第十三章 導かれし宿命②
「……フ、フレイッ!」
地下に出来た空洞の奥深くへ引き寄せられるグアンを捕まえて引き上げると、断崖絶壁に出来た、僅かに割れ目のある岩を掴んだフレイは、逸れぬよう今一度懸命にグアンを抱き寄せる。
「グアン! 良かった、本当に良かった!」
「い、今はそんなこと言ってる場合じゃないって!」
再び離れる事を回避出来た喜びから安堵を得るフレイだが、グアンの言葉通り、今にも崩れ落ちそうな岩肌を掴むだけで耐え凌ぐには無理がある。
そんな状況からまるで救いの手が差し伸べられるように、巨大な空洞にある変化が起こる。
「フレイ! 水がっ!」
どこからともなく水源が、豪雨でも降ったあとのような量の激流が、この空洞を埋めている。
恐らく同胞が異空間で溜め置いていた天然のダムを、何らかの理由があって出現させたと考えられる。
「グアン、これに賭けよう! 善は急げだ!」
「へ? だ、駄目! 駄目だよフレイ! だめぇええ……ッ!」
〈ヒュー……、ドボンッ!〉
グアンの制止の全てを聞く前に、頼りない割れ目が崩れたと同時に二人は激流に呑まれる。
グアンをしっかりと自身に抱き寄せることができて、一時の安心を得た。
しかし相変わらずグアンの表情の雲行きは怪しい。
「こ、この先に鋭い格子の囲いがあるの! 昔、抜け出す方法を調査する際、地下も囲われてた結果があるんだよ! つまり私たち、ホンレフからは出られないんだよ!」
グアンの発言に驚くものの、流れがあまりに急で、既に後戻りは不可能。
何よりフレイが最善の対策を考える間もなく、激流から問題の格子が見えてきた。
「ど、どうするの? このままじゃ私たち押しつぶされちゃうよ!」
「大丈夫だよ、そんな悲惨な事態にはさせない!」
その一言で絶対に離れないようグアンをしっかり抱きかかえると、迫る格子に立ち向かおうとするが、問題の格子は、有刺鉄線のようなもの巻かれている状況を確認して暗雲立ち込める。
咄嗟に背中を向けてグアンを守る体勢になったフレイ。
全てを流れに任せて、高まる緊張の中、すぐそばの地獄を待つ、そんな瞬間だった。
厳重な守備は有刺鉄線と共に細胞分裂を行い、存在自体が無いものとして一瞬で消え去る。
決心を持って目を閉じたが、訪れるはずの痛みが来ない不思議に瞳を開ければ、なぜか厳重な格子をすり抜け、大量の水が向かう先を目指してこの流れに乗るフレイたちがいる。
「い、一体どうゆう事? 私、あのホンレフから脱出出来たの? ほ、本当に???」
「脱出出来たんだよ! どういう理由か分からないけど、君は呪縛から逃れられたんだよ!」
少々興奮気味で、今まであり得なかった奇跡に信じられない思いと大きな感動で、水の勢いに任せて感情を爆発させるグアンとフレイ。
暗い空間はすぐそこに見える光で水面が光り、より黒を強調させる。
〈ゴゴゴゴゴゴゴッ、バザァァアァアアンッッ!〉
それはグアンの今までの人生を表すのに十分な光と闇。
大きな希望を持って、小さい出口は突然の水圧に耐えきれず、轟音を鳴らすと、まるでシャワーのように一瞬で放出された。
「わぁ! すごい!」
太陽の煌めく光を浴びて、一瞬宙を浮いた二人。辺りを見渡せば、あのホンレフの特徴的な高い壁が見えたことから、ホンレフからの確実な脱出を改めて実感する。
到達したのはしがないオアシス。
今は大量の水で一面水浸しの状態で、そんな光景に思わず二人に笑いが出た。
乾いた空気は暫く湿気を持つ。
全身ずぶ濡れで張り付く服の気持ち悪さが気になるものの、服の裾を絞った瞬間、もう乾き始めているのが分かる。
フレイも紅塗りから通常の成人の姿に戻り、早速ホンレフの監視を始めた。
「ね、ねぇ、これ以上深追いするの止めよ? せっかく抜け出せたのに……」
「ごめん、まだ全部解決したわけじゃないんだ。何よりジュノたちの行方が分からないし」
ホンレフに出て来たは良いが、逆に入る方法を失くしたこの状況。
そんな歯痒いフレイの隣で、フレイの肩にジェームスが移動すると同時に、空から一羽の小鳥がこちらに向かって颯爽と飛んで来た。
「ん? ちゅ……ッ、チュン? 良かった! 無事なんだね!」
鮮やかで珍しい色合いで、チュンの存在を確認したフレイ。
しかしすぐ傍にフレイがいると言うのに、チュンはフレイを前に立ち往生してフレイの周辺を旋回している。
「あ、ジェームスか……。君たちいい加減仲良くしなよ!」
チュンとジェームス。
仕事の相性は良くとも、プライベートはとことん相性が悪いようだ。
互いの主張を言い争っているのだろう、フレイの忠告は全く頭に入っていないようだ。
そんな一羽と一匹との争いを見て、グアンの心は驚きと興味に満ちている。
グアンにとって鳥の存在自体がホンレフ建設以降久々に見るだけに懐かしくなるも、この小鳥は配色も独特で、とても美しだけにあまりに目立つものだから、尚釘付けとなる。
〈ドッゴッッ、ドドドドドドッ、ドドッ〉
穏やかな空気は爆発音で一気に消える。ホンレフ内部で爆発が起こったようだ。
大規模な地響きをこの場まで感じる事で、ジュノたちが深く関わっているのはもう明白。
「ジュノ! ステラ!」
「え? あ、待って、フレイッ! ……あぁッ!」
衝動的に駆け出したフレイの後をすぐ追うが、砂漠に足を取られたグアン。
「あ! グアンごめん! 僕の背中に乗って!」
すぐに戻って来てくれたフレイの背中に乗って、今の今までの長期間、閉じ込められていた空間に向う感覚の不思議に、新鮮さと複雑さの、まるで違う二つの感覚が無理に混ざるものだから、今はまだこの自由を手放しで喜べない。
ただフレイの温もりを感じて、グアンにはたくさんの記憶が蘇る。
気が付けば小さなオアシスに存在していた事。
まだ子供だった自分に大人が大勢群がり搾取された事。
それに気が付いていても、これ以上傷つきたくなくて、知らぬ顔をして一切直視しなかった事。
思えばどうしてもっと早く自分の心と向き合わなかったのかと考えば考えるほど、辛く苦しく、悔しい想いから全て解放された今、どうしようもない感情が溢れ出てくる。
もう終わったこと。
今ならそう解決できるところまで来たのに、苦しい記憶が全面に向かって理性と感情が作った分厚い壁を壊そうとしてくる。
それは安堵した心を襲うような悲しみという名の津波によって、全てを呑み込むような、そんな苦しい感覚。
「ふ、ふ、ふれ……、フレイぃ……、ふれ……ッ……」
心の全てが悲しみに覆われた事で、グアンは呼吸困難を起こす。
「え? グアン? グアン! グアァン!」
ジェームスの警告から力抜けるグアンを背中から降ろして、顔色や体調を見る。
「ごめん、グアン。本当にごめんね……。傍に居るよ、大丈夫だから……」
苦しむグアンは息がしにくい状態からか、少し顔が青ざめて見える。
そんな様子にオアシスに戻り、木陰のある場所でグアンの体調を見守る判断を優先した。
次第に間隔が狭まる爆破から起こる地響きに背を向けて、逸る気持ちを抑えて、今はグアンの体調を第一に考える。
ジュノのことだ、何か脱出する方法を知っていると考えたからだ。
大きな不安を抱えながらも、当てのない期待にすべてを託すしかない。
これはフレイの出来る、最大の信頼のかたちであって、ジュノたちの無事を心から祈る。




