんて……」
大量の水が放出されたことで、現在も水を含んだ場所が所々ある中、ある本を持ち上げて、ずぶ濡れでペラペラの本に、フレイの気持ちもずっしり気落ちている。
そんなテンションで中身を見て、要らぬ確認だったと言わんばかりに落ち込む。
意気消沈しつつも、本の間から出したのは、完全に萎れた赤い花。
フレイの気分は相変わらず乗らないままだけれど、私への説明のため、改めて口を開く。
「これこの任務の際、砂漠で見つけた花で、本に挟んで押し花にしていたんだ。赤くて綺麗だから、……あの、ジュノに似合うかなって。でもホンレフについて早々失くしてしまって、そしたらグアンが見つけてくれたって……。結局こんな姿にしてしまったけれど」
グアンからも説明がついた。
どうやらホンレフの塔で眠っていたフレイの許を離れて、一人で行動していた時に探し当てたものだそうだ。
「そう、ありがとう。……でも外来種、しかも人間属性の花ともなれば、サーキュラーへの持ち込みが厳禁なのは知っているわよね? 例え押し花だろうと花びら一枚だろうとも、決して許されないのよ」
「そ、それは心得ている。でも、あの、そ……、ご、ごめん」
フレイの真心は、この押し花のように萎びれて元気が出てこない。
良かれと思って、喜んでくれると想像して、普段笑わない私の笑顔を想像しての、きっとそれだけの行動。
私もフレイの気持ちに対して、このような形で忠告するのは大変忍びない。
「ジュノぉ、プンプンだめぇ~!」
この雰囲気の中、ステラだけは異色の色でプンスカ怒る。
「怒ってないわ。大切な重要事項だから忠告しただけよ。で、フレイ。このお花の名前はアデニウム……で、合っているかしら?」
フレイの両手に乗せられた花弁をゆっくり丁寧に、私の両手に乗せる。
そんな姿にフレイの表情が明るく生き生きと、それこそ笑顔が花のように開花する勢いで。
「そうだよ、アデニウムだよ! 途中町で名前を聞いたんだ! 砂漠で咲く花は数えるほどしかないし、今回見つけたこのアデニウムがとっても綺麗だなって思って!」
「アデニウム……ね」
満面の笑みで報告するフレイ。
私が普段から花を愛でてていて、髪飾りにもふんだんに使用している姿を見ているだけに、きっと喜ぶと想像しながら摘んでくれた花なのだろう。
とても嬉しい行為のはずなのに、とても悲しい心が共に育つもの事実。
「お、お花は! ……花はここに置いて行くよ」
私の複雑な表情を見てか、若干悲しそうな顔で発言する。
そんな想いをさせる気はなかったけれど、今更思い違いを正すことができない。
「もう回復は期待出来ないようだから、水溜りに浮かせてみれば良いんじゃないかしら? このオアシスで一生を終えるなら本望でしょう。まあ、私たちにとっての気休めではあるけれど」
「そ、そっか、ごめん……」
「謝る相手が違うでしょう」
自分でも分かるフレイに対する手厳しさ。分かっていても、優しい言葉を上手く発せない。
ただ私は服を濡らさないよう腰を下ろして、両手で優しくアデニウムを小さな水溜りに浮かべた。
ただのエゴでしかない行動だけど、今、この花のためにできることは限られている。
「フレイ、ありがとう」
これはフレイへの贖罪。
たったこの一言で、全てを賄えるとは到底思えないけれども、それでもすぐ傍で、考えたよりずっと自然に出た言葉に私自身も驚いている。
「んー! ステラもぉ!」
ステラが間に挟まって割り込む姿に、どれだけ近かったか、今になって更に驚く。
でも実際ステラが間にいた方が、私の心境的には大変有難いもの。
そんな中、一羽と二匹がそれぞれ私たちの頭に留まる。
私たちはそれぞれの頭を見比べて、思わず笑いが込み上げた。
微笑ましい雰囲気に、何度も相槌を打って、今にも三つの心からの「良かった」の安心が聞こえてきそうなほどに。




